始まりの少女
転生。それは世界中の人間が望み、そして絶望とともに諦めた夢。
人間界にも、輪廻転生の考え方がある。死んだ魂は生前の善悪の行動次第で、虫になったり鳥になったり人になったりするという、あれだ。まったく、図々しいにもほどがある。なにを持って善とするのか? 虫になった人は不幸なのか?
まったくもって、意味のない話だ。
「生物ってのは産まれてから死ぬまでを必死に生きるから面白いんだろうがぁぁぁぁぁ……!!」
その叫びは、空に飲まれて消えた。
そう、俺は転生した。しかも、これで8回目である。
今度の種族は吸血鬼であるらしい。闇に隠れ、血を吸い、蝙蝠に化け、眷属を作り、長大な寿命を誇るすげーやつだ。
「いいか、ルイド。我らは夜の一族だ。ゆえに――聞けこのクソガキィ!」
「うるせーよクソ爺! なぁにが夜の一族だ、太陽が嫌いなだけだろうが! にんにくも好き嫌いしてんじゃねぇよ!」
「待たんかクソガキ! 貴様は態度と顔と身長は最悪だが、弱点を克服したその理由は希少だ、研究させろ!」
「何が楽しくて生きたまま体を切り裂かれなきゃならんのだ! 死ね!」
ヴァンパイアの中でもひときわ強い力を持つ一族、真祖と呼ばれる一族は数百年に一度しか目を覚まさない。覚ますたびに何らかの形で世界に強い影響を残していくのだが、数が少ないうえに数か月活動するとまた数百年眠りにつく。もっとも、魂が純粋な吸血鬼ではない俺にとっては真祖などは関係のない話だ。
なにせ、俺は天然モノなのだから。
「どの真祖様から産まれた!? 言え!」
「覚えてませーん!」
爺に言っても信用されるはずがない、自然発生したなど。本来ヴァンパイアは真祖からしか生まれない。真祖は吸血によってヴァンパイアを生み出すことができるが、真祖以外のヴァンパイアが吸血しても、ヴァンパイアを生み出すヴァンパイアは生まれない。自由意志を奪われた、ちょっと強い眷属が産まれるだけだからだ。
つまり俺の存在はイレギュラー。どの真祖に吸血されたわけでもなく、ただヴァンパイアとして産まれた異端児。どこのどいつが俺を生んだのかはなんとなく見当がついているが――
「いつかぜってーぶっ殺す……!」
人間としての死を認められなかった俺は、ありったけの憎悪を込めて遥か空を見上げた。その視線に動揺したように、空が揺らいだ気がしたが、気のせいだろう。
陽光の中に飛び出した俺は、めまいを感じながらも体勢を立て直し、大きく翼を広げた。
「おのれー! 戻ってこいクソガキぃぃぃ!!」
「誰が戻るかクソ爺! 俺は一人で生きるからな!!」
「夜であれば貴様なんぞ八つ裂きじゃああああ! 怯えて過ごせぇぇぇ!!!」
「にんにく嫌いなお前なんかに負けるかー!」
捨て台詞を残して、俺は古城を飛び出した。ああ、素晴らしきは外の世界! 俺は、自由だ!
「さて、人間社会に戻るとしよう」
体がヴァンパイアであるため、教会の連中に見つかると面倒だが――太陽大丈夫、ニンニク大丈夫、流水気持ちいいの俺がヴァンパイアと認定されることはないだろう。そこまでやばい組織だった記憶はない。
「400年ぶりくらいかなー人間社会。楽しみだなー」
昔は色々あったけど、何度も転生を繰り返しているうちにそんなことは忘れたのだ、うん。水に流したのだ、ヴァンパイアだけど。
「10年もあの城に足止め食らったのは予想外だったなー……」
あのクソ爺、名前をイルムシルというのだが、あいつはヴァンパイアの教育係のようなものだ。数百年に一度の新たなヴァンパイアの誕生に際し、教育係のようなことをしている。それもこれもヴァンパイアという種族が力に溺れて勝手なことをすると人間に滅ぼされてしまうからだとかなんとか。
だがイルムシルも心の底では人間を下に見て、数を集めて反撃のチャンスを窺っているようだった。そうじゃなきゃ弱点克服するために同族の人体実験なんてしないだろうし。
それに俺は人間が好きだ。たった70年ほどの短い命でもあきらめずに何かを成し遂げるその力が好きだ。
「さぁて最寄りの人間の町を調べるとするかなぁ」
前回も前々回の転生も、状況的に人間界へ行ける種族じゃなかったので、久しぶりの人間界が楽しみである。どんな発展をしたのか、興味が尽きない。クソ爺は『人間は衰退の一途をたどっている』とかなんとか言っていたが、心底人類を見下している爺の眼が腐っているのだろう。
「『探査』」
飛翔をやめ、呪文を唱える。多くの魔力を持つヴァンパイアは、強力な攻撃魔術や力任せの魔術を好むが、俺の前々々回の転生種族は呪護族。年がら年中魔術構成の研究をしている根暗種族だが、俺も半強制的にそれにつき合わされたのでかなりの知識を得ている。生体反応を探し出す『探査』の魔術は、師匠にも絶賛されたものだ。だが。
「んー、わかんねぇ!」
足元に広がるのは森。『探査』の魔術の使い勝手の悪いところはここだ。下の森には無数の虫や、植物が生きているだろう。こいつらも丸ごと『探査』の魔術に引っかかるのだ。条件設定をすればいいのだが、これがまた面倒くさい。全く別の魔術と言ってもいいくらいだ。
「とりあえずあっち向かってみるか」
ヴァンパイアの脅威は、そのタフネスだ。弱点を攻撃されない限りほぼ無限に再生する体、膨大な魔力、睡眠を必要としない体。1週間戦い続けろ、と言われてもなんとかなってしまうだろう。食事も特に必要ないし。食べるけど。
適当に方角を決めた俺は、ヴァンパイアの全力飛翔を敢行する。種族特性である『黒翼』は蝙蝠の翼なので、いまいちスピードが出ないのがつらいところだ。
「つ、ついた……!」
一昼夜飛び続け、魔獣であるワイバーンの群れに襲われてから『これもしかして地面を走ったほうが早いんじゃね?』と気づいて、走り始めて5分後に『そもそもさっきのワイバーンを眷属にして乗ったほうが早かったんじゃ?』と後悔してから、偶然森の中で見つけた地竜を眷属にしようと噛みつき鱗に弾かれて逆襲されてうっかり殺してから、2日。
「長かった……!」
あのクソ爺、どんだけ辺境に住んでんだよ殺すぞと思いながら、町に侵入。なにせ身分証なんてものは持っていないので、夜のうちにこっそり城壁を飛び越えた。この町はおそらく、あの森に対する最前線の町だろう。あの森は多くの魔獣が潜んでおり、さながら魔境。あの魔獣たちに対抗するには、城壁つきの町も必要だろう。
「おーおー、にぎわってるな」
深夜に侵入したのだが、城壁の内側は驚くほど活気に満ち溢れていた。魔術によって灯された消えない街灯、懐かしい。思い出に浸っていると、露天商らしき人物に話しかけられた。
「おー、にぃちゃんあれ見るの初めてか!? すげーよな、あれずっと燃えてるらしいぜ!」
はて、この男はどんな田舎から来たのだろう。
「ああ、『永久の火種』だろう?」
「お、にぃちゃん、詳しいねぇ! すげぇよな、こんなに大量にあるのはこの国でもここだけなんだぜ!」
「は?」
嘘だろう? 400年前は標準だったぞ? それこそどんな都市にもアレが大量に輝いていたのだ。
「おお、びっくりしただろ? ここは城塞都市ディラウスだからな、魔獣の襲撃にいつでも警戒しなきゃいけねぇ、ってことで領主様が高い金払って作ってくださったんだ!」
この都市の名前は城塞都市ディラウス、と言うらしい。いやそんなことより高い金を払って街灯を作っただと? あんなもの金属さえあればそこら辺を歩いている魔術師に適当に頼めばできただろう? いや、もしかして――
「『永久の火種』の術式は――喪失したのか?」
「え?」
あり得ない――いや、ない話ではない。400年前、『永久の火種』の術式は魔術師ならば誰でも知っている『常識』だった。ゆえにあえて残そうとしなければ、喪失してもおかしくは――いや十分おかしいのだが、ありえない話ではなかった。
「魔法使い様も、領主様が必死に頼み込んでようやくやってくれたらしいんだ! 領主様に感謝しなきゃな!」
「魔法、使い?」
なんだその名称は。魔術師ではなくて?
「お、おい、様を付けたほうがいいぜ、にぃちゃん。どっかで聞かれてたら――」
「魔法使い様、か」
「おう、そうだぜ。ところでにぃちゃん、何か買ってくかい?」
見るからに怪しい俺を相手に、これ以上この話題を引っ張るのは危険、と判断したのか。露天商の男はあからさまに話題を逸らした。彼が売っているのはどうやら木彫り細工のようだが、どれも荒々しくいまいち洗練されていない。その中で、木を削って牙のような形にしたネックレスを手に取る。
「お、そいつが気に入ったかい?」
紐も荒々しく、毛羽立ちが目立つ。削られた木もゴツゴツしているが、『牙』という題材がそのすべてを肯定的に受け取ることもできる。悪くない出来だった。
「ふむ――ところで、俺は手持ちが少なくてな」
「値切り交渉かい? だめだめ、これ以上は安くならねぇよ」
「そうじゃない。貨幣は持っていないが、素材ならあると言っているのだ」
「……素材?」
「何、こいつと交換でどうだ。この近くに出る狼の、牙だ。木彫りの牙と、狼の牙の交換。洒落てるだろ?」
「お、狼? あんた、《群狼》を狩れるのか?」
「まあはぐれたやつだったがな」
嘘である。面倒だったので数十体を魔術で殲滅した。
「いいのか? これ、たぶん4倍くらいの値打ちはあるぞ?」
「――そういうことは、言わないのが商人だろうに」
「俺は本業商人じゃない、工房の弟子どもの練習作を売ってやっているだけだ。気まぐれだよ」
「ほう、いいやつだな。なおさら気に入った、こいつと交換だ」
彼の言葉を信じるのならば、相場の4倍で木彫りのネックレスを買い取ると、それをポケットにしまいこむ。彼も受け取った《群狼》の牙をしまい、真剣な目で俺を見つめた。
「面白い奴だな、にぃちゃん」
「お互い様だ。ところで、もし魔獣の素材を換金したければどこに行けばいい?」
「開拓者ギルドだな。登録してないと安く買われるが、身元不詳の怪しいやつからでも買ってくれるぞ。場所は、この通りをまっすぐ行った右側だ」
「言うじゃないか。もう一つ、質問だ――」
俺はもう一つの質問を聞き、その答えに満足すると歩き出した。真っ黒いローブは明るいこの道路では目立つが、幸い誰にも何も言われなかった。訝し気な視線はいくつか受けたが。やがて、道路の右側に、交差する剣と盾のマークを見つけた。
昔は冒険者ギルドという名称だったのだが、400年もすれば目的も変わるのだろう。相変わらずのスイングドアを押し開けて進む。途端に耳に飛び込む酔っ払いどもの大声と今日の成果を祝う祝杯の音。俺は柄にもなく感慨に浸りながら、素材買い取りのカウンターに向かった。カウンターに佇んでいる査定員がこちらを見て少し息を呑んだが、職業意識なのかすぐに平静を取り戻す。
「いらっしゃいませ。素材の買い取りでよろしいですか?」
「そうだ。登録はしてないんだが、何割引きだ?」
「……未登録の方ですか。査定額の4割引きになりますがよろしいでしょうか? もしくは、登録されてからいらしては?」
「まあ、ちょっと訳ありでな。犯罪者ってわけじゃないんだが、目立ちたくない」
種族が種族だからな。
「そうでしたか。では、素材をどうぞ」
「これだ」
まずは手始めに《群狼》の牙を27本出した。こいつは二本の牙が異様に発達している魔獣で、鏃に使われたり、装飾品として使われることが多かった。おそらく今もそうだろう。
「ッ、すごい数ですね」
「そうか?」
適当に魔術ぶっぱなしただけなんだが――って、魔法使い『様』、か。確かに魔術なしであいつらの群れを相手にするのは少々面倒かもしれない。
「おひとりで倒したのですか?」
「いや、仲間がいる」
嘘だが。
「あとこいつも頼む。運がよくてな、拾った」
大嘘である。ほんとは魔術一発で首ちょんぱしたのだが、言えば絶対ややこしいことになるので先手を打っておく。
「――地竜の鱗、ですね。運がいいなんてものじゃありませんよ」
「こっそり頼むぞ、狙われたくないんでな」
「わかってます」
うむ、有能な査定員でよかった。ここで大声をあげられたら面倒なんてものじゃない。それは査定員もわかっているのか、カウンターに顔を近づけて二人で内緒話だ。よく見ると美人だなこの査定員。
「これくらいでいかがでしょう?」
「それでいい」
メモのように、金額を手に指で走り書きされたが、よくわからないので丸投げする。貨幣価値もろくにわからないのだ。少々お待ちください、と言って後ろの金庫まで下がった査定員は、どっしりと貨幣が詰まった袋――ではなくスカスカの袋と少し貨幣が詰まった袋を持ってきた。
「こちらが金貨の入った袋になります。そしてこちらが金貨一枚分を銀貨と銅貨にわけたものです」
「助かるよ」
「では、またのご利用をお待ちしております」
深々と頭を下げる査定員に礼を言い、俺は開拓者ギルドを去る。過剰ともいえる査定員による偽装工作のおかげか、だれにも絡まれることもなく出ることができた。そして、資金ができた俺はその足で目的地へ向かう。
「まずは情報収集しないとな」
一方そのころ、開拓者ギルド。
「地竜の鱗ぉ? なにそれ、とんだラッキーボーイじゃない。どんな奴? 特徴は?」
「……特徴……そういえば、初対面の男性に名前を聞かれなかったのは初めてですね」
「え? なにそれ嫌味? 嫌味なのクリエちゃん? 20歳になっても結婚できない私への嫌味なの?」
「違いますよ」
「ふんだ、せいぜい今のうちにお高くとまってなさい、五年後泣くのは貴女よ!」
「いや、私はこの仕事が好きなので……」