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災厄の魔獣②

やばいチンパンジー。

 俺と《猿魔王カラミティア・ベイブ》の戦いは一進一退だった。俺の復元力と、奴の回復力は互いに互角であり、俺は大魔術を奴に決める隙を見つけられず、奴は俺の頭をつぶすタイミングがない。


 ちなみに、試したことはもちろんないが、俺を殺すにはいくつか方法があると思われる。


 まずは、頭を潰すこと。だがこれは確実ではない。俺もやったことがないのでなんとも言えないが、頭を潰しても復元する真祖もふつうにいる。

 そしてもう一つが、吸血鬼対策として生み出された武器で傷をつけることだ。協会が保持していた武器のなかには、ヴァンパイア殺しとして有名な武器もいくつかあり、その武器でつけられた傷はいかに真祖と言えども復元できないのだとか。

 最後に、復元できないほどに体を潰すことである。これは現実的ではない――なにせ、俺自身復元が何回が限界かなど知らないのだ。50回くらいまでは余裕で大丈夫なのは確認済みだが、それ以上は怖くて試していない。

 つまり、俺を殺す方法は俺にすらわからない。吸血鬼としての弱点はふつうに効かないので、杭などもどれだけ有効かはわからないのだ。俺だって自分が死ぬ可能性のある実験などしたくない。


 《猿魔王カラミティア・ベイブ》がヴァンパイア殺しの武器など持っているはずがないので、自然と方法は、頭を潰すか限界まで復元能力を使わせるかに絞られるのだが――


「お、っと!」


 頭を狙って飛びかかってきた《猿魔王カラミティア・ベイブ》の攻撃を屈んでかわす。《強欲猿スレッジア・ベイブ》がいなくなった今、回避に専念すればどうとでもなる。俺はそろそろ作戦を実行するべく、ちらりと城壁を見る。どうやら、開拓者たちが集まり始めたようで、こちらを指さして何事かを叫んでいる様子を見ることができる。


「遅いな!」


 俺は思わず毒づく。400年前ならこの時点で迎撃の体勢が整っていたはずだ。やはり魔術の衰退は手痛い。しかもここまで目撃者が集まってしまうと、俺もうかつな魔術は使えなくなる。正体がバレるのは非常に面倒臭いので避けたい。俺は人間社会で平和に暮らしたいのだ。


「ちっ!」


 再び迫っていた2本の腕をかわし、さらに襲い掛かってきた4本の腕をかいくぐる。本当に《災害的怪物カラミティア》という存在は常識の埒外の動きをするので厄介だ。魔眼で一度体の力が抜けるのを確認し、次の瞬間には殺傷圏内から離脱する。あの魔眼は攻めに使うよりも、守りに使われるほうが面倒だ。決めようとした瞬間に体から力が抜けるのではやりようがない、しかも発動条件がこちらを視認するだけと非常に軽い。効果は本当に一瞬だけで持続性はなく、連発はできないようだが、十分以上に厄介である。


「さーて、そろそろ避難は終わったかな……」


 確認したいが、確認の術がない。だが、開拓者がああして集まっている以上、都市内部でもなんらかの対策が取られていることは間違いないだろう。それは、あの悪辣な女が都市のギルドを取り仕切っている以上間違いはない。あれは有能であることは間違いないのだ。リットの要請を受けていれば、きっちり避難は終わらせているだろう。


「反撃と、行きますか!」


 俺は気合を入れると、一気に城塞都市に向けて走った。いきなり逃げ出した俺に対して《猿魔王カラミティア・ベイブ》が一瞬呆けたように動きを止めるが、すぐに雄たけびをあげて追いかけてきた。ここまで自分を傷つけた存在を生かして帰すつもりはないだろう、つまりどちらかが死ぬまでは追いかけられる。俺は身体強化を全開にして、まだ日の高い荒野を全力疾走する。


 そうだ、追ってこい――町の中まで!


 俺は唖然としてこちらに向けて大声を出す開拓者たちの一団をまるっと無視すると、城壁の門を確認する。当然のように閉められている、おそらくは都市の内部を危険に晒さないようにという配慮なのだろうが、この化け物は開拓者たちがいくら集まったところで勝てる相手ではない。400年前、魔術を使える冒険者たちが数百人単位で犠牲になるのが、《災害的怪物カラミティア》という化け物の強さである。身体強化がやっとの彼らでは、蹂躙されて終わりだ。


 だから――


「倒すには、圧倒的強者の力を借りる……!」


 俺は力強く地面を蹴り、大きく跳び上がった。城壁を垂直に駆けのぼり、一気に城壁の上に出る。城壁も四足の魔獣には有効だが、圧倒的な機動力を誇る《猿魔王カラミティア・ベイブ》に意味などない。奴も6本の腕を駆使して俺のあとを追ってくる。ここで魔眼を使われると、俺は一瞬とはいえ黒翼を出さざるを得なかったのだが、幸い奴は魔眼を温存することにしたのか使われることはなかった。


 そして、俺と《猿魔王カラミティア・ベイブ》は城壁を乗り越え、ともに城塞都市ディラウスの内部への侵入に成功する。避難はほぼ終わっていたのか、周囲にはちらほらと人影が見えるだけだ。


 俺は、石畳の上に着地すると、上から降ってきた《猿魔王カラミティア・ベイブ》の拳をかわした。落下速度と膂力が加わった一撃はたやすく石畳を砕き、周囲に土と石の破片がばらまかれる。奴自身にもそれなりのダメージが行ったはずだが、異常な速度で回復して、もはや傷ひとつみあたらない。

 まだ残っていた一般市民の人が悲鳴をあげる。


「お、おい、なんだあいつは! 開拓者ギルドはなにやってるんだ!」

「ひい! なんておぞましい……!」


 まあそうなるよな。しかし、俺も考えなしに城塞都市に侵入させたわけではない。近くに武器屋を見つけると、《猿魔王カラミティア・ベイブ》をいなしながらそこに飛び込み、2本の槍を持って飛び出る。1本は予備だ。

 そして、俺の予想が正しければそろそろ――。


「来たか」

瞬滅雷光槍ディアボルト・スピア


 飛竜ワイバーンが侵入したときにも見た、雷の槍。どういう理屈か知らないが、都市のなかに侵入した魔獣に対して反応する魔法使い様の魔法。もしかしたらリアルタイムで撃ってるのかもしれないが、重要なのは俺ともう一人、人外の力を持つ者が戦列に加わったということだ。


「ご、轟雷様だ……!」

「魔法使い様、万歳!」


 次々と飛来する雷の槍を見た住民が歓声をあげるが、その歓声もすぐになりをひそめてしまう。


「おう……それ、避ける……?」


 俺も思わず呆れた声でつぶやく。飛来した3本の雷の槍を、《猿魔王カラミティア・ベイブ》は俊敏な動きで、全てかわしてみせたのだ。だが奴もさすがにかわすのがやっとのようで、連続で飛来する雷を、必死に回避している。俺は槍が飛来するタイミングを計るために、《猿魔王カラミティア・ベイブ》の動きを観察する。


「纏技・穿」


 槍に魔力を通し、強度を上げる。さらに硬質化した魔力が先端に集まり、亜竜種の鱗すら貫く槍となる。その槍をかまえて、もう一本の槍は投げ捨てる。チャンスは一瞬、重荷は必要ない。


 隙を狙う俺の前で、連続で飛来していた雷の槍が一瞬途絶えた。それを確認した《猿魔王カラミティア・ベイブ》が大きく息をするように体を休める――


「貫けェッ!」


 放つ。ぎりぎりまで身体強化を施した体が放った投げ槍は、一瞬のスキを突いて《猿魔王カラミティア・ベイブ》の体を貫いた。そしてその勢いのまま半分ほど埋まり、そこで止まる。即座に再生が始まったのか、槍の周囲の肉が蠢いているのがわかる。あまりにも一瞬の早業だったためか、周囲の人間は気づいていない。そこに、雷の槍が飛来する。


 槍という避雷針に向けて、雷が殺到する。もしかして、と思ったがやはり間違いはない。自然界の雷としての特徴もいくらか再現されている。もちろん、再現されていなかったからといって、槍が刺さったまま避けれるほどの生易しい攻撃ではないのだが。


『――――ッ!!』


 十数発の『瞬滅雷光槍ディアボルト・スピア』を体に受けた《猿魔王カラミティア・ベイブ》の体が痙攣する。周囲に肉が焦げる嫌な臭いと、住民の歓声が埋め尽くす。だが、足りない。俺の『獄炎の檻』からも回復して見せた正真正銘の化け物である。それだけでは、足りないのだ。


「いいとこもらうぜ、轟雷様ッ!」


 俺は懐から一つの宝石を取り出すと、魔力を流す。5つの安全装置回路を通過して、宝石に刻まれた陣が透明の光を放つ。


 金剛石、またの名をダイヤモンド。俺が知る限り最も硬度の高い宝石を媒介にした、美しさもなにもない、相手を殺すためだけに編まれた魔術。


「ぐっ――!」


 左手で痙攣を続ける《猿魔王カラミティア・ベイブ》に触れると、残っていた電流が俺の体にも流れ込んでくるが、耐える。俺の体内も焼けるが、そこはヴァンパイアの復元力で対応する。そして、俺は起動言語を唱えた。


「空間すら断ち切る悪夢の技――」


 日常でうっかり発動されてはたまらないので、起動言語は仰々しく、回りくどく。そして、短く。


「断割しろ、『大鋏オオバサミ』」


 瞬間、《猿魔王カラミティア・ベイブ》の体が縦に真っ二つに割れる。触れている対象ならば、なんであろうと真っ二つにする、最強にして全く美しくない大魔術だ。俺も好きではないが、俺の手持ちの魔術のなかで、これを超える威力を持つ魔術と言われると残りは一つしかない。


 まあ要するに、『切断』や『乖離』、『分割』に『遮断』といったおよそ『分ける』という意味を持つ要素を片っ端から詰め込んだ力技の魔術なのだ。大魔術であるがゆえに、発動にはそれなりの魔力が必要だし、うっかり空中に放つと物質にぶつかるまでどこまでも伸びていき切断するというその特徴から、お手軽危険魔術として封印指定を施された大魔術。俺が地竜を狩ったときもこの魔術を使用した。

 魔獣相手に使うには、相手が速すぎると当てられない、外した結果が目も当てられないという理由から使いづらい魔術だが、この魔術の開発によって魔術師は一目置かれるようになった。


 ――魔術師たちがその気になれば、城壁だろうが城だろうが切断できるようになったのだ。


 こわすぎる。ちなみに俺はほいほい一人で使っているが、本来は複数人で発動する大魔術である。


「……ふぅ。さすがに、この状態からは回復できないか」


 脳を真っ二つにしたのに再生を始めたら、それはもう生命を超えた別の何かである。俺は倒れた《猿魔王カラミティア・ベイブ》を見ると、疲れてその場に座り込んだ。


「いやーきつかったなー……」


 400年前の仲間たちがいれば、生まれたての《災害的怪物カラミティア》などどうとでもなったが、今や仲間もいなければ俺自身の戦力も結構落ちている。《災害的怪物カラミティア》の最も恐ろしいところは、時間がたてばたつほど魔獣を食らい、回復力も魔力も体力も桁違いに強くなっていくところだ。発見があと一か月遅れたら、俺はこいつから逃げ出すはめになっていただろう。


「しかし……」


 ざわざわと、ざわめきながらこちらの様子を窺う住民たち。避難がほぼ終わっていたので、目撃者は多くはないとはいえ、ここまで目立ってしまったのだ。間違いなく面倒なことになるだろう。


「真っ二つにしたのは魔法使い様、ということでなんとかならないだろうか。ならないよな。くっつけてみるか……」


 俺はものの見事に二つに分かれてしまった《猿魔王カラミティア・ベイブ》の死体を見てぼやく。雷の槍で死んでくれれば俺としては万々歳だったのだが、いや、耐えるんだこいつ。あのまま放っておくとふつうに耐性を獲得して動き始めそうだったので殺しに行ったが、俺が殺したことで面倒なことになるのは間違いない。魔術だということは気づかれていないといいな。


「ああ、そうだ。ニムエを探しにいかなきゃな……」


 森を焼いたのは、《猿魔王カラミティア・ベイブ》ということにしよう。うん、そうしよう。


 俺はひそかに決意を固めると、大きく息を吐き出した。

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