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動き始める城塞都市8

わー茶番回。俺、茶番回、好きー。

「お、お邪魔しまーす……」

「小心者だな、おい」


 飲食店に入るのに『お邪魔します』って言うやつ初めて見たぞ、リット。


「また来たの?」

「ご贔屓にしてるんだよ、感謝してくれ」

「はいはい、ありがとうございまーす。……大変だったのよ、後始末」

「そりゃすまなかったな」


 木漏れ日亭についた俺たちは、リルの案内で席につく。初めて見るリットが気になるのか、リルがちらちらと視線を向けているが、緊張しているらしいリットは無言で身を小さくする。

 おいリット、気配が薄れてるぞ。無駄に高度な技術を使うな。 


「ご注文は?」

「《岩猪ボアム》の煮込み……いや、たまには違うのを頼むか」


 お盆が地面に落ちる、乾いた音がした。そちらに目を受けると、目を見開いて俺を見つめるリルがいた。


「ルイドが、違うものを……!? ね、ねえニムエちゃん、ルイドはどうしたの? 悪いものでも食べたの?」

「さ、さあ……」


 失礼な店員である。


「お願い正気に戻ってルイド。大丈夫よ、今日は《岩猪ボアム》の煮込みあるから! すぐ出せるわよ?」

「俺は正気だ。ていうかお前は俺をなんだと思ってるんだ……?」

「この前のどんちゃん騒ぎでも《岩猪ボアム》の煮込みとお酒だけ頼んで在庫を枯らした中毒者」


 やばい、そうだった。この前ゲルキオのおっさんと来たとき、普段から大量に煮込んである《岩猪ボアム》の煮込みを食べつくしたんだった。逆にしばらく食べていなかったからこそ、離れる決意がついたのかもしれない。


「いいんだよ、たまには。肉料理のおすすめは?」

「ちょっと時間かかるけど、《赤鳥クレアブム》の焼き鳥とかどう? この時期は脂が乗って美味しいわよ」

「じゃあそれを三人分、と《岩猪ボアム》の煮込みを一つ」

「結局頼むのね」

「復活したなら頼むしかないだろ」


 一昨日来たときは、仕込みに時間がかかっていて出せないと言われてしまったのだ。いったいどれだけ長時間煮ているのだろうか。《岩猪ボアム》の肉は、食べるには硬すぎるので無理もないが、ふつうの料理店ではそこまでコストをかけられないだろう。


「ル、ルイド。その、《赤鳥クレアブム》の焼き鳥とはおいくらなんだ?」


 不安そうに財布の中身を確認するリット。残念だが俺も知らないのだ。


「いや、俺も初めて頼むから知らないな」

「まずい……銀貨が7枚しかないぞ……」

「いや、大丈夫だと思うぞ……?」


 リットの脳内では、木漏れ日亭はとんでもない高級料理店になっているらしい。確かに一般的には高いと思うが、一食で銀貨7枚吹っ飛ばす料理店があったら貴族とか豪商とかしか来ないだろう。この繁盛具合から見ても、そこまで高価ではないとわかりそうなもんだが。


「店員さーん」

「なによ、私忙しいんだけど」

「いや、忙しそうなお前を呼んだつもりはないぞリル。あっちの従業員の子を呼んだだけだ」

「紛らわしいことしないでよね!」


 料理を乗せたお盆を持って、赤い顔で去っていくリル。くっくっく。うら若き乙女をからかうのは楽しいなぁ。


「うっわぁ悪い顔してる……」

「ルイドさま、楽しそう」


 失礼な。違うメニューを頼もうとしただけで正気を疑うような店員を、からかう程度で水に流してやろうというんだ。優しいだろ。


「あ、あの。なにか御用でしょうか?」

「ああ、ごめんね。いや、さっき《赤鳥クレアブム》の焼き鳥を頼んだんだけどね」


 不慣れなのだろうか、不安そうにこちらを見つめる従業員の子。勝気なリルと違い、ふわふわとカールした金髪と、おどおどした気配が庇護欲をくすぐる少女だ。顔立ちも可愛らしく、男に好かれそうだ。新顔っぽいが、いったい誰が採用しているのだろうか。なんというか策略的なものを感じる。


「ああ、クレームってわけじゃないんだ。ただ、値段が知りたくね。いくらなのかな、と」

「く、《赤鳥クレアブム》の焼き鳥ですね? 少々お待ちください……!」


 ワタワタと謎の手の動きをしてから、一礼して去っていく少女。ああいう初々しい感じも新鮮でいいな。


「おい、趣味が悪いぞルイド。実は女好きなのか?」

「世の中の男たちは総じて女好きだ」

「そういう話じゃないぞ! お前わかっててからかってるだろ!」

「言ってくれればそれなりに応じるさ」


 含み笑いをしながらリットに告げる。リットがちらちらと気にする先では、リルが眉根を寄せてこちらを気にしている。注文もそわそわと聞いている感じで、いまいち集中しきれていないようだ。面白い。


「――リット」

「頼む、ニムエちゃんからも何か言ってやってくれ!」

「からかうと、楽しいよ? 楽しいのは、いいこと!」

「君たち性格悪いぞ!?」


 まあニムエの楽しさは、ニムエにとって敵であるリルが動揺しているからだと思うが。俺の性格が悪いのはわりと前からである。具体的に言うと4回目の人生が銀狼族ウェルウルだったころなので、250年前からくらいだ。筋金入りです。そんな会話をしていると、厨房に注文を伝えたらしいリルが近くに立っていた。忙しいんじゃなかったのか。


「――あんた、ミミに変なこと言ってないでしょうね」

「変なことって例えば?」

「難癖つけたり、口説こうとしてないかって聞いてるのよ」

「いやいや、難癖つけるって今リルがしてることだろ? 口説いてはいないなぁ、可愛いとは思うけどな」

「くっ、この男は……! 力があるからって調子に乗り過ぎ!」

「それよりいいのか? ミミちゃんのフォローしなくて。彼女、客にお酒ひっかけたぞ」

「はぁ!?」


 勢いよく振り返るリル。そこには、バランスを崩して客にお酒をかけてしまったミミちゃんが、必死に謝っている姿があった。客も怒り狂っているわけではないが、なんとなく嫌な違和感を覚えた。男は胸から開拓者のプレートをぶらさげており、その色は橙。確か、5等級か。テーブルには一本の杖が立てかけられており、そのほかに武器は見えない。


「あの男、開拓者か? 珍しい……杖が武器なのか」

「いや、あれ、ただの杖じゃないなたぶん」


 仕込み杖なのは確実だ。400年前こそ棒術が流行りになったことはあるが、あれは身体強化ができないと魔獣と打ち合うことができない。あくまで魔術メインの冒険者が、嗜み程度に覚える技術だ。対人戦にめっぽう強いので地味な人気があったが。


「申し訳ありません!」

「いや、謝られてもねぇ……そうだ、ここの飯ただにしてよ。それでいいよ」

「え……」


 おー、困ってる困ってる。新人さんにそんな権限ないもんな。しかし、男が着ている服もかなり上等なものである。それに酒をかけてしまったのだから、ただ飯で許されるならただ飯にすべきだ。ここは怒らせないように承諾して、上に任せるのが正解なのだが。そのどっちつかずの態度は、つけ入る隙だぞ。


「この店の従業員は客に酒かけといて、弁償もしないのか!」

「ひっ……」

「やば……」


 男が怒鳴り、ミミちゃんが怯える。その様子を見て、リルが焦った様子で呟きを漏らした。手慣れてる感じがすごいな、あの男。ざわめいていた店が静まり返る。そんななか、リットが声を潜めて俺に話しかけた。


「お、おい……なんか嫌な雰囲気じゃないか?」

「あーまあ、まずいかもね。たとえ、あの杖が分裂可能な仕込み杖で、それをひっかけてミミちゃんを転ばせて難癖つけてるとしても、お酒かけちゃった事実は変わらないしね」

「え……」


 俺の声は、男の怒声で静かになった店内によく響いた。男が怒りの表情でこちらを見る。常習犯だな、あれは。男は杖を持って俺に歩み寄ると、俺に向かって杖を突き付けた。


「おいお前、俺がわざと転ばせたって?」

「うん。だってやたらと手慣れてるし。常習犯でしょ、君」


 俺は男の顔も見ずに言葉を続ける。だいたいプレートを見せびらかしてる時点で怪しいのだ。開拓者のプレートは色を塗られてしまった場合、偽装行為となり重大な犯罪になる。盗まれるだけでも大変なのだ。そんな危険なプレートをこれ見よがしに見せびらかすなんて、ただの阿呆かもしくは――


「そんなブラブラプレート見せてさ。威圧してるんでしょ?」


 脅しが目的に決まってる。


「てめぇ、俺を虚仮にしやがって! お前も開拓者みたいだが、俺は5等級だぞ! お前みてぇなチビが敵う相手じゃねぇんだよ、いっちょまえに正義面してんじゃねぇ!」


 ここで俺が3等級であることを明かしたらどうなるんだろう、という悪戯心が湧くが自重する。ちらりとリルを見ると、首を掻き切るジェスチャーをされた。リットは呆れたように溜息を吐いていて、特に参戦する気はなさそうだ。


「これで5等級か……よかったね、今日ここで俺に会えて」

「ああ!?」

「だって、実力差もわからずに魔獣に挑んだら死ぬだろう?」


 俺は座ったまま男の足を払った。まさか手を出されるとは思わなかったのか、転んだ男の杖が俺のほうに向かう。それを頭で受ける。


「いってぇ!」


 地面に寝ころんだまま呆然とこちらを見上げる男。


「おい、お前が転んだせいで俺の頭に杖が当たったんだけど? やべぇな、これは罅が入っているかもしれん、治療費を請求したいが……さすがにお前は転んだだけだからな。まけにまけて、今ならおとなしくこの店を出れば払わなくてもいいぞ」

「てっ、てめぇ! てめぇが足を払ったんだろうが!」


 顔を真っ赤にして怒り狂う男。そうだよな、俺もこんなこと言われたらキレる。


「いや、俺は払ったりしてないぞ。言いがかりはやめてもらおうか。なあそこのお客さん、俺は足を払ったか?」

「……いいや、ずっと見てたが動いてなかったな」


 初老の男性に問いかけると、彼は優雅に口元をふきながら答えた。向かいに座る婦人も、声をあげて同調する。


「私も見てたけど、そっちの彼は動いてなかったわよ?」

「俺も見てたけど動いてなかったぞ!」

「そうだ、言いがかりはやめろ! お前が勝手に転んだんだ!」


 なんていいチームワークなんだ。感動的だな。

 数人が声を上げたのをきっかけに、ミミちゃんやリルにいいところを見せたい男たちが声を上げ始めた。いいぞお前らもっとやれ。


「やっぱり性格悪い……」


 聞こえてるぞリット。


「こっ、この……!」

「ちなみに、俺の等級なんだが」

「決闘だ! 表に出ろ!」

「……は?」


 俺が3等級であることを教えて、穏便に済ませてやろうという俺の粋な計らいは無に帰した。決闘だって。あほくさ。男は一方的に宣言すると、肩をいからせて店の外に出ていった。

 俺はちょっと困惑しながらリットに話しかける。


「なあリット、決闘だって。あの男、颯爽と店を出ていったけど俺も行かなきゃだめかな」

「行かないつもりか!?」

「だって俺受けてないし、正直面倒くさい」

「いやいやいや。決闘だぞ!?」

「いやわかってるけどさぁ……」


 決闘。いや、わかる。冒険者時代からあったルールだ。諍いを起こした冒険者たちが、自分たちで定めたルール。気に喰わないことがあれば腕ずくで押し通せ、といういかにも冒険者らしいルールだ。だが本来、こんなくだらないことで使っていいルールではないのだが――。


「決闘、ねぇ」


 懐かしい響きである。だが、


「面倒くさい……」


 だって負ける要素ないし。


「ぼこぼこにしてこい兄ちゃん!」

「あんな奴、《飛竜ワイバーン》に比べりゃ雑魚だろがい!」

「ルイドさんとっとと終わらせてくださいよ!」

「俺は早く旨い飯を安心して食いたいんだ!」

「決闘だ! ぶちのめせ! 俺のミミちゃんに難癖つけやがって!」

「勝ったらまた奢ってくれよ!」


 騒ぐ店内の客たち。《飛竜ワイバーン》を撃退した場面を目撃していたやつとか、どんちゃん騒ぎの時に奢られてたやつとかがいたらしい。お前ら常連なのか。


 ……俺もか。


「お前ら好き勝手言い過ぎだからな!?」


 文句を言っても声援しか返ってこない。


「おかしい……こんなはずでは……」

「自業自得だろう。やってこい、ルイド」

「黙れリット。最初からリットが毅然たる態度で4等級の立場を明かしていればこんなことには――いや待て。ここは店員に聞くべきだろ。店の前で決闘するわけには――」


 リルを見ると、再び首を切るジェスチャーをされた。そうですか。

 俺は気乗りしないまま立ち上がると、のんびりと外に出た。大挙して客がついてくるが、どいつもこいつも片手に酒の入ったコップを握ってる。見世物じゃな――見世物だな。男もまさかいっぱい出てくるとは思わなかったのかぎょっとした顔をしたが、俺もちょっと予想外。


 あー決闘か。久しぶりだけど、まさかこんなくだらない内容でする羽目になるとは……。 



「早くぶちのめしてくださいよルイドさん!」


 店内にいた若い男が叫ぶ。


 そういえば突っ込み忘れたけど、たぶんミミちゃんはお前のものではないぞ。



 次回! 決闘を挑まれたルイドは、本気で男をぶちのめすことにする……!

 唸れ、必殺の【暗黒闘技黒翼翔滅殺轟炎爆雷拳(ダークネスウィングフレイムハイパーボルテックパンチ)】!

 俺たちの本気はここからだ!

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