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動き始める城塞都市1

 あちこちの店を見て時間をつぶした俺は、昼頃になってようやく開拓者ギルドに向かった。決して行きたくなかったから引き延ばしていたわけではない。人の眼が少ない昼に行ったほうが俺の気持ちが楽だからだ。


「って、わけで、昨日の二人はどうなったかわかる?」

「しょ、少々お待ちください! 担当者を呼びますので!」


 受付のおっさんに昨日の出来事を説明すると、面白いほど慌てて奥に走っていった。おっさん、昨日のこと知らなかったんだろうか。


 ……もしかして、ハブられ――


「お待たせしました、ルイドさん。ああ、ゲルキオさんは少し受付をお願いしますね」

「は、はい。わかりましたクリエさん」


 自分の娘程度の年齢のはずの女性に頭を下げるゲルキオ。うーん、哀愁漂う感じのおっさんだ。最初に俺に警告を飛ばしてきた偉そうな態度はどこにもない。かわいそうなほど何度も頭を下げている。


「あと、今月の給料は減俸ですから」

「そ、そんな! クリエさん、どうかそれだけは! 私にも……!」

「新規登録者に対する説明を怠ることは、職務怠慢です。解雇にならないだけでもありがたく思ってください」

「う、うう……」


 ……かわいそう。これはクリエとやらの女性の言い分に理があるが――さすがに同情を禁じ得ない。俺はこっそり銀貨を取り出すと、もう髪も薄くなってきているおっさんに、こっそり握らせようとする。


「……おっさん、なんか悪いな。これでうまいものでも食べて――」

「ゲルキオさん、それを受け取ったら贈賄ですからね。ルイドさんも余計なことをしないでください」

「お、おう……」

「ル、ルイドさん……お気持ちだけで……ありがとうございます……」


 若干イラついてきた。ハゲはつらいんだぞ、女にはわからないだろうが俺にはわかる。吸血鬼という種族特性から俺はもうハゲないんだけど。すまんなゲルキオのおっさん。


 ゲルキオのおっさんへの同情心はあるが、ここは心を鬼にして自分の要件を済ませなければ。


「で、昨日の二人はどうなったの?」

「詳しい話は二階でお話ししますので、こちらへどうぞ」


 優雅に階段へ誘導された俺は、一人寂しく項垂れるゲルキオをちらちらと気にしつつ、階段を上る。このクリエという女性は、俺が地竜の鱗と《群狼グエル》の牙を売ったときの査定員と同一人物なのは間違いない。顔も雰囲気も一致している。切れ長の瞳に怜悧な美人、髪色自体は茶色なので目立つ色ではないが、鋭い『仕事ができる女』オーラをこれでもかと出している。足ひっかけてやろうか。


「なにか?」

「いえ」


 余計なことを考えていたら、赤い眼光で睨まれた。有能だ。だが、ああしてゲルキオの減俸を決めたということは、ふつうの査定員ではないだろう。それこそもっと上の――


「どうぞ」


 部屋に入ると椅子を勧められたので座る。いざというときは『焔の矢』で壁をぶち抜いて外に逃げて蝙蝠になればいいか。


「ご安心を、危害を加えるつもりはございません。ルイドさんはもちろん、そちらの奴隷にも、です」

「どうだかな。あんな三文芝居を見せられちゃあな」


 開拓者ギルドに登録した初心者が、ガラの悪い先輩に絡まれる。ところが初心者は意外と実力はあって――というよくある話だ。そういうお話はあちこちにあふれかえってる。


「御慧眼、恐れ入ります」

「……ちっ、俺はあんたみたいなやつは嫌いだわ。初対面は好印象だったんだけどな」

「査定員としての私と、支部長補佐の私は違いますので」

「――支部長補佐、ねぇ」


 やはり、上の立場の人間だった。そしてわかったことは、俺が彼女をどうしても好きになれないということだ。


 話せば話すほど不愉快になる。彼女は『俺』を見ていない、あくまで『ルイド』という人間の情報を引きだそうとしているのがわかってしまう。


「支部長補佐になにか思うところが?」

「いや、なんで査定員の真似事なんかやってるのかな、と思ってね」


 こちらの言動を観察し、時に試し、情報を引き出し、推理し、見極め、交渉を有利に運ぼうとしている。その赤い瞳は全てを暴いて、俺のことを思い通りに利用しようとしているようで――非常に不愉快だ。まあ、少なくとも380年は年上なので我慢してやるが。


「元々査定員でしたので。あとは、将来有望な新人とか見つけるのにあそこが一番効率がいいんです」

「――なるほど、効率ね。まあわかったよ」

「ご理解いただけたようでなによりです」

「で、目的と要件は?」

「あら、あの二人の処遇が知りたいのでは?」

「あのあんたが体でも売って操った哀れな二人の開拓者のことか?」


 薄い笑みが微かに歪む。プライドが刺激されたのだろう。だが、俺は失礼には無礼で返すのが礼儀だと思っている。お前が皮肉と探りを使い続けるなら、俺が適度に精神を逆なでしてやる。


「……体を売るとは、ずいぶん品のない表現をされるんですね?」

「支部長補佐のような高い地位のあんたには少々聞きなれない言葉だったか? それは失礼、俺も育ちがいいわけじゃないんでね。わかりやすく言ってやる、あの二人の処遇も含めてとっととそっちの要件を言えってんだよ、串刺しになりたいか?」


 尊大に腕を組み、クリエを見据える。目の前の女性は、確実に俺の好みではない。俺が知らないところで策謀を張り巡らせ、コソコソと悪だくみをするタイプだ。俺の長年の経験が、彼女を危険だと判断した。


「野蛮なことですね。これは、見込み違いでしたか」

「勝手に期待して、勝手に失望されてもな」


 むかつくのは、彼女が余裕の態度を崩さないことだ。それは彼女がこちらに要望を飲ませるだけのカードを持っているということでもあり、結局彼女の優位は覆らない。俺もそれをわかっているからこそ、皮肉や揶揄で意趣返しをしているわけだが――


「グダグダと言っていても仕方がありませんね。本題に入りましょう」

「早く言え」

「貴方を領主様に紹介する用意があります。《飛竜ワイバーン》の討伐で、領主様が貴方に興味を持たれたようなので」


 そう告げたクリエを見て、俺は苦虫を噛み潰したように渋面になる。


「――そういうことかよ、くそが」


 貴族への紹介。それはくそったれなほど、俺が欲しい条件だった。貴族の紹介状は入学に必要だし、なにより魔法使いの件がある。縁を作れるならそれに越したことはない。問題は、その話を持ってきたのがこの女だということだ。


「要求は」

「一つ目は、地竜の鱗――まだ何枚かありますよね? それを売ってほしいのです。もちろん、適正価格で買い取ります」


 この要求を、「もうない」と言って蹴るのは簡単だ。俺が地竜の鱗を何枚持っているのかなんて彼女にわかるはずはないのだから。だがその場合、貴族とのつながりは切れるだろう。くそったれ。


「いい、だろう。あるだけ売ろう」


 まあ、別に拾ったことになっているからこれはいい。


「二つ目は、ここの専属開拓者になってほしいのです」

「条件は」

「この町に永住し、月ごとの給与を払いましょう。その代わり、3日以上この町を離れることはできず、緊急時にこちらの要請に応じて魔獣と戦っていただきます。もちろんその依頼の報酬は月給とは別で支払います。そうですね、月金貨15枚でいかがでしょう?」


 ニムエが息を呑んだ。破格の報酬と言ってもいいだろう。安定した収入というのは開拓者たちにとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。しかも、緊急時の要請に応じるだけなので、普段は働かなくてもいいわけだ。普通の開拓者なら、喜んで飛びつくだろうが、


「却下だ、ふっかけるのも大概にしろよ?」

「ですよね」


 断られるのをわかっていたかのように、溜息を吐くクリエ。彼女は俺がこの提案を断ることがわかっていたはずだ。貴族の紹介を条件に出す以上、俺とニムエが学園に行きたがっていることは知っているはず。それを考えれば、専属でこの都市から離れられなくなるこの条件は考慮するに値しない。


「もしかしたら、という欲目ですよ。学園行きを諦めてくれるかもしれないでしょう?」

「それはないな。ニムエが行きたがっているし、俺もあそこに用がある」


 名前が出たニムエが、びくりと体を震わせる。そして怯えたように俺を見つめてくる――思えば、ニムエの前でイラついたり怒ったりするのを見せたのは初めてか?

 招き寄せて足の上に座らせて、頭をなでる。最初はこわばっていた体から、徐々に力が抜けていくのがわかる。危ない危ない、ニムエに怯えられてしまうところだった。


「ルイド、さま。ニムエ、我慢、するよ?」

「いや、大丈夫だ。学園には俺も行きたいし、ほかの理由もある」

「それは、私には教えていただけないので?」

「もちろん。それよりお前のような悪辣な女は、妥協案も用意してるだろう? とっとと出せ」


 ひくっ、と笑みを絶やさなかったクリエの表情がひきつった。悪辣な女扱いが気に喰わなかったようだ。だがこちらが最も望んでいるカードを最初に切って、要望を通そうとし、そもそも三文芝居まで計画して騙そうとする女が悪辣じゃなくてなんなのか。


「――この町にいる間は、要請を受けていただきたいのです。もちろん、報酬はお支払いします」

「金貨10枚。どんな依頼であろうとも、だ。ただ働きはごめんなんでね」

「……承りました。その条件で、領主様に紹介いたしましょう」


 《飛竜ワイバーン》を倒せる人間を、まさか雑用に使いはしないだろうが、これ幸いと安くて面倒な依頼を回されたらかなわない。


「これで全部だ」


 地竜の鱗を5枚、テーブルに置く。本当はあと3枚あるが別にいいだろう。鈍く茶色に輝く鱗は、純粋な竜種のものなので《反魔鱗》と呼ばれる特徴を持つ。ある程度までの魔力なら跳ね返す性質を持つ厄介な鱗だ。俺が奴の首を魔術で切断できたのは、大魔術を使ったからだ。あんまり美しくないが強力な魔術なので、滅多に使わない緊急用の大魔術だ。この魔術は400年前からすこぶる不評で、やれ『美意識に反する』だの『優雅さに欠ける』だの『品がない』だのさんざんな言われようだった。俺もそう思うので始末に負えない。だが有用性だけは折り紙付きなので、本当に始末に負えない。


「……確かに。ありがとうございます、全部で金貨100枚ですね」

「えらく切りのいい値段になったな。そんなもんか? 大金だな」

「登録していただけたので、預かっておくことも可能ですが?」

「そうだな……じゃあ30枚だけくれるか? 残りは預かっておいてくれ」


 俺はそうそう負けないが、金貨は盗まれる可能性もあるので全部持つのは怖い。重いし。だから地竜の鱗を全部は売らずに持っているのだが。


「そういえば、地竜を狩れる開拓者とかいるのか? 地竜の鱗ってどのくらい希少なんだ?」

「いえ、そんな存在は知りませんね。数十年に一度の生え変わりの時期に鱗を拾ってくる貴方のような方がいるか、魔法使い様が気まぐれに狩った時くらいしか出回りません。魔法使い様たちも、竜種を狩る時は《劔》様に頼ることが多いようです」


 《劔》、ねぇ。純粋な魔力で編まれた炎や雷は、《反魔鱗》を持つ竜種には効きづらい。《劔》とやらは物質的な剣を操るタイプか、はたまた魔力でもって剣を強化するタイプか。


「まあ、そりゃそうか。魔法使い様が苦戦するような相手を、開拓者が狩れるわけないもんな!」

「そうですね」


 地竜の鱗を売ったが、地竜を倒せたわけじゃないから余計な真似すんなよ? と釘を刺す俺。業腹だが優秀なこの女は、即座に意図に気づくだろう。地竜を倒せる開拓者なんて噂が流れたら、面倒極まりない。いやまあ、《飛竜ワイバーン》を狩れる時点で一般的な開拓者からは大きく逸脱している気がするが。


「ああ、そうです。プレートを出してくださいルイドさん」

「これか?」

「7等級……どの等級がいいですか? 2等級までなら私の権限であげられますが」

「俺くらいの見た目の年齢で、等級を知った人間が『その年でその等級!? まあでも、《飛竜ワイバーン》を狩れるならそんなもんか』と思うところ」

「3等級ですね。それと、預けたお金を引き出せるのは、この都市の開拓者ギルドだけになりますのでご注意ください」

「了解。これで話は終わりか?」


 7等級のプレートが没収され、かわりに深緑色に輝くプレートが渡される。少し凝ったデザインになっていて、表面に開拓者ギルドの紋章が掘られている。これが3等級のプレートなのだろう。正直ダサい。


「ええ、有意義な時間でした。また領主様に紹介する際にはお伝えしますので、宿を教えてもらっていいですか?」


 俺とニムエは夜も動き回れる、むしろ夜のほうが動きやすいので特定の宿屋に宿泊していない。疲れたら適当に連れ込み宿で休んで、動き回っている。


「特定の宿屋は決めていない。今日中に決めて、明日には伝えよう」

「わかりました。それでは、またお会いしましょう」


 ぶっちゃけもう2度と会いたくない相手なのだが、大人な俺はそんなことはおくびにも出さずにクリエと握手をかわした。

 その際にちょっと爪を立ててやったのは、俺のささやかな反抗だ。ざまあみろ。



小物系クソガキ主人公を目指してます(大嘘)

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