小さな声
僕が最初にそいつらに気がついたのは、2月中旬の頃だった。
夜、ベッドで今から寝ようと思った時、耳元でかすかに聞こえる声を拾った。
「到着ー」
「今日は結構長くかかったな」
「そうだな。もう時間も遅いし、今日は、ここを掘ろうぜ!」
「お、これは初物じゃねーか、ラッキー」
「最近は初物に当たる事も減ったしな」
「おう、まだ若い穴みたいだし、良質なモノが取れそうだ!」
いくつもの声がする。
あたりを見回しても、何も見えない。
はっきりと聞こえた声に、もっとよく聴いてみようと……そう思って耳を澄ましていたら、今度は猛烈な痒みが僕を襲ってきた。
その刺激に僕の目は充血し、鼻水が大量に出た。
ティッシュで何度も、何度も鼻をかんだ。
お母さんは、
「花粉症ね」
……なんて言っていたけど、直前に僕に聞こえた声は、その判断が明確に違うって事を証明していた。
「なんか、声がしたんだ!」
一生懸命、そうやって主張したんだけど、お母さんは取り合ってくれなかった。
子供が見た夢って思われたんだと思う。
同年齢の友達と比較しても冷静沈着な方だと自負しているんだ。
この学年で「自負」なんて言葉を使うなんて僕だけだと思う。
だから、お母さんに一生懸命、耳元で聞こえた声を説明したけど、最後には「早く寝ろ」って怒られてしまった。
「スギー、久しぶりだな!」
「おう、スギーか。元気だったか? 去年、湘南の海上で回収待ちして依頼か」
「ああ、去年はストライキの関係で表に出た奴が少なかったからな。あれから、俺は8回、現場に出たよ」
「まじかよ! 俺はあの日で店じまいしたな」
僕の耳元で囁く声の主は、なぜかみんな、「スギー」という名前だった。
声が少しずつ違うので、何人もいるんだと思うんだけど、お互いどうやって区別しているのか。
名前以外に区別する方法でもあるんだろう。
どんな姿をしているのか、とっても気になるが、よく見ようと目を凝らしても、痒くなるだけで、かえってよく見えなくなる始末だ。
「去年の夏は天気が良かったから、遊びすぎちゃってよ。今年は稼がないとならないんだよ」
「ああ、俺もだ。去年の夏は良かったな。最高の休暇だったよ」
「スギー、お前もか。今年はそんな奴が多そうだな。ピークは来週くらいか?」
「ああ、なかなか初物もみつからないから、毎年同じところを狙って掘るしかねぇな」
僕は、お母さんが花粉症だっていうから、アレルギーを診てくれる病院にいった。
「スギの花粉症ですね」
そういって、すぐ飲み薬と目薬を出してくれた。
これを飲んで、目薬をさせば痒みもなくなるって……
「スギーの声は聞こえなくなる?」
そう聞いたんだけど、変な笑い顔をしただけで、お医者様は答えてくれなかった。
「おい、やべーぞ。この穴も、嫌な臭いがしはじめた」
「またかよ、最近、優良な穴が少ないからな。おう、お前ら、我慢して掘るぞ」
「うえ、くせーから嫌なんだよな。モノも出が悪くなるし」
「おう、そこのスギー。そっちは出てるか?」
「うーん、チョロチョロって所だな」
薬のおかげで目の痒みと鼻水は少し楽になったけど、相変わらず、スギーの声だけは僕に聞こえた。
「ねぇ、僕の声が聞こえる?」
ある日、僕は思い切って、目には見えないスギーに話しかけてみた。
「おう、なんだ、穴から声がするぞ?」
そうしたら、僕の声が聞こえたみたいだ。
「スギーは何をしているの? なんで、僕の目を痒くするの?」
「おい、穴が何か言っているぞ。俺達の名前を知っているみたいだ」
「おおおおい、誰か穴の中にいるのかー?」
スギー達が口々に僕に呼びかけてきた。
「穴の中じゃないよ。多分、穴全部が僕なんだよー」
「おお、そうなんだ。穴って喋るんだな。これは大発見だ」
「うん、こうなったら、この穴を全部持ち帰らないと……」
「そうだな。どうやって持ち帰ろうか! この辺を削って……」
鼻の奥がキューっと痛くなって、鼻血がタラっと出てきた。
僕は怖くなって、お母さんの所に行って、その日は一緒のベッドで寝てもらった。
それから、僕はスギーに話しかけるのをやめた。
「そろそろ今年も店じまいだな」
「ああ、もうかなり稼いだしな」
「俺、来年は少し手を抜こうって考えているんだ」
「ああ、俺は来年一杯は休むつもり」
「俺は、夏次第かな……夏、遊んじゃうとやっぱりこの季節に稼ぐしかないしな」
「まぁ、お疲れ様という事で、海に出て母船が回収してくれるのを待つか」
僕は母船というものが何か解からなかったけど、今年はこれでスギー達がいなくなるのかと思って少し寂しくなった。でも、目の痒みと、鼻水からは解放されるのかな。それは、やっぱり嬉しいな。
「お疲れ様ー」
「お疲れー」
「また来年ー」
そういって、その日の夜を境にスギー達は去っていった。
僕は翌朝、お母さんに、
「スギーがいなくなった」
って言ったら、
「良かったわね」
って、頭を撫でてくれた。
子供扱いするなと思ったけど、ちょっと気持ちよかった。
その3日後、僕はまた声を聞いた。
スギーが戻ってきたのかな、また痒くなるのかな?
そんな風に思っていたら……
「おはよう、今年も頑張ろうな!」
「おう、ヒノキーじゃないか、1年ぶり!」
「そっちのヒノキーは去年の夏どうだった!」
「へへ、ぶいぶい言わせたぜ!おかげで今年はすっからかんだ」
「おーし、今年は稼ぐぞー」
「「「おおおーーー」」」
花粉症、本当に辛いですよね……
寝ようと思ったんですが、ちょっと思いついちゃったので、そのまま書いてみました。