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始まりの少女10

 気を失ったニムエを背負い、ディラウスへの道を歩く。傷を受けたことによる『狂戦士』モードとも言うべき、ニムエの戦闘力の向上。

 敵と見定めた者に対し、苛烈で強烈で―――なにより、『的確な反撃』を叩き込む力。あくまでも予想になるが、その力の源泉はおそらくトラウマだろう。自分が怪我を負い、相手を敵だと認識した瞬間に反撃し、自分の存在を守るために振るう力。その元になっているのは、おそらく『自分の身は自分で守り、敵は殺す』という強い意志。


「奴隷、か」


 だがその特性自体は、おそらくそう珍しいものではない。多かれ少なかれ生き物に備わっている、自分を守るための防衛本能だ。ニムエのそれの特徴は、『自分の体を傷つけた者を敵とする』こと、そして、『戦闘経験が浅いにも関わらず、的確な反撃を放つ』ことである。前者はともかく、後者が不可解だ。


「才能、なのか……」


 そんな言葉で済ませていいのか。それ以外の何か、理由があるのではないか、と俺の頭脳が問いかける。魔術は仮説と想像と証明の世界だ。そこにどっぷりと漬かっている俺は、思考の放棄はできない。

 正解でなくてもいいが、何か理由がないと安心できないのだ。理由として真っ先に思い浮かぶのは『復元魔術』である。ニムエに人外の膂力、回復力、そして魔力をも与えた未完の魔術。しかし、どう考えても『戦闘経験』などというあやふやなものが魔術によって付与されるとは思えない。


「記憶を扱う魔術はあるが――」


 だがそれは、呪護族スペリアの研究魔術であった。触媒となる『操心族デラシュルの瞳』を用いれば、あるいは可能かもしれぬ、というレベルのおとぎ話。なにせ記憶などという不確定のものに干渉するには、魔術というのは理路整然とし過ぎている。どんな要素を魔術の陣に組み込めばいいのかわからない。操心族デラシュルが、存在を疑問視されている一族だったということもあり、呪護族スペリアの大半が見向きもしなかった。


「やっぱり違うよなぁ……才能、なのか。こんな小さいニムエが」


 卓越した戦闘センスを持つ、という。そんな偶然があり得るのか。


「ついたか……」


 夕暮れ時になったので、太陽の光よりも街灯の光の方が強い。煌々と街並みを照らし出す明かりは、魔法使い様が生み出したものだという。炎という特性から、《爆焔》と呼ばれる魔法使いが生み出したものだろうと予測する。背負っていたニムエを見れば、その身から上がっていた煙はなくなり、完全に傷が治癒したことが分かった。


「ニムエ」


 声をかけるが、起きる気配はない。仕方がない、と俺はニムエを背負いなおすと、その足で開拓者ギルドに向かう。何体かの《群狼グエル》は牙をはぎ取れる状態ではなくなってしまったが、12本ほどは回収できたので、それを換金するつもりだった。だったのだが、開拓者ギルドの扉を開けた瞬間に後悔する。


「めっちゃ混んでる」


 朝に依頼を受けて、夕方には達成報告をする開拓者たちは、今がピーク。腰から剣を下げている者、槍を持っている者、弓を背負った者――それぞれがなんらかの戦闘手段を持っている彼らが、狭い建物の中にひしめいている。と思えば、端のほうには武器も持たず、まともな服もなく、ただ打ちひしがれている者もいる。おそらく、何らかの理由で開拓者になるしかなかった者だろう。しかし、命を賭けて魔獣と戦う開拓者という職業は、生半可な覚悟では務まらない。それは、開拓者ギルドが冒険者ギルドという名前であったときも同じだ。


「おい小僧ぉ!」


 そして、縄張り意識が強く、弱者に見えればすぐ絡む。酒の匂いを漂わせながら、野卑な男が俺の前に立つ。背中にはバスタードソード――幅広の両手剣をくくり、革の鎧に身を包んでいる偉丈夫だ。それだけ見れば立派な開拓者なのだが、にやにやと笑う口元がすべてを台無しにしていた。


 ――だから、夕方には来たくなかったのだ。


「失礼、時間が悪かったようで。また後日、日を改めるとしよう」


 別に何がなんでも今日換金しなければならないというわけでもない。そのまま滑らかに後ろに下がろうとするが、もう一人の男が退路を塞いだ。


「おいおい、うちのリーダーが用があるってんだ。少しは話を聞いてけよ」


 こちらは痩せた男だが、その腰には二本のダガーが刺さっている。見るからに対人戦闘のエキスパートだ。ろくなことをしていないやつらなのだろう。細切れにしてやろうか、と一瞬物騒な思考がよぎるが、さすがに思いとどまる。そして、二人の視線がニムエに向いていることに気づいた。


「小僧、その奴隷はお前さんにはちょいと豪華すぎるなぁ? 置いて行けよ」


 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら男は、ニムエを見つめる。慰み者にする――つもりではないだろう。さすがにまだ8歳の幼女だ。この男がそういう嗜好の持ち主だとは思えない。復元されたニムエは、白髪といい顔立ちといい愛らしい姿をしているので高く売れる――その程度の考えなのだろう。


「断る、と言ったら?」

「なぁに、お前は断らねぇさ。ただってわけじゃないんだ、良いだろ?」


 あくまでも交渉で手に入れた、という形にしたいらしいが、思わせぶりにバスタードに手をやったら意味ないだろう。周囲を見回すと、関わり合いになりたくないのか、全員が視線を逸らしてみないふりをする。野次を飛ばし、からかい、大笑いする冒険者たちとは大違いだ。


 さて、どうするか。適当に威圧してもいいのだが、それよりも――


「じゃ、断るよ。ほかを当たってくれ」


 周囲の人間が目を剥く。俺があまりにも軽く断ったからだろう。やれやれ、冒険者にもこういった命知らずがいたもんだ。魔術がある時代では、見た目で強さを判断するのが難しい。どんなにヒョロヒョロでも、攻撃的な魔術をぶっ放せる魔術師は、およそ普通の冒険者が敵う相手ではなかった。そんなリスクを負ってでも、新人に警告をしにいく愚か者たちを、冒険者たちは敬意と侮蔑を持ってはやし立てていたのだが。

 魔術の衰退によって、力量差の多くは外見で判断できるようになってしまったのでこういった弱者狩りのような事態が起きる。


「てめぇ……俺が《俊熊》のリーダー、グズリと知ってのことか?」

「知らないよ。君が誰であろうと交渉は終わったんだから、どっか行ってくれない?」


 これ以上絡むなら殺す。その意思を込めてグズリというらしい男を睨みつけ、背後からダガーを突き付けようとしていた細身の男を蹴り飛ば――そうとしたところで、鋭い声が上がった。


「そこまで!」


 見ればひとりの女性が、颯爽とこちらに歩み寄ってくるところだった。三人とも同時に動きが止まり、その女性の行動を見守る。それだけの圧力が、彼女の声にはあった。


「ネリス!」

「ひっ」

「傷害未遂、脅迫未遂の現行犯です。グズリ、貴方もです」


 その女性はつかつかとネリスと呼ばれた男性に近寄ると、委縮している男の右腕を高々と掲げる。そこには腰に収まっていたはずのダガーが握られており、言い訳のできない証拠だった。それを多くの人が見ている。


「ク、クリエ、あんたは今日は非番のはずじゃ……」

「ええ、ええ、非番の予定でした。ですが最近目に余る行為をしている二人組がいると聞いて、張り込んでいたのです。私の休みをふいにした罰も受けてもらいましょうか?」


 もはや、ギルドの内部の空気は彼女が掌握していた。彼女の行動を誰もが固唾をのんで見守るなか、俺は小さくあくびを漏らした。解決した時点で凄まじくどうでもよくなったのである。


「ルイドさん」

「ん? 名前知ってるの?」

「ええ、知ってますよ。《群狼グエル》の牙を一度に27本も査定に出した未登録の人間の特徴くらい、覚えていて当然でしょう? 登録したならすぐわかりますよ」


 ざわざわとざわめきがギルド内に広がっていく。だが、もう心底面倒になっている俺は、会話すら億劫だった。ここにはニムエの訓練のついでに狩れた牙を換金しに来ただけで、長居するつもりなどなかったのだ。腹も減っているし、とっとと《岩猪ボアム》の煮込みを食って寝たい。それがこんな三文芝居を見せつけられたら、不機嫌にもなろうというものである。


「あーそうなの? じゃ、こいつらの処理は任せるよ。また今度来るわ」

「え?」

「じゃっ」


 呆然としている三人を完全に無視して、俺は開拓者ギルドを出た。なんのつもりか知らないが、俺のあずかり知らぬところで組まれたシナリオがあると、壊したくなるよね。ならない? 俺はなるの。

 背負っていたニムエを地面に降ろすと、ふらつきながらもしっかりと両足で立つ。


「起きてたでしょ?」

「……んぅ。ごめんなさい」

「いいよ、別に。俺も無理させたし」


 さて、牙の換金はできなかったがお金にはまだ余裕がある。木漏れ日亭に行くか、と誰にともなく呟き、ニムエを抱えて跳躍した。直後開拓者ギルドの扉が開き、クリエと呼ばれた女性がきょろきょろと通りを見回すが、俺たちはすでにそこにいない。屋根の上から慌てる彼女を観察し、街灯のあかりが届かない場所で、俺たちはひっそりと身を闇に紛れさせた。





 翌朝。あんなことがあった後なので、開拓者ギルドに非常に行きたくない。まだ手持ちには金貨が10枚近く残っているので、換金しなくてもしばらくは大丈夫なのだが、それはしばらくが過ぎたら換金をしに開拓者ギルドを訪れなくてはならないことを示している。いまのところ収入源が魔獣の存在だけなのでやむを得ない。


「何を企んでるのか知らないが、何かは企んでいそうなんだよなぁ……嫌だなぁ」


 俺の隣でこくこくと頷くニムエを撫でつつ、俺は重いため息を吐いた。そもそもがあんな馬鹿げた寸劇を仕掛けてくるくらいだ、おそらく俺の正体はばれていない。だが、俺の知識が少ないことは露見しているだろうし、ある程度の実力があることは把握されているだろう。

 堂々とリルにいろいろ聞いていたし、複数の《群狼グエル》を狩れることは査定に出した牙の量からばれているとみていい。少し調べて想像力があればわかることだ。俺の正体や、地竜を狩れることには気づかれていないと思うが――もしばれていたら逃げよう。


「まあ別に行ってもいいんだけどな……」


 朝ごはんを食べながら首を傾げるニムエ。ニムエはやたらと肉を好むので肉を与えているのだが、最近はこれも『復元魔術』の影響のような気がしてきた。


「魔法使い様とやらが出てこない限りはどうとでもなると思うんだよな」


 袋の中にしまってある、6つの宝石を弄ぶ。俺が信頼するいくつかの魔術を刻んだ魔術用具だ。この6つがあればたいていの事態は力押しでなんとでもなるはず。6個のうち3個は使うと影響が大きすぎるので、よっぽどの事態でなければ使えないが。魔法使いだけは、不確定要素が多すぎるのでなんとも言えない。


 どっちみち、入学費用として地竜の鱗は売らなければならない。直接買い取ってくれる職人などいないだろう、やはり開拓者ギルドにはいく必要がある。


 逃げた手前、非常にーーとても、大変、行きたくはないが、顔は出しておいたほうがいいだろう。そのほうがのちのちの面倒が少ない気がする。


「……行くか」


 不安そうに服の裾を握り、こちらを見上げるニムエに癒されつつ、俺は重い足取りで開拓者ギルドに向かうのだった。

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