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動き始める城塞都市5

 腹ごしらえをした俺たちは、武器を持って城壁を越えた。昼過ぎから出たので、門番の人間にはとても心配された。見た目が年端もいかない子供姿なのも影響していると思う。


「そういえば、ヴァンパイアって成長するんですか?」


 同じことを考えていたのか、ティエリが話しかけてくる。前を楽しそうに歩くニムエに聞こえないように小声で。ニムエは俺がヴァンパイアであることも、自分がもう人ではないことにも気づいていない。復元魔術を受けてから、特に人間と関わってこなかったからだろう。いまいち、その異常な膂力と再生能力の特異さに気づいていない。


「基本的にはしないな。血を吸われた時点で存在が固定化されるから、血を吸われたときの容姿のままだ」

「つまり、歳も取らない?」

「そういうことだな」


 ヴァンパイアに寿命による死は存在しない、と言われている。ただ不老ではあるが、不死ではない。長い人生の中で、必ず精神に異常をきたし、心のどこかで死を望むようになる。そのさいにひっそりと消えずに劇的な死を望むのは、夜の種族としての矜持のようなものだ。

 くそ爺――失礼、イルムシルは老人になってから血を吸われた稀有な例である。確か真祖であるベネトリアが、『老執事が欲しい』という凄まじく適当な理由でヴァンパイアにしたと聞いている。ちなみにベネトリアはあの古城の持ち主だ。今は寝てる。眠りについたのは20年前なので、あと100年は確実に起きないだろう。イルムシルもかなり好き勝手やってた。


「じゃ、じゃあルイドさんは私の遥か年上の可能性も!?」

「あ? あー……」


 難しい問いである。ヴァンパイアとしての俺は、まだ十年しか過ごしていないので年下になるのだが、今まで繰り返してきた人生を合算すると遥か年上になる。


「あ、答えにくいことならいいんです!」

「あーうん。俺もよくわからんしな。聞かないでくれると助かる」

「わかりました!」


 聞き分けがいい。ティエリという少女の根底にあるのは、恐怖心と罪悪感だろう。ヴァンパイアとしての戦闘能力や特殊能力を見て、復元能力の恐ろしさも痛感している。そして、人を殺そうとして、実際に刺したというのが彼女の心を縛り付けているようだ。服や食事も買い与えてはいるのだが、ニムエと違ってなかなか信用してくれない。言動も動きも硬いままだ。俺はもう危害を加えるつもりはないのだが、恐怖心も罪悪感もそう簡単にぬぐえるものではないだろうから、まあおいおいだな。


「さて、まあこの辺でいいか。ニムエ、構えて」


 俺が告げると、ニムエはおぼつかない手つきでダガーを構える。俺はニムエが構えたのを確認したら、距離を取って立った。


「どっからでもかかってきな」


 俺はわざと両手を広げて、ニムエの攻撃を誘う。どうすればいいのかわからないニムエは、ダガーの先端を揺らして迷う。慣れない武器を使うのは、戦闘においてスキにしかならない。俺は迷うニムエを置き去りに、自然体から地面を蹴って接近、さらに二回ステップを踏んでニムエの背後に回り、首筋に向けて手を伸ばす。


「っ!?」


 一瞬遅れて気づいたニムエは、とっさに右手に握ったダガーを振るう。俺は伸ばしていた右手を引っ込め、素早く後ろに飛んでダガーを回避した。


「良い反応だな」


 なめられているのを感じ取ったのか、ニムエの雰囲気が変わった。右手でダガーを短く持ち直し、緑色の眼光が鋭く俺を見据える。その視線からは、隙があればダガーをお見舞いしてやる、という強い意志が感じられる。勝負する前に相当煽ったのが効いているのだろう。さて、


「どう来る?」


 呟いた瞬間、ニムエが地面を蹴った。その音に反応して、俺は咄嗟に体を投げ出す。ニムエの人外の膂力なら、トップスピードは目で追えない。跳ねるように跳んだなら、なおさらだ。

 俺の体があった場所を、ニムエの体が飛んでいく。戦闘センス、才能は間違いなくあるが、いかんせん戦闘慣れしていない。格上を相手にしたときの力量差は、基本的には技術や経験で埋めるしかないのだが――


「ふっ!」


 着地した先で、ニムエが反転、地面を蹴って再び跳ぶ。素晴らしいセンスだが、俺に届けるにはまだまだ未熟。

 ダガーの先端をかいくぐって右手を振り下ろす。通り抜けようとしていたニムエの背中に、俺の右手が触れた。


「まずは一勝、だな!」

「う~!」


 地面に両手足をついて、獣のように四つん這いになったニムエが、全身で低く突進してくる。まるで《群狼グエル》のような動きだが、一辺倒の突進では俺を捉えることはできない。ニムエの四肢に力がこめられた瞬間、直線上から体の位置をずらし、突撃を回避する。


「ほらほら、もっとちゃんと狙わないと!」

「ぶっ飛び過ぎでは……?」


 一般人代表、ティエリが呟く。ヴァンパイアである俺はそもそも魔力で身体能力を強化しているし、半ヴァンパイアとでも言うべきニムエは人外の膂力をその身に宿している。本気の移動は人間の眼にとまるような速度ではないし、体の動かし方さえわかっていれば《強欲猿スレッジア・ベイブ》の群れとだって戦える。やつらの握力は脅威だが、捕まらないように立ち回ればいいのだ。


「ほらほら! ちゃんと避けなきゃ!」

「うううう!」

「避けるばっかりじゃ勝てないぞ!」

「うううううううう!! ルイドさまの意地悪ー!」

「はははは! 負け犬の遠吠えは耳に心地いいなぁ!」


 回避と反撃。突撃一辺倒だったニムエが、徐々に俺の動きの先を読むようになる。俺がわざと隙を作ればその隙を狙うようになり、自分の攻撃のあとの隙を少なくしようと、動きに小回りが出てくる。


 そんな遊びと称したニムエの特訓は、日が暮れてからも続いた。


 † † † †


 ニムエの訓練を開始してから三日目、来客があった。毛皮を身にまとい、ダガーとショートソードを腰からぶら下げた女性だ。見た目的には20代前半くらいだろうか。夜の訪問だったので、俺たちは宿屋の食堂で彼女を迎えた。


「こんばんは、私はリット。4等級の開拓者で、今回君たちの案内をすることになった。等級としては私が下だが、なにせ育ちが悪くてね。言葉遣いに関しては目をつぶってくれると助かる。よろしく頼むよ」

「これはどうも、私がルイドです。こっちの幼女がニムエ、こっちはティエリ。出発は明後日のはずですが?」

「いやいや、その日に初めて会った相手と、《強欲猿スレッジア・ベイブ》の群れに挑むなんてごめんこうむるよ? 事前に確認しておきたくてね」

「ああ、そうですね。配慮不足でした。じゃあいろいろ確認しましょう」

「そうさせてもらうと助かるよ。……しかし、ずいぶんと若いね? 話じゃ、《飛竜ワイバーン》も倒す凄腕って聞いてるけど――」

「事実です。ただ、信じられないのも無理はないと思います。おりてもいいですよ?」


 相手が自然な成り行きと自分の意思でおりてくれれば、こちらも人目を気にせずに《強欲猿スレッジア・ベイブ》と戦えるのだが。

 そんな期待も込めて聞いたが、リットは迷うそぶりも見せずに言う。


「いや、これは失礼。あのクリエさんの紹介だ。信用するよ」

「――信用に応えるようにしましょう」


 あの悪辣女が信頼されていることは若干納得がいかないが、外面はいいのだろう。そのくらいは平気でやる女だ。


「支部長が不在なのに、よく頑張ってるよ」

「支部長不在とか、あのギルド大丈夫なんです?」

「支部長も仕事しているよ。折衝とかであちこち出かけてるみたいだね」

「この都市にいないなら責任を放棄しているのでは?」

「まあなんだかんだクリエさんが代理で運営しているようなものだよ。優秀だからね」

「問題がないならいいですけどね」


 足を引っ張られるのはごめんである。人間の組織は大きくなればなるほど面倒くさいしがらみも出てくるものだ。それも含めて人間は面白いのだが。

 もう疲れて眠ってしまったニムエを放っておいて、俺とリットの会話は続く。


「さて、まず契約を確認させてくれ。君たちが《強欲猿スレッジア・ベイブ》の群れ、もしくは《巨猿王ケリトル・ベイブ》を討伐する。私は縄張りまでの道案内と、《巨猿王ケリトル・ベイブ》の捜索が役割。ここまではいいかい?」

「問題ないですね」

「私自身、《強欲猿スレッジア・ベイブ》も同時に2体までならなんとかなる。君は《強欲猿スレッジア・ベイブ》と戦ったことは?」

「一度だけありますね。同時に相手する時は、勝つなら4頭まで。回避に専念するなら6……いや、7までならなんとかなるはずです。注意を引くくらいならできます」

「なるほど、4等級と3等級の壁は分厚いみたいだね。これはあいつらも頑張らせないとなぁ……」

「リットさんも仲間がいるんです?」

「ん? ああ、普段は4人で動いてるよ、ほかの3人はまだひよっこの6等級だけどね。安心してくれ、この依頼に行くのは私だけだ」

「足手まといは本気で困りますからね!」

「はは、わかってるよ。私もよく言い聞かせてるから」


 目撃者が増える可能性はできる限り潰しておきたい。


「道中の食料はどうする? 各自準備でいいかい?」

「それでいいです。ちなみに、こちらから行くのはそこで寝てるニムエと、俺の2人です」

「彼女は――奴隷、か。戦力としては?」

「2体同時に戦うなら避けるのがやっと。1体相手なら楽勝って感じですね」


 ニムエの技術の吸収速度は目を見張るものがあり、俺はかつての親友を思い出してしみじみとしていた。あいつはバカだったが、間違いなく天才の剣士だった。剣を持たせたら右に出る者はいないとまで言われた男だ。ただ、ニムエはもっと広い範囲、『戦う』ことに関しての才覚を感じる。見えないはずの動きに気づき、聞こえないはずの音を捉える、野性的なセンスを感じるのだ。


「なるほど、この年齢でその戦闘能力。さすがはルイド、さんの奴隷だな」

「ルイドでいいですよ。まだるっこしいのはなしで行きましょう、リットさん。短い間とはいえ仲間になるんですから」

「そうだな……じゃあ、ルイド。私のことも呼び捨てでいい。口調も崩してくれるとありがたい」

「ああ、じゃあ普通に話すよ」


 リット。見た目と装備的には敏捷さを武器にした開拓者という感じがする。隠密と索敵、捜索を得意にする斥候タイプか。育ちが悪いと言っていたが、瞳の奥には知性の光が見える。仲間から等級が抜きんでてるのも、そのあたりが関係しているのだろうか。

 リットは必要以上に力が入っていた肩から力を抜き、息を吐き出した。


「ふう。なにせ3等級の人と話すのなんて初めてでね、緊張してたんだ。案外話が通じるじゃないか、3等級あたりから変な人間が増えるって聞いてたから不安だったんだよ……どうした?」


 少し動揺したティエリを見て、訝し気に目を細めるリット。観察力というか、感情の揺れに敏感だな。どうせティエリは変な『人間』あたりに反応したんだろう。ヴァンパイアだからな。


「俺は3等級以上の開拓者と会ったことがないんだが」

「ああ、今この町にはいないねぇ。昔は『鉄鎖のリストル』とかいうやつがいたんだが、もう今はどこにいるのやら」

「……なるほど、あの女が躍起になって俺を引き込もうとするわけだ」

「あの女……?」

「いや、こっちの話だ。忘れてくれ」


 4等級であるリットの戦闘能力は、そこまで高くない。それは《強欲猿スレッジア・ベイブ》と戦える数を聞けば明らかだ。調査や探査の能力がメインなのだろうが、それにしたって《強欲猿スレッジア・ベイブ》を同時に2体がやっとでは低すぎる。人類の戦闘能力は、全体的な質が下がってしまったのだろう。やはり魔術の衰退は痛い。

 いったいなぜ魔術は衰退してしまったのか。千年以上の間積み重ねてきた叡智が、たった400年程度で伝説になってしまうのはいくらなんでもおかしい――


「で、ものは相談なんだが」


 そんなことを考えていたから、意を決したように話しかけてきたリットに反応が遅れた。


「ああ、すまん。なんだ?」

「明日ぜひ、君たちの戦い方を見たいんだ。だから一緒に《群狼グエル》を狩りに行きたい。3等級の戦い方を見てみたいし、万が一私が戦闘に参加することになった時、二人の戦闘スタイルがわからないのは困る。もちろん私も見せるし、二人が見せたくないものは秘匿してもらって構わない。《群狼グエル》の素材もいらない。図々しいお願いだとはわかっているが、見せてもらえないだろうか」

「うーむ……」


 俺は別に構わない。手の内すべてを晒せと言われているわけではないのだ、手加減して動けばいいだろう。問題はニムエである。ニムエもなんとなーく戦い方を身につけてきているが、まだまだ荒削り。うっかり攻撃を食らってバーサーカーモードになられるととても困る。再生能力を見られるわけにはいかないのだ。


「そうだな、万が一が怖いからニムエはなしだ。俺だけでいいならいいぞ」

「本当か! 恩に着る!」


 勢いよく頭を下げるリット。今日あったばかりの人間に頼むとは、彼女にもなにか事情があるのだろう。協力するのも悪い気はしない。

 ちらり、と横を見ると、ティエリもうつらうつらと船を漕いでいた。まあ今日も一日訓練してたからな。疲れもするだろう。


 俺とリットの会議は、明日の集合時間を決めると解散になった。

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