第二十四話 戦友
フレティア歴 274年 11月2日
フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸
「重量比で言えば、二割増か…… 上々だな」
祖父は、今しがた計ったばかりの収穫量を眺めながら、そんなことをつぶやく。
「上々ですか?」
二割程度、しかも一度の実験では、誤差と言われても仕方がない、それが上々なのだろうか? できればもっと確度上げたいものだが。
「上々だよ、……ウィル?」
「なんですか?」
「この研究、わしに預けんか?」
意外な提案だ、このまま私に丸投げしておくと思っていたが。
「それは……結構ですが、なぜ?」
「なに、お前の研究を自分のものにしてやろうと思ってな!」
笑いながら、大げさに祖父は言い放った。
「嘘ですね」
反射的に、この言葉が出た。自分の手柄より、その内容の方が気になる人が、何を言うか。私の言葉に祖父はえらく不機嫌な顔になる。
「……強いて言えばそういう子供らしくないのが、理由だな。」
そんなことが理由とは、なら、かわいげに上目遣いでもすればいいのだろうか?
「不服か? まぁ今のところはそういうことにしておいてくれ。そうだ、ワイルダー殿が町へ行くと言っていた、グレック案内するみたいだから、ついて行ってみろ。これは小遣いだ、好きに使え」
そう言って祖父はポケットから小銭を取り出す。銅貨5枚。大金でもなく、小金でもない。なるほど、小遣いとしては十分だ。
私はそれをありがたく、そして出来るだけ、かわい気に受け取ってみる。
「わぁ! ありがとうございます。おじい様、大事に使います」
わざとらしい演技だったからだろうか、祖父は酷く気味悪いものを見たような顔をした。
「……分かったから、早く行け。グレック達が先に行ってしまうぞ」
「……はい」
玄関先へ行くと、祖父の言った通り、グレック、ワイルダー、マッカローの三人が少しばかりの歓談を楽しんでいた。
「へぇー、スミスさんは大陸で傭兵を?」
「グレックでいいですよ、もう20年も前の話ですよ。最後に参加したのは…… そう、エスリンクの戦いでしたな」
「そりゃ、大戦じゃないですか! あっしはペーペーでしたから参加できてませんでしたけど、隊長なら行ってたんじゃ?」
「参加していた。中央部にいた予備騎兵だ」
「それは奇遇ですな、私はそれに突っ込んだ、重騎兵部隊の後ろで行動してました」
「……お互い、よく生き残れましたな」
「全くで……、おや? 坊ちゃん、どうかしましたか?」
えらく感傷に浸った会話なので、中々話しかけにくかったが、グレックがこちらに気付いてくれた。
「うん、えーと…… おじい様に、グレック達が町へ行くようだから、一緒について行って来い、と言われて」
グレックは少し、困った様子だ。
「それは…… ワイルダー殿、マッカロー殿。よろしいですかな?」
「あっしは別にかまいませんよ、むしろ案内人が増えてうれしい限りですねぇ」
「私もかまいません」
ついて行っていいようだ。とはいえ、少しばかり居心地が悪い。
「では坊ちゃん、行きましょうか」
「うん」
歩みを進めようとすると、いきなりすくい上げられた。
「坊ちゃんは、あっしの肩に乗ってください。大人の足についてくるのは、つらいでしょうから」
そう言って私を肩車したのは、マッカローだ。視点が一気に高くなる。
「あ、マッカローさん、ありがとうございます。重くないですか?」
「坊ちゃんぐらいなら、鎧よりも軽いんで大丈夫でさぁ! あと、マッカローさんってのは他人行儀でどうも…… イーデンでお願いします」
「じゃあ、イーデンさん? でいいですか?」
「それも、坊ちゃんに言われると、なんだかなぁ…… イーデンの兄貴、とかイーデン兄さんとかでどうですかい? あっしはこう見えても、部下に慕われてて、そう呼ばれてたんですよ」
兄さん、兄貴、おそらく、三十路は十分に過ぎたマッカローには似合わないが。
「それじゃあ、イーデン兄さんと」
「坊ちゃんにそう呼ばれると、なんだか急に若返った気がしますなぁ! じゃあ行きますかい」
いつもと違う視点で、道を歩くというのは新鮮で、なんだかワクワクする。
道中は、きょろきょろしていたことだろう。
屋敷から町への道すがら、イーデンがグレックに話しかけた。
「すみません、グレックさん。さっきのエスリンクの戦いのこと話してくれませんかね?」
イーデンも、元軍人ということで、従軍経験のある、グレックの話に興味があるのだろう。かくいう私も、この世界の戦争の話は興味がある。
「あぁ、さっきの続きですか…… そうですなぁ、どうでしょうかワイルダーさん?」
「……まぁ、話して恥ずかしい話でもないので」
「なら、いいでしょう。さて、どこから話しましょうか…… あれは確か、シローニュは五万、私が参加した西部連合が二万の大戦でしたなぁ」
「わしらはエスリンク川の対岸の村で陣を張り、防御していたところを、シローニュが攻め込んできました。一気に攻めてくれば良いものを、撃退するたびに、何度も攻めかかってくもんですから、四六時中戦ったような気がしましたなぁ」
「シローニュとしても、兵力が勝っていたので、一斉攻撃を行いたかったのですが、足並みが乱れて、波状攻撃になってしまいました」
「そういうことでしたか、おかげで命拾いしましたかな? 一気に攻められていたとなると、こちらも危なかった」
「そうですね、成功していれば、こちらも勝利で国に帰ることが出来ました」
ワイルダーの言い方は、敵味方に分かれ戦っていたということもあり、なんとなく棘のある言い方だ。
「と、まぁ初日の戦いは、シローニュの不手際で何とか持ちこたえれましたが、数で劣っているのですから、どう考えてもこちらはジリ貧ですので、翌日に敵陣の防備が薄い箇所に、攻撃を仕掛けることとなりました。その先陣が、西部連合の精鋭を選抜した重騎兵部隊、その後続に、わしら傭兵部隊が選ばれました」
「それで、防備が薄い箇所というのが、私がいた予備騎兵部隊だ。老兵と新兵ばかり…… さぞ頼りなく見えただろうな」
「そう見えましたが、そうではなかった、先鋒をいなして、後続の傭兵部隊に反撃してきた。わしらはほかの後続が到着するまで必死に戦いました」
「私たちは、後続が到着したらさっさと引き上げた。数で不利になったと分かったし、本陣に重騎兵が強襲したと報告があったからな、あいにく本陣の側で、機動力がある部隊は私達だけだったから、馬を乗りつぶして本陣に駆けつけ、いなしたはずの重騎兵ともう一度戦った。……あんな戦いはもう二度としたくないものだな」
ワイルダーの、思い出すようなつぶやきに、黙って二人の話を聞いていたイーデンが質問を投げかける。
「そんなにひどい戦いだったんで?」
「あぁ、寄せ集めの部隊が敵の精鋭とぶつかったんだ、多く死んだよ」
「それでも隊長は生き残った」
「運が良かっただけだ」
「おかげで、こうやってかつての敵と話すことが出来るというのは面白いことですよ。お互い、戦場の女神に愛されてますな」
「そのあと、結局戦いはどうなったんで?」
「シローニュは本陣が襲われたものの、運よく大将は健在だったが、軍を立て直そうとしたものの、混乱が酷く一旦兵を下げざるをえなかった」
「その間にわしらは、襲撃していた重騎兵を収容し、陣に戻りました。そのあとは両軍とも積極的に動けず撤兵、規模の大きい小競り合いみたいな終わり方で、えらくあっけなかった戦いではありましたな。さて、そろそろ町ですが、まずは何処から回りましょうか?」
「市場や港をお願いしたい」
「あっしも市場を、それと酒場なんかはありますかね?」
「もちろん、せっかくですから、そこで軽い食事にでもしましょうか」
そう言ってまず第一の目的地である、市場の端にある酒場に向かった。
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