動き始める城塞都市4
短めですが、切りがいいので投稿します
俺はニムエとティエリを連れて外出すると、そのまま開拓者ギルドに向かう。
「ルイドさま、あれ、食べたい」
「ニムエさん。あなたは奴隷なんですよ、それ相応のふるまいをですね」
「いいぞ、いくらだ?」
「ルイドさん! 甘すぎます!」
「ティエリも食うか?」
「……い、いただきます」
途中で買い食いしながら、三人で開拓者ギルドに向かう。俺たちを眺める視線はほほえましいものを見る温かい視線だ。まあ、ニムエの首輪さえみえてなければ開拓者チームにしか見えないだろうしなぁ。
「そういえば、ルイドさんの武器は剣なんですね」
「ん? ああ、この前までは槍持ってたんだけど、この体だと振り回しづらくてな」
「この体だと……?」
「気にするな」
俺は槍から剣へと武器を変えていた。剣の感覚は槍よりも前の記憶になるので、思い出すのに時間がかかりそうだが、とりあえずリハビリの意味も込めて得物を戻したのだ。なにせ剣を握っていたのは一度目――人間だったころの話なので、およそ400年ぶりである。技術や勘を取り戻すには時間がかかるだろう。
「私が武器持つなら何がいいですか?」
「弓とかじゃないかな、今遠距離攻撃手段はないし。でも弓は技術がなぁ」
「弓……まっすぐ飛ばせるようになるまで、時間がかかると聞きます」
「ああ、難しいらしいね」
そんな雑談をしながら、開拓者ギルドの扉を開ける。
「お待ちしておりました、ルイド様」
「うげぇ……」
「……私も、出合い頭にそんなに嫌そうな顔をされたのは初めてですよ」
できれば宿泊している宿の名前の伝言だけで済ませたかったのに、扉を開けると受付のカウンターにはクリエが座っていた。混雑する朝夕を避けて昼に来たのになぜ。
「ちなみにゲルキオさんは頭痛による休暇を取られています。二日酔いでしょうね」
自業自得だった。
「はぁ、俺たちは『猫がくつろぐ日溜まり亭』に泊まってる。また移動するときには伝える。用は済んだ、じゃあな」
「お待ちください」
伝えることを伝えてさっさと去ろうとした俺の背中に、クリエの静止の声がかかった。嫌な予感を覚えながら振り返ると、クリエが羊皮紙をヒラヒラとさせながらにっこりと笑って告げた。
「契約に従い、3等級開拓者ルイド様に依頼の要請をします」
「……面倒くせぇ……!」
心の底からこの女と契約を交わしたことを後悔する俺だった。
「で?」
「こちらをお読みください」
俺は素早く依頼書に目を通していく。討伐依頼。報酬は金貨3枚。魔獣名――
「《強欲猿》の群れだと? なんで放っておいた」
《強欲猿》。二本の腕が異様に発達した魔獣だ。特徴としてはその強力な握力で、あらゆるものをもぎ取る。人間の腕程度なら軽く握りつぶして持っていき、大木の幹すらえぐり取るというめちゃくちゃやばいやつだ。400年前は見つけ次第殲滅が義務づけられていた。なぜなら――
「《強欲猿》が群れるってことはボスがいるぞ。《巨猿王》が。《巨猿王》は《強欲猿》の縄張り争いに連続で勝利した個体が成長して成る。だから適度に間引かなきゃならないんだろうが! なんで放置した!」
「ルイド様ならわかるでしょう? うまみ、ですよ」
「……くそったれ!」
《強欲猿》は売れる部分がない。ほかの魔獣ならば牙や爪などの武器になる部位が存在するのだが、《強欲猿》の武器は握力だ。当然死んでしまえば強力な握力はなくなる。彼らは依頼報酬のために挑むには、うまみが少なく危険すぎるのだ。
「へベル大森林の少し奥に入れば、彼らの縄張りに引っかかります。4等級の開拓者を一人つけますので、彼女の案内に従ってください」
「――はん。お前にも、守らないといけない矜持があるわけだな」
「当然です。どうか、ルイド様。この城塞都市を助けてください」
深々と頭を下げるクリエ。
理解した。この女は隙あらば俺の弱点と反応を探り、交渉を有利に進めようとする悪辣極まりない女だが、それでも開拓者に対する気持ちは、この都市を護ろうとする意志は本物だ。その両肩にどれだけの重荷を背負ったのか。その苦悩は、気ままに生きる俺には一生理解できないだろう。
「いいか、俺はお前が嫌いだ」
「存じております」
「だが――約束は守るし、割とこの町のことは気に入ってんだ」
「当然です。私が守ると決めた町ですよ?」
なるほど。そういうことなら、働いてやろうじゃないか。
「報酬、きっちり用意しとけよ」
「かっこつけてるところ申し訳ありませんが、そもそもルイド様に、依頼を断る権利ありませんからね?」
にっこりと笑うクリエ。俺も彼女に満面の笑みを返した。額に青筋を浮かべながら。
「いつか絶対『許してくださいルイド様! 私が全面的に悪かったです! なんでもします!』って言わせてやるからな」
「それ私の物真似ですか? 失礼、鳥が鳴いているのかと」
「鳴いてるんじゃねぇか? 開拓者ギルドに、閑古鳥が。あとあんたの頭のなかにも」
クスクスと笑うクリエと、満面の笑みを浮かべる俺。お互いの共通点は、笑顔だが二人とも目が笑っていないところだ。彼女の藍色の瞳と俺の眼光が空中でぶつかる。
「期限は10日です。日に日に被害が増しています、このままでは一般人に被害が出る可能性もありますし、城壁の周囲まで縄張りを広げられたら最悪です。全滅とは言いません、《巨猿王》だけでも殺してください」
「……5日後に一度出発する。案内人にそう伝えておいてくれ。5日後の朝に、開拓者ギルドで会う」
「期待しています。魔法使い様は、街中に魔獣が侵入したときしか魔法を使ってくれませんので」
「ああ、そうなんだ? そりゃーー頑張って狩らないとな」
俺は依頼書を渡して受諾印を貰う。開拓者ギルドからの依頼のため、割符はないようだ。《巨猿王》が指揮を執る《強欲猿》の群れは、大魔術なしの俺一人ではちょっと厳しい。いやなりふり構わずヴァンパイアの能力と魔力をフルで使えば気づかれずに殲滅くらいはできるが、できれば魔術は使いたくない。乱戦になっても負ける気はしないが、それを案内人に見られていた場合面倒なことになる。特にヴァンパイアの復元能力を見られるのはまずい。
「ちょっと、作戦考えないとな」
開拓者ギルドから外に出た俺は、空を見上げる。案内人なんていなくても、俺が適当に森に突っ込んでくればいい話なのだが、さすがに監視の目が強くなるだろう。人間は突出した力を持つ者を、尊敬しながらも恐れるものだ。
「ルイドさん、この依頼断れないんですか?」
「ああ、そういう契約だからな」
「そう、ですか……」
「ルイドさま、ニムエ、戦う、よ?」
「ああ、今回はちょっとニムエにも手伝ってもらうかな。ティエリは戦闘はからっきしだから待機ね」
「え? そ、それは助かりますが、ニムエさんは?」
「ん! ルイドさまのためなら、戦う! がんばる!」
「え……?」
「こう見えてニムエは天才なんでな……いや、本当に。親バカとかじゃなくて」
ティエリの眼が疑念一色だったのでフォローしておく。ただ傷の再生も見られるわけにはいかないから、ニムエのバーサーカーモードも使えない。最もあの状態のニムエは回避も防御もせずに、ひたすら相手を殺そうとする機械になるので、そもそも乱戦が予測される戦いには向いていない。さすがに回復する前に殺されてしまうだろう。
「案内人ごと消すのが一番楽なんだが」
ボソッと呟く。心当たりがあるティエリの肩が跳ねるが、気にしない。
「しかしまあ、俺が依頼をしっかりこなすか監視の意味もあるだろうからなぁ。消すのは得策じゃないよな……」
ティエリが安堵の溜息を吐くが、俺は今お前の話はしてないぞ。
「とりあえず、ニムエ。今日から俺と特訓な。書き取り練習は免除とする」
「……めん、じょ?」
「書き取り練習はやらなくていいから、かわりに俺と戦うぞ?」
「え? 嫌!」
「ニムエさん、さっき戦うの手伝うって……」
ティエリの眼が吊り上がるが、ニムエの言葉がそれを遮った。
「ニムエ、死にたくない! ルイド様も、殺したくない!」
その価値観にティエリが絶句したのがわかった。ニムエの考え方は単純だ。戦う=敵になる=殺し合い。どちらかが死ぬまで、決して戦いは終わらないというぶっとんだ考え方。練習で、手を抜いて戦うという考え方はない。
たとえ相手が主人である俺であろうとも、敵になればどちらかが死ぬまで戦う。
「大丈夫だニムエ。言い方が悪かったな、俺とニムエで遊ぼう」
「遊び……?」
「そうだ、遊びだ。ニムエはダガーを俺に当てたら勝ち。俺がニムエに触れたら俺の勝ち」
「え? でも、ルイドさま、ダガー当てたら怪我……」
「え? なに、もう勝てる気なの? ニムエじゃなぁ、無理だなぁ俺に勝つのは」
「むー……ぜったい勝つもん!」
「無理無理、ぜぇったい無理だね」
「ぜったいぜったいぜったい勝つもん!」
「ぜっっっっっったい無理だね」
非常に大人げない会話を繰り広げる俺とニムエの横で、ティエリが複雑な表情で俺たちを見つめていた。
気持ち体が離れてるけど、他人の振りをしたいならもっと離れなきゃだめだぞ。もしくは参戦すると気持ちが楽になるぞ。
さんざんニムエと言い合って、腹が減ったので木漏れ日亭に行くことにした。正直通いすぎな気がするが、まあ別にいいだろう。《岩猪》の煮込みがうますぎるのが悪い。
昨日の宴会で食材がなくなったという理由で休業していた。やりすぎた。




