一番悪い人
兄が皐月さんの応急処置をして自室へと連れて行き、ベッドに寝かせる。皐月さんは意識を取り戻さないが、死にそうになっているとも思えないほど安らかな顔で眠っている。
そのベッドの横には兄がいて、皐月さんの手をしっかりと握っている。
兄の後ろには綾が立っている。皐月さんの顔を見つめている。
悠斗はドアのすぐ横でようやく収まった震えに対して苛立っていた。
「何で私を責めないんですか。追い出そうとしないんですか」
あれから三〇分弱。三人ともそれぞれ落ち着きを取り戻してはいたが、重苦しい空気はむしろ前より一層強くなっていると思う。
「綾のせいじゃないのに、そんなことはできないよ。そんなの、誰も思ってないから」
「私が刺したじゃないですか。……どう見ても」
「いや、綾のせいじゃないから」
「私のせいです」
「綾は、刺してないよ」
悠斗は口を挟めない。どうして兄は綾のせいじゃないと言い張るのか。
死ぬほど共感できる。
目撃証言や物的証拠は数多く残されていても、綾を咎めることはできない。
最愛の人が刺されて意識不明。そんな兄が責めないのなら、他に誰が責められるというのか。
「じゃあこの人がこうなってるのは、どう説明するんですか? 見てないって言い張るんですか? 駆け寄ったじゃないですか。見てたじゃないですか。私が、この人をナイフで刺したところ」
綾の気持ちも分かる。
明らかな悪人を一貫して責めない。しかもそれが英雄。この現状は、罪を悔いている悪人にとって死刑以上の苦しみを与える。
「綾は皐月のこと恨んでたんだろ? だったら仕方ない。俺も取り乱しちゃったし」
「でも! 恨んでたら、何でもしてもいいわけじゃない」
「恨まれてしまった方にも、何かしらの責任はあるから」
「何でみんな……私の周りは優しい人ばっかりなんですか?」
膝から崩れ落ちて、子供のように声を上げて、苦しそうに。
その姿を見ていられなくて、悠斗は上を向く。
「今日は、本当は謝りにきたんだ」
綾の返答を待ったのか、兄は言葉を止めた。
綾は涙をすする音でしか返せない。
「皐月がどうしても謝りたいって、綾に、鉄のことで謝りたいって言うから」
「……私に?」
「ああ。だから皐月は笑ってたんだ。許したんだ」
兄はゆっくりと語りだした。
話せない皐月さんの代わりに、皐月さんのことを、兄の過去の話を。
「皐月も綾と同じだよ。俺のせいで壊してしまった。皐月の家族を殺したのは、俺なんだ」
兄は悪人じみた言葉を言うが、その表情がどうなっているのか、悠斗からは確認できない。




