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閑話 フォード家の人々




 フレティア歴 274年 11月1日

 フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸



 麗らかな秋晴れとは言え、季節はもう冬が近づいている。時折吹く風は、冷たく、私の頬をなぞってくる。


 私は、このような日は、それこそ部屋にこもり読書や、書き物をしていたいところであるが、屋外で作業をしている。いわゆる脱穀作業というやつだ。大きな(むしろ)の上で屋敷の女中三人と作業している。竹を縦に割ったものに、稲穂を一本づつ挟んで扱いて籾を落とす。脇に山と積まれた稲束を見ると、気の遠くなるような作業だということが分かる。


 その横ではグレックが、三角形の木枠のようなものを、トンカンといじっている。そのいじっている木枠のようなものというのは、以前より、私がグレックに言って作ってもらっていた『千歯扱き』だ。元いた世界では教科書に出るほど有名な農具である。とはいえ、私にとっては使ったこともないような農具である。では、見たことはあるのかと聞かれると、幼い頃、納屋の隅で埃をかぶっているのを見たことがある程度である。


 なぜ作ってもらったというと、答えは簡単、ただ単に効率がいいからである。稲穂から一本一本地道に籾を落とすより、一束いっぺんに落とした方が効率がいい。それだけの話だ。ではなぜそれをグレックが使わず、トンカンとやっているかというと、いまいち使い勝手が悪かったようで、それを微調整しているとのことである。素人考えで作ったものが実際使ってみると、使い物にならなかったということは、ままあることで、それを使う側が、欠点を見抜いて改善してくれる、というのはありがたいことだ。


 そんなことを考えながら、黙々と作業を進めていると、隣から季節外れなひばり達の楽しげな声が聞こえてくる。


「この前ラッセルさんの所にお野菜持って行ったんだけど、ギルバートさんと親し気に話してたわよ」


 言葉の主は、女中の一人であるザラ、可愛げなえくぼと、くりくりとよく動く緑の瞳がチャームポイントのよくしゃべり、よく働く女中の一人である。いつもは、その小さな体のどこにそんなパワーがあるのかというほど、屋敷の中をパタパタと、忙しそうに走り回っている。


「あー、あの二人はなんだか最近よく話してるの見かけるわねぇ、デキてるのかしら?」


 手元の作業から目を離さず適当な返事をした女中の名前は、セルマ。屋敷にいる女中の中では最古参で、頼れる姉さん役といったところだろうか。傍目から見ると十分、綺麗な顔立ちで嫁の貰い手もありそうなものだが、残念ながら未婚のようだ。ちなみに会話に出てきたギルバートは父親である。あしらうような返事であったとは言え、それでいいのか?


「まさかぁ! もう六十が来るんでしょ! それより絶対、大旦那様よ、長年連れ添ってきたんだから夫婦みたいなもんじゃない? 昨日からギルバートさんの機嫌がいいのもそのせいよ」


 気のない返事だということを知ってか知らずか、ザラは下世話な話を続ける。それにしても、少し何を言っているかわからない。そもそも機嫌がよかったのか? 朝会った時はいつも通りだったが。


「んー、私は旦那様とリンメルさんのほうがいいかなぁ~、あの二人見てると青春の男の友情みたいじゃない?」


 のんびりとした様子でザラに返事をしたのはローザ、いつもマイペースに仕事をこなしている印象の、絹のような金髪の美しい、少しぽっちゃりとした包容力のある女中だ。その体形からも分かるように、食べることが好きな様で、よく私がラッセルの所にお菓子を貰いにに行くと、一緒についてきて、ちゃっかりと自分の分も貰っていく。如何な自由なうちの屋敷とは言え、それはどうなんだと、常々疑問に思っているところである。


「青春っていうにはちょっと……、二人とも坊ちゃんも、ニコラちゃんもいるでしょう? むしろ禁断の恋ってやつよ」


 手元の作業に集中しているのだろうか、相変わらず手元から目を離さず、セルマが自分の考えを言う。どうやらさっきのは、あしらう返事ではなく、本心からだったようだ。本当にそれでいいのか?


「えー、そんなことないよぉ、二人とも十分、若く見えるから青春でもおかしくないってー、ねぇ~坊ちゃま~」


 そう言いながらローザが私の頭を撫でてくる。どうやらローザは私を年の離れた弟とでも思ってくれているようだ。嫌ではないが、屋敷の主人の子供と使用人の関係としてはどうだろうか? あまりに近すぎるのも、どうだろうと思う。まぁ、父やギルバートたちも何も言わないのだから、別にいいのだろう。


「……よくわかりません」


 とりあえず、当たり障りのない返事をしておこう。未婚者がセルマの弟であるケントとグレックぐらいしかいないこの屋敷で働いているのが不味いのだろうか、この三人は、可笑しな疑似恋愛? を楽しんでいる様だ。


「逃げましたね?」


 そう言ったのはセルマ、この勘の良さはは父親譲りだろうか、勿体ない。男であれば、弟のケントより立派な商人になっていただろうに。


「セルマ姉さんもローザも、あまり変なことを坊ちゃんに言っちゃだめですよ」


 ん? 助けてくれるのはうれしいが、元はと言えばザラ、君が言い出したのではないかな?


「もともと言い出したのはザラでしょ?」


「そうですよ、ザラが言い出したんです」


 二人も、ザラの言動にすかさずツッコミを入れる。それに対してザラは顔を赤くし、あたふたしながら、何とか言葉を出そうとする。


「それは……、うぅ…… あっ、大旦那様がお連れしたお客様! あの二人はどうです? 私はあの、背の低いほうのおじ様が渋くて素敵だなぁ、セルマ姉さんとローザはどう思う?」


 おおっと、それは少し強引じゃないか? その無理矢理な方向転換に、半ば呆れながらではあるが、セルマは答える。


「……私はあの背の高い方の人かな、表情がころころ変わって面白そうな人だなぁって。部屋にお酒を持って行った時なんか、私のこと「お嬢さん」なんて呼んでくれたのよ! お嬢さんですって、ふふ。……でも大分、年上みたいだし、もう結婚して良い人がいるんだろうなぁ、私にお嬢さんなんて言ったのもお世辞だったのかも…… はぁ」


 渋々、といった様子で質問に答えたようだが、気付けば勝手にテンションが上がって、勝手に下がっていた。一番の年上ということで結婚というものにに敏感なのだろう。


「セルマ姉さんは美人ですから、なかなか男の人も言い寄れないんですよぉ、高嶺の花? ってやつですかねぇ」


 待つんだローザ! こういうことで落ち込んでる女性に、その慰めは、私の経験上……


「そうよね、私みたいに女中の分際でお高くとまってる女なんて、誰も見向きもしないわよね……」


 ……事態を悪化させてしまうのだ。作業の手も止まり、心ここに在らずといった様子で、見れば目元には光るものが見え、天を仰いでいる。ザラとローザはというと、地雷を踏んでしまったという顔で、どうしようかとあたふたしている。


 こうなってしまえば、一両日はほかのことに手が付かなくなる。前世で二人の娘を育てた私の経験だ、間違いない。何とかセルマの機嫌をもとに戻さねば!


 ……一つ妙案が思いつくが、待て、待つんだ私! それは著く、私の尊厳を傷つける。だが、一少年の尊厳と、麗ら若き乙女の涙(と、そこから生まれる労働力)どちらが重いかは明らかだ。私は意を決した。


「セルマ!」


 呼ぶと「え?」という言葉とともに、こちらを見てくれた。父親譲りの切れ長の美しい瞳を泣き腫らしている。私は、幼く、それでいてやさしく言葉を掛ける。


「せるま、なかないで、あのね…… ぼくがね、おおきくなったらね……」


 嗚呼、恥ずかしい。私の顔は羞恥で赤く染まっていることだろう。


「ぼくがけっこんしてあげる! だから、なか……」


 言い切る前に、柔らかな感触が顔を包む。


「坊ちゃま…… ウィル様…… いいんですか? 私、ウィル様が大人になったら、おばさんになっちゃいますよ?」


 頭の上からセルマの声が聞こえる。抱き着かれたらしい。子供の言うこととはいえ、ここまで喜んでくれるとは…… もう一息だ!


「ぜったいしてあげる! せるまがまっててくれるなら、ぜったいけっこんする!」


 そう言い切った後、訪れたのは浮遊感と遠心力。


「待ちますぅ! セルマはいつまでもウィル様を待ちますぅーーー!」


 私を持ち上げて振り回している。ここまで喜んでくれるとは思わなかったが、セルマを元気づけるという大目標を達成できた。


「良かったですね! セルマ姉さん、坊ちゃまが結婚してくれるそうですよ!」


「セルマ姉さん、玉の輿ですよ、玉の輿、うらやましいですねぇ~」


 先に言ったのはザラ、嬉しそうに言ってはいるが、子供の言うことというのを分かっているのか、やや大げさな言い方である。


 その次に言ったのはローザ、……冗談で言っているのか、それとも本気で言っているのかわからない。それにしても、そろそろ降ろしてくれないだろうか? 


「うん、うん! みんなありがとう! 私、絶対幸せになるからねっ!」


 本気にしていないよな? これから式場でも決めに行く勢いだ。いや、しばらくすれば現実を見て、子供の戯言と理解して忘れてくれるはずだ。というか、いい加減降ろしてくれ!


 そう思っていると、わざとらしい咳払いの声が聞こえてくる。


「ゴホン、あー、お前たち…… 休憩するのは結構だが、そろそろ再開せんと晩飯に間に合わんぞ。それとセルマ、坊ちゃんがそろそろ苦しそうだ」


 年長者グレックの言葉に、慌てて私を降ろして作業を再開する女中たち。肝心のセルマはというと、凄く気分がいい様で、鼻歌を歌いながら作業を続けている。……何よりだ。


 私を開放するきっかけを作ってくれたグレックに、礼を言おうと近づくと、何とも言えない困ったような表情で私に耳打ちをしてきた。


「ウィル様、セルマはあれで、なかなか思い込みの激しい娘でしてな、わしも昔、酷い目にあいました。しばらくすれば収まるとは思いますが……」


 私はセルマに目をやる。鼻歌どころか本当に歌いそうな勢いで、ご機嫌だ……





 その後しばらくの間、屋敷の中で楽し気に仕事をしているセルマを見かけるたびに、セルマからウインクなどのアピールを受けることとなるのだが、それより、ある意味ダメージが大きかったのは、父親であるギルバートと弟であるケントから受けた相談であった。


「「ウィル様、最近、娘(姉)の様子がおかしいのですが……」」






箸休めということで。


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