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恋愛照合理論(ラブマッチング)は嘘をつかない  作者: 田中ケケ
第二章 家族と居候の狭間
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英雄ごっこ

 



「……たったこれだけ」


 財布を地面に叩き付けながら、綾はその中に入っていた小銭を握りしめていた。

 せっかく財布を盗むことに成功したというのに、利益がこれだけ。本当に、いらつく。こんなことをしなければいけない自分も、兄に顔向けできなくなった自分も。


「……何で、帰って来ないんだよ」


 わかっている。知っている。

 でも、信じたっていいじゃないか。


 何度こうして泣いたことだろう。兄がいなくなって、絶望して、死のうと思って家に火をつけたのに、死ねなくて。

 今はこうして生活していくのがやっと。生きているのではなく、ある目的を果たすためだけに息をしている。心臓を動かしている。

 兄に顔向けできる妹ではなくなったことくらいわかっているけど、この感情をどうしたらいいというんだ。

 綾の手から握力がなくなり、お金が地面の上に落ちていく。音はならない。一緒に落ちる涙もそうだ。。


「帰って、きてよ。待ってるから」


 綾の手から落ちたお金の一つが転がっていく。茶色の靴に当たって止まる。その靴を履いていた男は、しばらくそのお金を見つめ、拾い上げると、綾の元にゆっくりと近づいて来た。


「これ、落としたよ。君のでしょ?」

「……いらないんです。盗んだものだから」


 袖口で涙を拭いながら、綾は強がる。


「そっか……。やっぱりよく似てる。そういうとこ……君、今日から一緒に住むかい?」

「えっ?」


 驚き腕で涙を拭って顔を上げた。その男の顔を見上げた。


「嫌かい? 住むところがないんだろ?」


 その男は綾を見下すわけでもなく、憐れむわけでもなく、ただただ優しさで取り繕った言葉をかけてくれた。そのにこやかな顔に似合わない血の気の引いた青白さが、少しだけ不気味だった。


「何で、そのこと知ってるんですか? 私が、住む家がないこと」

「ああ、それはまあ……。だって君言ったじゃん。このお金盗んだって。……だったらそういうことでしょ?」

「英雄には何もかもお見通しってわけですね」


 綾は右手をポケットにつっこみ、中に入っている瓶を握りしめていた。

 言われた通りにしたら、本当に英雄がやってきた。


「英雄……ま、そうだね。その通りだ。英雄にはお見通しだ」


 その男は笑って、胸を張って答えて見せた。


「その英雄さんが、どうして私と一緒に住もうなんて言い出すんですか? こんな……盗みをするような最低な私と」

「盗みをするのは……仕方ないからだろ? 俺は一応……英雄やってるから、それくらいは分かってるつもりだよ?」


 皮肉じみた言い方。英雄と呼ばれることを全く誇らしく思ってないどころか、むしろ嫌っているみたい。

 綾が抱いていた英雄像とはかけ離れていた。


「それにここでこうして出会ったからさ。偶然ってことで、許してくれないかな? おせっかい焼いちゃうんだ、すぐ。だから仕方ないと思って……さ。英雄ごっこに、付き合ってくれないか?」


 しゃがんで綾と目線を同じにして、懇願するように声を出す英雄は、この申し出を断ると土下座でもしそうな勢いだ。

 綾はそんな英雄の哀れな姿から目を逸らし、ゆっくりと口を開いた。


「……まぁ、いいですけど。家がないのは本当のことですし」


 奥歯が砕けそうなくらい体に力が入っていた。


「じゃあ、決まりだ。……えぇと、その、君の名前は?」

翠川綾みどりかわあやです。……家族はもういません」


 何でその情報を言ってしまったのだろう。聞かれてもないのに、言う必要なんかなかったのに。

 ――相手が英雄だからかもしれない。


「うん……知ってるよ。全部」


 英雄は喉の奥に言葉が詰まっているみたいだった。ゆっくりと鼻から空気を吸いこんで、それを口からゆっくりと吐き出して、表情を作って、新たな言葉を口にした。


「じゃあ、綾。これからは俺と、俺の弟が新しい家族だ」

「あなたに弟……いたんですか?」

「ああ、君と同い年だったと思うから、仲良くしてやってくれ」

「……はい。分かりました」


 英雄が年齢を知っている矛盾は、聞かないことにした。





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