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第五話 先生の言うとおり

 イライアス・ケンドリックによって建国されたフレティア王国は、西方の諸部族を次々に併呑していきその勢いはとどまるところを知らなかった。だがその拡張もとある事件をきっかけに止まってしまう、建国から30年後、フレティア王国の部族はメリヒ河西岸にそれまで見てきた部族ではない自国よりも先進的な村落があるのを見つける。王国は急いで使者を仕立てて対岸の村へ向かった。これがエイウス共和国との初接触であった。


 エイウス共和国はエーオシャス大陸の国々から自国の滅亡や権力闘争など様々な理由で移住してきた貴族が建てた建国間もない国であった。その国民は貴族が自国から連れてきた領民や家臣や国を追われた技術者や思想家、商機を見るに敏な商人、西部に土着していた長耳族エルフなど多種多様であった。


 このエイウス共和国の政体はその成立過程からか他国に類を見ないものである。それを一言で表すならば貴族共和制或いは貴族民主主義。国王の選任を参政権を持つ貴族の選挙により決めるというものである。これは故国の政情に翻弄され続けた彼らが、自らの安住の地に求めた正当なる権利である。


 このような稀有な国家エイウス共和国に対しフレティア王国は、始め対応に苦慮したが、彼らが持つ優れた技術や法制度を知った当時の国王は、これらの導入を目的として国交を決意、エイウス共和国側も国内から多くの意見が出たが建国間もないため国内が安定しておらず、さらに移民の増加により当時不足気味だった食料をフレティア王国からの輸入で賄うという意見が多かったため、エイウス共和国側も国交樹立に積極的であった。


 そしてフレティア歴32年3月3日メリヒ河西岸の村マウムカで両国の代表が会談、両国の国境を南のメリヒ河と北のマルス河に定め正式に国交を樹立、以後200年以上に渡る両国の交流が始まった。







 フレティア歴 274年 5月23日

 フレティア王国 王都郊外 アンドリュー・フォード邸 


 王都中心部から北にしばらく行った市街地と農村部の境界のような場所にアンドリュー・フォードの屋敷はある。アンドリューの屋敷はヴァールの本家と比べると屋敷も小さく庭も狭いが子爵家の別邸としては破格の大きさであった。

 

 この屋敷はもともとさる公爵が自分の側女を住まわせるために建てたもので、その側女が死んだあとすぐに売りに出されたものだ。別段悪い噂も特になく強いて言えば美しい花々が咲き乱れている庭が売りの物件であった。それをアンドリューが自分の隠居先として買い取ったのである。そして美しい花が咲いていた庭も今では名前やら何やらが書かれた木札が立ち並ぶ変わった畑になってしまっている。


 そんな庭の一角に建つ花が咲き乱れていた頃の唯一の名残である東屋、その中で歓談する二人の老人と一人の青年がいる。その中の老人のひとりはこの変わった屋敷の主 アンドリュー・フォード、もうひとりはフレティア王国の宮廷の重鎮 アルビィン・ワイアット侯爵、最後の青年は青い瞳に青い髪、透き通るような白い肌、この国ではあまり見かけることのない賢人族ノームと呼ばれる種族だ。この賢人族ノームは名をデレク・リンメルといいフレティア島南岸の海運を一手に担うエイウス共和国のリンメル商会のフレティア王国副支店長であり、リンメル商会会頭ティム・リンメルの長男だ。


「いやぁ、フォード先生相変わらずこの屋敷の畑は見ていて飽きませんな。私の屋敷もこのように農園を作りたいのですが嫁と息子に止められてしまいましてな」


「先生はやめてください侯爵、私はただの平民の老いぼれですぞ」


 口では先生と呼ばれるのを嫌がっているが表情は満更でもなさそうである。アンドリューの言葉を聞いてこの三人の中で最も年少であるリンメルが声を上げる。


「いやいやフォード先生、先生は平民とは言え先生の研究は他に類を見ないほど素晴らしいものです。私たちはそれに惚れ込んでここまで足を運んでいるのですから敬意を込めて先生と呼ばせてもらっているんです」


「ティムの言うとおりですぞ先生、我らは先生を尊敬しているからこそ先生と読んでいるのです」


 口々のアンドリューのことを誉めそやす二人の言葉は、どうも本心からの言葉のようである。その証拠にアンドリューのことを讃える二人の瞳は光り輝いている。なぜこの二人はこの他の研究者から異端扱いされている変人を師と仰いでいるのかというとそれはそれは複雑な事情があるのだが、それを語るのはまた別の機会としよう。


 二人のアンドリューへの称賛が一段落するとアンドリューが新たな話題を切り出す。


「実は先日ヴァールにいる孫から手紙が来ましてな、その内容というのが私の手記を読んで気になったことがあり、それを自分で確かめるために自ら畑を作り、実験をするという内容でした」


「ほう!流石は先生のお孫ですな。先生の血を濃く継いでいるのでしょう将来有望ですな」


「たしか先生のお孫さんの歳は3歳ほどでしたか、これで先生の後継者は決まりといったところですか」


 二人は我が師の孫の自慢話に相槌を打つ。


「いや、君たちの思っている様な話ではなくてね」


「と、言いますと?」


 アンドリューは真剣な顔で、


「問題はその実験の内容でして……」


 アンドリューはウィルからの手紙にあった稲の育苗法と直播法の対照実験についての話を始まえる。話をすべて聴き終えた二人は先ほどとは打って変わって真剣な表情である。


「確かに先生の言うとおり大変面白い実験ですな。それに発想がいい、我らでは到底思いつかないようなことだ。叶うなら我が目で一度見てみたい」


「侯爵の言うとおりですね。大変面白いエイウスでも行われていない試みですね、この実験がウィル君と先生の考えた通りになるのであればフレティア島の食糧生産量は激増するでしょう」


「ああそういうことだ。そこで相談なんだがリンメル君、確かリンメル商会はヴァールに近いうちに支店を出すと言っていたね」


 いきなりの話にリンメルは少し驚きながら


「はい、先生の言うとおり私共の商会はヴァールに出店しようと考えていますが……」


「そこでだよリンメル君、その出店の下見ついでにヴァールの屋敷に行って孫の実験を見てきてくれないか」


 リンメルはなるほどという顔をした後、笑顔で応えた。


「わかりました、いずれヴァールには行こうと思っていたので好都合です」


「君がそう言ってくれて助かるよ。私たちも行きたいのは山々だが少し宮廷の方がきな臭くてねぇ……」


「左様、先生の言うとおり宮廷の、特に陛下の側近の連中が少しうるさい。いま私たちが離れると何かしら動いてくるだろう」


 少し悪くなった空気を変えようとリンメルが話を始める。


「まぁ、そんな堅苦しい話は後にしましょう、そういえば先生のお孫さんと私の娘が丁度同い年でして先生さえよければ娘をウィル君と会わせてみたいのですがどうでしょう」


「リンメル君の娘とうちのウィルが同い年となると確か次女のニコラちゃんでしたかな」


「おお!ご存知でしたか、そういえば以前顔を合わせたのでしたね」


「ああ、君の家で集まった時だったかな、君に似て利発そうな子だったね。あの子ならうちのウィルと仲良く出来そうだ」


「それは良かった。では帰ったらさっそく娘とヴァールに行く準備をしなければなりませんな」


 話を聞いていたワイアットは呵呵と笑いながら


「フォード商会とリンメル商会が一緒になるとなると私の領地など吹き飛ぶような資金力でしょうな」


「いえいえ、まだ決まったことではありませんし……」


「リンメル君の言うとおりです。二人はまだ会ってもいないのですから」


 こんな話を続けていると屋敷の使用人が昼食を東屋に運んできた。


「おぉ、もうこんな時間か名残惜しいが今日の話はここまでですな」


「実に名残惜しい、これからする仕事の話のことを考えるとそれを余計に感じますな」


「先生も侯爵もそう言わないでください。もともとこの集まりはこのためなのですから」


 昼食を運んできた使用人が去ると三人の表情から声色まで全てが黒い闇のように変わる。


「宮廷の争いを抑えるのと君達のの利益のためか……」


「私達の利益とは聞き捨てなりませんな侯爵、我らはかなりの金額を支援したはずですが」


「私利私欲のためには使っとらんよ。うるさい連中に少し菓子をやるのに使っているだけだ。この国の平和を守るための必要経費だ、平和のためのな」


「平和のためですか……」


「そうだよリンメル君、この国と我らの平和を守るには必要なのだよ、いろんなものがね」


 三人の男たちは策謀を練り始める、あるものはより多くの利益のため、あるものは自分の利益を守るため、あるものは平和・・を維持するため。


 男たちの会食は始まったばかりである。




この作品に出てくるノームは欧州民話の土の精霊、地中に住む小人というタイプではなく後世の創作物に見られる知的欲求の強い学者肌の種族というイメージです。


ご意見・ご感想お待ちしております。

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