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恋愛照合理論




 冬獅郎と悠斗はテーブルを挟んで向かい合って座った。その位置取りは悠斗が兄の愚痴を聞くときと同じようで、違うのは兄が机に突っ伏していないことと、この場に酒がないこと。

 そして、弟の悠斗の方が曇った表情をしていること。


「それにしても、すまんな悠斗。ホント、すっかり忘れてたわ」

「忘れてたじゃないって。そのせいで俺、変態の烙印おされたんだから……」


 肩を竦めながら、本題はそこではないと思い悠斗は兄に問う。


「で、何で女の子が家にいるわけ? しかもあいつ……俺から財布をひったくった奴なんだけど」


 机の上に置いている自身の握り拳が震えている。悠斗はじっとそれを見ている。


「……そっか。悠斗が言ってた女の子って、綾のことだったのか」


 兄は腕を組みながら神妙な面持ちで呟いた。

 どうやらその女の子の名前は綾というらしい。

 脳裏に深く刻まれた。

 抵抗した。


「だから名前とか関係なくてさ。何でそいつがいるんだってことだよ」

「まぁ、何て言うのかな。それは……その」


 兄は何故かその理由を告げることを躊躇っていたが、弟の冷たい視線に誤魔化しきれないと悟ったらしく、


「いやぁ、まあその……恋愛照合理論ラブマッチングで導き出されたから……」


 悠斗にとって初耳の、意味の分からない単語が聞こえてきた。


「……はっ? 恋愛照合理論ラブマッチング?」

「そうだ。恋愛照合理論ラブマッチングだ。兄ちゃんが極秘裏に証明した理論でな。その数式にデータを入力すると一番相性のいい人間を導き出してくれるんだ」


 そう言うと兄は空中で手を動かしながら周囲を見渡す。書くものを探しているのだろうが、生憎近くにはなかった。


「ま、その数式は後々見せてやるとして……。それで、我が弟のデータをその数式に入力してみたら見事、あの子がマッチングできたってわけだよ」

「そんな非現実的な数式。存在するわけないだろ。冗談はよしてくれよ」

「兄ちゃんの頭を舐めるんじゃないぞ」


 そう真顔で言われると、何故か説得力というか、信じなければいけないという使命感みたいなものが生じてしまう。


「……ホントに?」


 悠斗は兄に聞き返す。真顔で。

 兄はそんな弟が可笑しかったのか、急に吹きだして腹を抱えだした。


「信じるのか? この話。……まあ、信じるか信じないかは悠斗次第だけどな」


 どこぞの都市伝説みたいに言われてしまった。


「やっぱり嘘かよ」


 返事に舌打ちが混ざり合う。


「いや、この先そうでもなくなるかもしれないだろ? 人を愛するってのはいいことだからなぁ」

「……それはそうかもしれないけど」


 兄と皐月さんの例を見ているので、表立ってそれに反論することはできなかったが、


「だってあいつ、犯罪者だし」


 どうしてか、そんなことを言ってしまった。まるで綾という女の子を非難するみたいに。そんな感情これっぽっちも持っていないはずなのに。


「まあでも、これから綾はこの家に住むことになってるから。そこら辺よろしくな」

「ああ。……って、はぁああ?」

「いや、だから恋愛照合理論ラブマッチングで導き出されたんだから、一緒に住んでた方が手っ取り早いだろ。ちょうどお前と同い年だしな」

「だからそれは……兄ちゃんの作り話で」

「信じるか信じないかは……いや、俺の頭脳を信じるか信じないかは、弟のお前が一番分かってるんじゃないか?」

「……でも、流石にこればっかりは」


 悠斗が何とか抵抗しようとしていると、兄の目線はいつの間にか悠斗から扉の方へ向かっていた。


「おお、綾。どうた? 風呂、気持ちよかったか?」

「……はい」


 その返事は悠斗に対して敵対心むき出しだった彼女の声と正反対だった。控えめに、兄の問いに受け答えをする彼女。


「……でも、いいんですか? これ。服まで」


 悠斗はそれでも辛抱した方だった。目を向けないように顔を伏せていたのだが、その声が聞こえた途端、顔を上げてしまった。

 ピンク色のパジャマを着た綾という女の子は、申しわけなさそうにくねくねして立っている。身長は悠斗の胸の辺りまでしかない。


「いいって。これから一緒に住むんだから。でも、俺が選んじゃったから今度、綾の好きな服、買いに行かないと」

「ちょっと待ってよ! 兄ちゃん。つまりどういうことだよ!」


 心の中で大きくなっていく謎のわだかまりと、会話についていけない苛立ちのようなものから、悠斗は大声で二人の会話を断ち切った。


「何でこんなやつ家に迎え入れるんだよ? おかしいだろ?」


 悠斗の声のせいで、立つ瀬がなくなった綾は体を縮こまらせる。


「そう言うなって。過去のことは水に流していくのが男っていうもんだろ、我が弟よ」


 過去に縛られていたのはどっちの方だよと思ってしまった自分が、憎くて憎くてたまらない。

 水に流せるような過去ならどれだけいいものか。自身の過去を水に流したなどと言ってのける兄だったら、きっと悠斗は兄を軽蔑していたのかもしれない。

 悠斗は黙るしかなかった。


「……まあ。とにかくだ悠斗。とりあえず綾と一緒に暮らすんだから、仲良くしてやれよ。俺は今から出ないといけないから、晩飯は必要ないからな」


 兄は高笑いをしそうな勢いで言葉を並べると、二人を残して席を立つ。


「ちょっと兄ちゃん! ……でも」


 力の抜けている体では、部屋から出ようとする兄の背中へ手を伸ばすのが精いっぱいだった。


「ああ、そうだ、綾。君は二階の一番端の部屋を使うといい。まだ殺風景だがベッドはある。これから好きなようにしてくれていい。欲しい家具とかあったら遠慮なく言ってくれ」

「はい」


 兄は彼女の返事を聞くと、悠斗に顔を向け、


「じゃあ、後はごゆっくり」


 そう言い残すと、弟の返事もまたずに部屋を後にした。


「ちょ、兄ちゃん!」


 それ以降の言葉は喉の奥で玉突き事故を起こした。その隙間を掻い潜って出てきた一言は、


「……マジかよ」





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