第七話 美味しい探検
フレティア王国の貴族制の普及の始まりは国王が各地の部族の長に対して部族の大きさに合わせて公・侯・伯の爵位を叙爵し、それぞれに領地と農奴を与え――この領地と農奴は今まで所有や支配という概念の薄かったフレティア王国の民を支配者と被支配者に分けるきっかけとなった――その土地の保護を王家が保証しその土地の税を免除する。その対価としてそれぞれが族長をやっていた部族の土地の管理と徴税、司法などを任せる。
そして国家に直接仕える役人たちに対しては子・男の爵位を叙爵した。そして、それらの爵位を持つ者に仕える者――所謂陪臣――の中でも特に功績のある者に対してと国軍の士官達に対して士の爵位を順次叙爵した。
つまり、公・侯・伯が地方行政を子・男が中央行政をそして士が地方官吏と国防を担うという大陸やエイウス共和国の貴族制を取捨選択しつつフレティアの風土にあったフレティア王国独自の貴族制を作り上げた。
だが何度かの政変や住民蜂起によりこの統治形態は少しずつ形を変えていく。
フレティア歴 274年 6月2日
フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸
私は先程からずっと勝手知ったる我が家の中を青髪の幼女と探検している。青髪の幼女ことニコラ・リンメルは見るもの全てが珍しいといった様子で屋敷の中を隅から隅まで見て回っている。
「ねぇ、ここは何?」
ニコラは新たなおもちゃを見つけたようだ。
「ここは台所だよ。僕たちの食べるご飯を作っているとこ」
私の言葉にニコラは頬を膨らませる。
「台所くらい知ってるよ」
そんな事を言いつつニコラは台所の中を覗く、渋々ではあるが私も一緒に中を覗くとそこではラッセルが脚立の上に立って何やら肌色の肝の様な物を真剣な顔で捌いている。私達はしばらくその様子を眺めていると捌くのが終わったのかラッセルが顔を上げると丁度私たちと目が合うラッセルは少し照れくさそうな顔をしつつ私達に笑顔で語りかけてきた。
「ウィル様に……えーと今日のお客様かな?僕の調理がそんなに面白いかい」
調理が面白いというよりその手元の食材が珍しいものに思える。隣にいるニコラはラッセルが優しそうな人物だとわかるとすぐに質問をぶつける。
「そのお肉、何のお肉?」
ラッセルは自分の手元にある肉を持ち上げ私達にもよく見えるようにしてくれる。
「これかい? これはガチョウの肝だよ。昨日街で偶然丸々太ったガチョウをみかけてね、昔読んだ本で太ったガチョウの肝は柔らかくてコクのある味わいで美味しいと書いていたのを思い出して買ってきて捌いてみたんだ。そしたらこんなに大きな肝が出てきてね、とりあえず血の筋はとってみたんだけど……どうやって調理したものか悩んでいてね」
ガチョウの肝ということはフォアグラか、いやはや私の家が金持ちだとは知っていたがこの世界でもこんな高級品があるとは……この家に生まれたことを感謝しなくては。
「そうだ、二人共少し試食していくかい?……美味しいものになるかわからないけど」
ラッセルの言葉を聞いたニコラは私の顔を見てコクコクと首を何度も縦に振っている。どうやら食べてみたいようだ。私とニコラはラッセルに向かって大きく頷いた。
ラッセルは手際よく火をおこし鉄板を温めるとフォアグラの一部を切り出して小麦粉をまぶし、焼き始めたしばらく待つと台所中に肉の焼けるいい匂いが広がる、焼けたフォアグラを皿に盛り付けて私達の待つ机に持ってきた。
「さぁ、できたよ食べてみて」
ラッセルが出したのは恐らくはただのソテーだろう大きさは試食ということもあって少し小さい、口に運ぶと品のいい脂の味が口に広がる。新鮮なためか臭みもほとんどなくとても美味しい。ニコラも美味しそうに食べている、どうやら気に入ったようだ。ラッセルも満足気な顔だ。
「思っていた以上の味だね。これなら今日の夕食にも出せそうだよ」
「ほんと?」
ニコラは目をキラキラさせながらラッセルに訊ねる、ラッセルもその表情に答えるように笑顔で返事をする。
「うん、流石に大きいのは出せないけど他の肉と一緒にソテーにして出すつもりだよ。夕食を楽しみにしててね」
私達はラッセルに礼を言うとまた屋敷の中の探検を始める。この探検はしばらく終わりそうにはなかった。
私達の冒険譚が終わったのは二階の探検が終わり屋根裏に入る一歩前であった。使用人が夕食を告げに来たのだ。昼からずっと屋敷の中を動き回っていたため夕食という言葉には抗えなかった。
私たちが食堂に着くと父とデレクさんがもう席についていた。二人は私達が来たのに気づかず会話を続けている。
「いやぁ、妻も紹介しようと思ったのですが今実家の方に帰ってしまっていまして」
「フォード子爵の奥様といえば確か南部のベイカー伯の次女でしたかな」
「ええ、実は今日も世話になった侍女が亡くなったとのことで実家に……おぉ、ウィル来たか席に付きなさいラッセルによると今日は見たことのない料理だそうだ、楽しみにしておきなさい」
その見たことのない料理を私達は先に食べてしまっているのだが黙っておこう。見ればニコラも先に食べているためか心なしか楽しそうな顔をしている。私達が席に着くと同時に使用人たちが料理を運んでくる。
初めは顔立ちがどう見ても白人風の長耳族が御飯茶碗の様な食器と箸で食事する様は違和感があったが、何年も見ていると別段変わったことでは無いように思えてくる。
サラダに汁物、主菜、飯物を一度に出して果物などの菓子類だけを最後に出すのがこの世界の料理文化らしい、食事マナーもそこまでうるさくはなく音を立てないだとか箸で器を寄せないだとか日本にもあったような基本的なものだ。
運ばれてきた肉料理の上にはつい先程食べたばかりのフォアグラが乗っている、下の肉は恐らく何かの鳥類の肉だろう。そして使用人の後ろからラッセルがトコトコと現れ料理の説明を始める。
「料理の説明をさせていただきます。菜の花の和え物にキャベツのスープ、ガチョウの肝と若鶏のソテーで水菓子はビワです。どうぞお楽しみください」
ラッセルの説明を聞いて二人の父親達は少し驚いた様子だ。
「ガチョウの肝というのは食べたことがないものだな」
「ええ、私もガチョウの肉はよく食べるのですが肝は食べたことがありませんね」
そんな事を言いつつ二人はフォアグラを口に運ぶ、そして直ぐに顔を見合わせる。
「これは、食べたことのない味ですな」
「そうですねこの濃厚な油の味はクセになりそうですね」
私とニコラは顔を見合わせ静かに笑い合う、私たちも料理を口に運びラッセルの料理に舌鼓を打つ、しばらくすると談笑も混じり楽しい食事となった。
「今日はお世話になりました。また明後日に畑の様子を見るためにご訪問させていただきますので、そのときはウィル君、よろしくお願いするよ」
食事が終わってしばらく他愛のない談笑をしたあと、リンメル親子はヴァールの中心街に宿を取っていると言うので屋敷の門前まで来て今二人を見送っている。
「こちらこそよろしくお願いします。王都の研究者に見せるほど立派な畑ではありませんがどうぞ存分にご覧になってください」
「ウィル君、君の研究は畑の善し悪しで決まるようなものではないと私は思うよ君自身が一番分かっているだろう、だからそんな謙遜は無用だよ」
いつも思うのだが祖父といいデレクさんといい私を過大評価するきらいかあるように思える。
「ありがとうございます、では明後日を楽しみにしておきます」
「ああ、それではまた明後日」
私とデレクさんが別れを告げているとデレクさんの後ろからニコラがピョコりと顔を出した。そしてニッコリと微笑むと一言
「また遊ぼ!」
と、言ったあと後ろで待っている馬車に乗り込んでいった。
二人が帰った後、自室に戻り今日の稲の成長記録を付けていると頭にニコラの顔が浮かぶ。ふと、邪な考えが浮かんでしまった。違う! 断じて違う!! 私は決して幼女趣味ではない!その証拠に前世での妻は年上だった。
恐らく私の感性も年相応になっているのかもしれない、今日食べたフォアグラも前世ではあんな脂っこいものは好きではなかったが今日は美味しいと感じた。それに今日のニコラとの探検も年甲斐もなく楽しんでしまった。
(はぁ……、明後日が早く来ないかな)
そんな事を心の奥で考えつつ私は床についた。
私は狸ですのでふぉあぐらなんていう高尚なものは食ったことありません。
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