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第八話 商人の目 前編

 フレティア歴 274年 6月4日

 フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸 研究農地


「6月4日 曇り 生育にこれといった変わりなく育苗法《いくびょう法》・直播法ちょくはんほう共に順調に成長中。……と、いったところかなウィル君」


 デレクさんは私が昨日まで付けていた成長記録と田んぼを交互に見ながら私にそう語りかける。


「ええ、その通りです」


 私の成長記録の書き方を真似ているのだろうそんな語り口のような気がする。


「それにしてもこの育苗法いくびょうほうというのはすごいね。従来の方法とはここまで違うとは思いませんでした。今までの……えーと君達の言うところの直播法ちょくはんほうだったね、とは生育のムラにかなりの差があるようですね。それに稲も植え替えをすることで規則正しく植えられている。これは雑草の処理や追肥が非常に楽になりますね。そして、この実験により収量が大きく向上することが証明されれば、この国の生産力は大きく向上するでしょうね。」


 やはり、デレクさんも一応、植物学を祖父から学んでいるからかこの実験の意図をよく見抜いている。


「ありがとうございます、ですが私にはそこまで画期的な手法であるとは思えないのですが……」


 正直な話この農法が確立したからといって農法が国中に広がるのはかなり時間がかかるのではないかと思う。農民も手のかかる作業を嫌うだろうし領主も似非学者の祖父の言葉には耳を貸さないだろう。私が生きている間に日の目を見るかどうか……。


「ウィル君が考えていることはなんとなくだけど分かりますよ。育苗法いくびょうほうが広がらないと考えているのでしょう?」


 やはりこの世界の商人という人種は人の心理を読む特別な力があるように思えてくる。デレクさんが笑いながら私の方に顔を向けてくる。私は出来るだけ顔色を変えないように答える。


「ええ、そのとおりです。この田を耕してくれているグッレクも手間が多くかかると言っておりました」


 デレクさんは少し考えてこう切り出した。


「君は地方の農村と王都の貧民街を見たことあるかな?」


「……いいえ、私は5歳になるまで屋敷から出るなと父に言われていますので」


 デレクさんは5歳という言葉を聞くと少し驚いた表情をしたがすぐに納得したような顔でこういった。


「ただの子供に5歳まで家にいろというのは流石に酷だと思いますが、ウィル君の様な多感な子には少し刺激が強いものが多いかもしれません。子爵は賢い判断をしたのかもしれませんね」


 少し含みのある声で


「子供にするような話ではありませんが……まぁ、ウィル君なら大丈夫でしょう」


 私の父はこの人と何を話したのだろう……そんな事を考えているとデレクさんは、顔だけでなく体まで私の方に向け少し悲しい顔をしながら語り始める。


「今、農村の小作人達は小作料が払えず娘の身売りが横行しているのです。私達は人を商いしませんが、奴隷商の方々は大いに儲けているようです。売られた娘たちは運が良ければ王都の娼館で働き、更に運がよければどこかの金持ちの囲い者になれるかもしれません。ですが、その大半は戦火の絶えない大陸に海を渡って売られてしまうのです。……この国に馬があまりいないのを知っていますね」


「はい、知っています」


 馬がいないのは知っている。この国には元々大型の家畜といえば水牛と゛アレ゛しかいなかったため他の大型の家畜が貴重なのだ。


「なら結構、この馬達は昔はフレティアの木材やエイウスの貴金属を対価として支払い大陸から購入していました。ですが今は違います、いま大陸では戦争のため奴隷が値上がりしています。つまり、人間で馬を買っているんです。……ちなみに相場は三人で一頭だそうですよ」


 私は何も言わない、何も言えない。頭では分かっていた事ではある。この国に奴隷というものが存在していることを知ってからこういった事が行われているのだろうとは考えていた。だが、こうして現状を聞くと流石に来るものがある。畜生一匹と人三人か……


「なかなか辛いものがありますか?だとしたなら精神は大人顔負けのようですね。まだまだ、こんなものではないですよ農村部は、米なんていう高級品は都市部に出荷されるか税としてもって行かれる。麦は小作料として大半が、勿論他の作物なんてものは作る余裕がありません……麦だけでなく雑穀ですら食べられないため、道端の雑草や藁を食べてるそうですよ」


 ……本当に畜生と同じ生活をしてるじゃねえか。


 私は心の中で何か黒いもの蠢くのを感じ始めた。


「こんな状況なのは農村部だけではありません、都市部の貧民街でも似たような事がおこっていますよ。農村部の職に溢れた者達が来ているんです。ですが、都市部でも職がないのは同じ、真面目な者はやっとありついた過酷な肉体労働で体を壊し手に入れるものは僅かな給金と病か死、不真面目なものは博打で全てを失い最後は尻の毛まで抜かれて奴隷商に引き渡される。もっと悲惨なのは彼らの子供たちだ。食うも食えない彼らはスリや盗みに手を染めている、酷いものは十にも満たない子が街の隅で春をひさいでいます」


 腐ってる、腐ってやがる。なぜこんなになるまでも放っておいた!なにが貴族の義務だ!なにが王族だ!なにが平和な国だ!この国の頭は腐ってんじゃねえか! 


 私は心を支配しようとする黒いものをなんとか押さえ込もうとする。喉の奥から不快な感覚が上がってくるのを感じた、表情を変えないようにするので精一杯だ。


「そんな事を私に教えてどうしようって言うんですか!」


 私の強い言葉に眉の一つも動かさないどころか口角を釣り上げながらこう言った。


「別にどうにもしませんよ。それより、君もそんな顔をができるんですね。いつまでも気味の悪い作り笑いを浮かべているのかと思いました」


 今、私の眉間には深く一本皺が刻まれているだろう。傍から見れば4歳児の可愛い顔なのかもしれないが私の瞳を見つめるデレクには私の怒りが伝わっているのだろう。


「そんな顔をしても見た目は4歳ですから可愛いもんですよ。今までどおり家の庭で泥遊びをしていたらどうです?そのほうがウィ……」


「お止めください、リンメル殿!これ以上はウィル様に対する侮辱、このグレック・スミス許しませんぞ!」


 ただならぬ雰囲気を感じてか畑の様子を見ていたグレックが私達の間に入り止めに入る。


「いいグレック、気にするな、下がっててくれ」


「……わかりました」


 普段なら引き下がらないであろうグレックも何か感じ入るところがあったのだろう少し悩んで引き下がった。

 

「もう一度聞きます。私に何をさせようってんですか」


 デレクは更に口角を上げる。常の美丈夫ぶりが見る影もなくなるほどの悪魔的な笑みだ。


「いいですね、その顔、その顔に浮かんでくるものこそが君の本質なんでしょう?黒く、汚い、現状に対するどうしようもない憎しみに溢れている」


 黒く、汚い、現状に対する憎しみだぁ、笑わせるな!そんなもんこの世界に来る前の66年の人生で味わい尽くしてきたってもんだ!今更それが本質なんて言われても怒りも糞も浮かんでこねぇ、むしろ「ああ、その通りだ。だから何でぇ!」とでも叫んでやりてぇくらいだ。


「質問に答えてください!」


 私はどす黒いものを心に抱えつつも質問を続ける。


「あなたが一番わかっているのでしょう?私たちが何をさせたいか、いやあなた自身が何をしたいか」


 何がしたいかだと! そんなの決まってやがる、腐った頭を挿げ替えるんだよ。そうでもしねぇと手足まで駄目になっちまう、頭さえまともになりゃ手足もまともになる。空飛ぶパンのヒーローみてぇなもんだ。


「国の形を変えるんですか」


 デレクは正解を導いた私に満足気だがその表情は非常に冷酷だ。


「そうするしかないでしょう?君のような三歳の子供でも分かることです。先程、私はこの国のことを言いましたが私の国でも似たようなことが起ころうとしているんです。私達の自由な国が遠からず亡国になろうとしています」


「そんな事をすれば私達は大逆人だ!この国で生きていけない!」


 大逆人! 大いに結構! なんと言われようとこの国を変えなきゃならねぇ!


 デレクの顔には怒りと覚悟が浮き上がっている。この人が感情をここまで顕にしたのは初めてではないか。


「私達が生きていけないくらいなんです!そのようなことは元より覚悟の上です」


 分かってるじゃねぇか、若ぇの! 二度目の人生だ何の怖ぇ事があるってんだ! これで安牌切るようじゃ男じゃねぇな! おい!


「あぁーー!!もう!うるさい!うるさい!うるさい!やればいいんだろう!いいさ、やってやるさ!やってやる!」


 応! それでいいんだよ、それで。 二度目の人生楽しもうぜ! 相棒!


 そんな言葉が心の内に響いた後に心のどす黒いものは消えて行き、吐く寸前であった喉元の酸も腹の中に下っていく。


 後悔の念に苛まれている中、デレクさんの方を見ると満足気に私を見る青髪の美丈夫が一人、


「分かって頂けたようですね」


 嗚呼、さらば我が平穏なる人生よ。遠からずこんなことになるような気はしていたが、たった4歳までしか平穏は続かなかった。


 それにしても、この男は何故私に目をつけたのだろう、傍から見ればいいところ優秀で変わった子供程度の認識だろう。……聞いてみるか。


「何故、私なのですか。何故、私の事を何かが成せる人間だと思ったのですか」


 私の言葉にデレクさんは鳩が豆鉄砲喰らった様な顔をすると大笑いし始めた。一体何がおかしいと言うんだこの人は……。ひとしきり笑い終わるとデレクさんは私の顔を見ながらこういった。


「私も商人を始めて20年近くになりますがそんな目をした子供は見たことがありませんよ。君のお父上もお祖父様も「うちの息子(孫)が言葉を話すようになってからおかしい!」とずっと言っていましたよ。君の目は私が見た中では…… そう出来のいい官吏の様な目だ。そんな目をした4歳児が只者な訳がないじゃないですか」


「……つまりは商人の勘というやつですか」


「勘?そんな不確実なものじゃありませんよ。言うなれば商人としての目ですかな、その証拠にお父上とお祖父様も分かっていましたから」


 ……私はこの国で商人になるのは無理じゃないかと思った。



今回は冒頭の無駄話はなしです。いつもの、ああいった書き方はなろうでは珍しいのでしょうか?


書いた後に気づくこれは前・後必要だと。


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