第四話 実りは遠し 出会いは近し
フレティア島東部の農業社会への変革の結果、食料の安定供給が可能となった。これにより今まで小規模で森林に定住していた長耳族の部族は農業のしやすい平野部へと住処を移しその規模も徐々に大規模化していった。
この部族の大規模化によりそれまで生活圏を互いに犯すことがなかった部族同士が争うきっかけとなったのである。利水や耕作に適した土地の権利、食料、女性……様々なことで争い始め一時はフレティア島東部全体が戦乱の嵐に覆われていた。だが、このような戦乱は長く続かなかった。いくつかの部族が他の部族を吸収し、さらに大規模化していったのである。
そしてこの部族の中で領土・人口共に最も多かった部族がジョーセフ・ケンドリックの血を汲んでいると言われるイライアス・ケンドリックの部族であった。(ケンドリックの名前はジョーセフの死後自称する者も多く現れイライアスが本当にジョーセフの血を汲んでいるかは謎である)
イライアスは恫喝や婚姻など外交を通じて他の部族を次々に併呑していった。高地の部族は最後までイライアスに対し抵抗を続けたが衆寡敵せず滅ぼされてしまった。この高地の部族の滅亡によりイライアスはフレティア島東部の耳長族達を統一しフレティア島東部の町タウティアで建国を宣言した。
フレティア王国の成立である。
フレティア歴 274年 5月28日
フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸 研究農地
「5月28日 快晴 育苗法の苗は直播法の苗と生育に変わりなし 直播法は生育にムラがあり、やや発芽率悪し どちらともに20cmほどに成長 明日より田への植え替えを行う っと」
私は田んぼに苗の生育状況を確認しに行き、手元の紙に成長記録を付ける。この作業は稲作を始めてから日課となっている。それとこの育苗法と直播法の名前はグレックと私、二人で相談して付けたものだ。
最初は私もグレックの手伝いをしようと一生懸命、鍬を振ったのだが悲しいかな三歳児の力ではしばらく放置されていた田んぼを掘り返すことは叶わなかった。
グレックは私に対して笑いながら「気持ちだけ受け取っておきます。ウィル様は自分の出来ることをやって下さい」と優しく言ってくれた。この優しさが痛かった私も早く大きくなって自分で田んぼを耕したいと思いつつ成長記録の記入や長く使っていない水路の掃除など言われた通り自分の出来ることをやった。
田んぼは私が何もしなくてもグレックが手際よく瞬く間に耕してしまった。山人族は生まれつき力が強く持久力があると聞いたが、グレックの作業の速さは想像以上だった。人力の犂の導入も考えていたが刃先だけが鉄製の農具で、よくもまぁあれだけの速さで耕したものだ。新式農具の作成は先延ばしでもいいだろう。
稲の生育については今のところ問題はない。育苗法の苗は十分に生育し明日には田植えを行うつもりだ。直販法は発芽率と生育にムラがあったがグレックに聞くと「よく育っている」と言っていたのでこれが普通なのだろう。あぁ明日の田植えが待ち遠しい、そうだ植え付けの間隔をグレックと話し合っておこう。だいたい20~30cmくらいかな……。ああそうだ今日中に基準線変わりに縄を張っておこうかなグレックに相談しよう。
そんな事を考えていると屋敷の方から使用人の一人であるケントがこちらに向かって走ってくる。
「ウィルさまー! 会頭がお呼びでーす!」
私を呼ぶ声はその声質から若々しい青年なのだと分かる。ケントは最近屋敷に出仕するようになった新人で父は我が家に三代に渡って仕えるギルバード・ゴードウィンの息子である。その仕事ぶりは父ギルバード譲りの真面目さと優秀さだそうだ。
「わかったー! すぐに行く!」
私は今考えていたことをグレックに手短に話すとすぐに屋敷へ向かった。書きかけの紙を自室に置き父の書斎へと向かうと中には怒っているとも喜んでいるとも取れないどちらかというと困惑したような表情の父が手紙を読んでいた。
「来たかウィル、父上からの手紙だ読んでみろ」
「おじい様からの手紙ですか……」
私は父から渡された上質な紙に目を落とす。
『我が親愛なる孫 ウイリアムへ
さっそく本題かはいらせてもらう。いま、お前がやっている研究は私の手記にあった『稲の生育を一定にする方法』と『稲に十分な日光を与えるための考察』を参考にしたと言っていたが、正直に言ってこの育苗法はそれ以上のものだと思う。私見であるがこの研究がお前の思っている通りに推移すれば国王陛下から直接お言葉をいただけるほどの功績になるだろう。
お前には悪いがこの育苗法を何人かの信頼できる学者仲間に話したところ一人がぜひ見てみたいと言い出した。最初は止めたのだが行くと言って聞かない。悪いがロレンスに言ってそやつを屋敷に泊めてやって欲しい少し向こう見ずなきらいがあるが根は非常にいいやつなのだ。
あと、そやつの次女に一度会ったがお前と年が近く利発で器量も良い。お前の話をしたらぜひ引き合わせたいと言っていたのでおそらく連れて行くだろう。きっとお前のいい連れ合いになるので相手をしてやって欲しい。
最後に成長記録は欠かさずしっかりと付けるように
アンドリュー・フォードより 』
私は祖父からの手紙を読んでいくうちに頭が痛くなってきた。研究の内容を手放しで褒めてくれたことは嬉しいが、まだ始まったばかりの研究を人に話し、研究が見たいというものを屋敷に寄越し、あまつさえ4歳の孫の許嫁まで勝手に決めかねない勢いだ。おそらく私の表情も父と同じような表情になっているであろう。
父は何もかも悟りきった様な顔で
「すごいだろう…… お前のお祖父様は」
「はい…… すごいです。この上なく」
私はこんな返事をするのが精一杯であった。
「しかもなウィル、お前のお祖父様のすごい所はそれだけじゃないぞ。気づいているか何時、誰が家に来るか書いてないんだ」
私はハッとして手元の手紙にもう一度目を落とす。…………書いてない。何処にも書いてはいなかった。
「父上、これ冒険小説で読んだことがあります。炙り出しというやつです。きっとそうです。早くこの手紙を火の中に放り込みましょう」
「落ち着けウィル、お前の気持ちは痛いほどよく分かるが、それは炙り出しではなく焼却だ。まぁ大体の見当はついている。手紙は早舟でヴァールに着いた陸路との差は少なくとも3日か4日それ以上だ。そして誰が来るかだが……私にも正確なとこは分からないが学者の交友というと恐らくは貴族か商人当たりだろう」
……いつも忘れるが、この家族の前では抜けている父は商人だった。やはりこういった洞察力は目を見張るものがある。
「そうですか、ですが私は同じ年の遊び相手と遊んだ経験がありませんどうすればよいでしょう」
正直な話これが一番の問題だ。精神年齢70歳の私が正真正銘の4歳児をまともに相手をすることができるのだろうか。しかも相手は貴族の娘もし無作法など有っては目も当てられない。
そんなことを考えている私を見て父は声を上げて笑い始めた。
「……何か面白いことでもありましたか父上」
「いや、悪い悪い。常は大人とも対等に話してみせるお前も同年代の女には弱いのかと思ってな」
こっちは真剣に考えているんだ、薄情な父親め! 私の弱点なんてそんなことはどうでもいいんだ!
私は心の中で父と祖父に悪態をつきながら父の書斎を後にし一つの決意をした。
(……貴族の礼法をギルバードにでも聞きに行こう)
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