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第二十一話 軍馬と農馬 後編




 フレティア歴 274年 10月31日

 フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸


 秋の夜長に読書を楽しむというのは、風情があって結構なことであるが、男六人で商談はどうだろう?

鼻を突く明かりの魚油の匂いが漂う中、酒があるわけでもないのに語らうというのは、風情どころかむさ苦しさを感じる。


 そんなことがふと頭をよぎったが、それを振り払うと、頭の中で組上げていたものが破綻していないと、確認し、居並ぶ五人に話す。


「軍馬の輸入と繁殖。なるほど、上手くいけば商会の利益はもちろん、フレティアの利益にもなりますね。必要な時に外国に頼らなくてもよくなります」


 父の目論見としてはもちろん商会の利益だろう。一番に生産に成功すれば馬売買の主導権を得られる。フレティア人が馬を買うと言えば、輸送費もかからず、仲介の手数料の少ない、うちを頼りにすることになるだろう。そこまでいけばうちを真似る様なところが出てくるだろうがもう遅い。価格の決定権、販路、品質etc…… 全てうちが勝っているような状況になって、他所はそう簡単には参入できないようになっているだろう。


 フレティアの利益、これについては祖父と、祖父が連れてきた客人、ガス・ワイルダーとイーデン・マッカローの目論見だろう。祖父のことだ、戦争経験のほとんどない我が国に流れ着いた元軍人を、これ幸いとばかりにあちこち連れまわして、何やらよからぬことを企んでいるのだろう。

 

 その目論見の成就に馬が必要と分かり、どうするか悩んでいたところ、これまた幸いにもこの新事業の話だ。喜び勇んで飛びついたんだろう。そうでなければ、如何に自分勝手な祖父とは言え長旅で疲れた客人を休ませずにこのよう場を開くはずが無い。 ……無いはずだ、無いかな? 無いと願いたい。


 ともかく、祖父たちの目論見は、軍隊に軍馬を持たせて強くする。そのために質の良い馬の、生産から流通までを握っておきたい。そんなところだろう。


 デレクさんは…… よくわからない。「馬具で儲ける」それだけかもしれないし、それ以外もあるかもしれない。もし、それだけなのならば、馬具を売るために馬を売り、繁殖させるのを手伝う。まるで総合商社みたいな商売だ。 ……本人が疑惑の総合商社みたいだからかもしれないが。


 私はそこにもう一手付け加えたい。上手くいけば商会はさらに儲けれるし、軍隊以上にフレティアのためにもなるし、おそらく軍隊のためにもなる。


「ですが、これだけではフレティアにおける、馬の普及という点においては疑問が残ります」


 馬という動物は本来は役畜である。それは元いた世界でもこの世界でも変わることはないであろう。父たちが今やろうとしていることは、馬を貴族や軍隊に卸す。それだけのことだ。貴族や軍人の馬に対する認識と言えば「領民への示威にちょうどいい」、「他の貴族・他国の軍隊に対して誇れる」、「より強い武器が手に入る」そういったものだろう。元の世界でも、同じような理由で馬が使われていた。だが、それらは基本的に主目的では無い。


 馬は基本的に、車であり、トラックであり、トラクターであるべきだ。長距離の移動に、重量物の輸送、農作業への従事、これらに使ってこその馬だ。もちろん軍馬でもこれらのことはできるであろう、だがそれでは駄目だ。軍馬とはいわば高級車、維持にも繁殖にも手間と費用がかかる。高級車を足に使ったり、荷運びに使う、ましてや畑を走らすといったことは、絶対とまでは言わないまでも非効率なことに違いない。それならば……


「農業馬も仕入れませんか? そのフレティアの南部で生産しているものより、頑丈で扱いやすいような…… それでいて、とにかく安く育てられる品種を」


「坊ちゃん! そりゃ無いですよ! そんな安馬じゃまともに戦えねぇ、坊ちゃんには分らねぇと思いますが、俺たち騎兵にとって馬ってのは半身も同然だ。命を預けてるんですぜ」


 マッカローさん大声に、思わずたじろぐ。怒りや威嚇といった意味合いが声色にあ表れてはいないが、おそらく戦場で培ったのだろう、その声には一般人、ましてや子供をひるませるには十分な迫力があった。


「待て、どうやらこのウィル君は、そういうつもりで言ったのでは無いようだ。そうだなウィル君?」


 私の驚いた様子を不憫に思ってか、それとも言いたいことがそうでないことを気付いたのか、私の話に対して耳を傾ける姿勢を示してくれる。ただ、その鉄面皮から繰り出された言葉は、やさしさと同時に「お前のために時間を割いてやる、つまらんことを言ってくれるな」と、脅されている気がしてならなかった。


「はい、別に軍隊に向けて農馬をどうこうという話ではなくてですね…… 農民たちに向けて馬を売ってみませんかという提案でして」


 馬を軍隊や貴族だけに使わせるのはもったいない。それを有効に活用できる農民などに、売り捌いた方が儲かるし、フレティアの流通網の強化や生産力の増大につながるのではないか? そう思っての提案だ。


「少なくとも、貴族や軍隊よりは農民が多いわけですし、彼らが買ってくれた方がより多くの捌くことが出来ると思いますが、どうでしょう?」


 私の話を聞いた、父はこの上なく渋い顔をしている。まぁ、大体言いたいことは分かるが、聞いてみるとしよう。


「父上、何か問題でも?」


「お前の言っていることは正しいが、何か大事なことを忘れていないか?フレティアで馬を使っている農家なんていない、ほとんどは水牛だ。そんな連中が馬を買うと思うか」


 父の説教じみた言葉を真顔で聞く。至極、真っ当な考えである。父がこのような考え方でいてくれるのであれば、フォードの商会はこれから潰れることもなく、大きくなることもなく、次代に渡るだろう。


 だが、それだけでは駄目だろう。元いた世界での企業の目的と言えば、経済学的にいえば利潤の最大化である。こちらの世界の商会というものに当てはめるというには、強引ではあるが、商会と企業、同じような側面を持っていることは間違いないだろう。


 五つの息子から父へ一つ講義をしてみよう。


「父上。付かぬ事を伺いますが、靴を履かない人が住む国で、靴は売れますか?」


 この質問を聞いた途端、父は驚き、さきほどの渋い顔とは打って変わって、うろたえた表情だ。そして何とか立て直し苦し紛れといった様に語気を強めて言い放つ。


「な、どこでそんな話を覚えてきた!」


 その様子に堪え切れなくなったといった様子で、祖父とデレクさんが笑い始めた。


「はっはっは、これはロレンス、お前の負けだ。一本取られたようだな」


「そうですね。ロレンスさんこれはウィル君の方が一枚上手です」


 ……なんだ、三人ともこの話を知っていたか。元いた世界でも、手垢がつくほど使い古された使い古された話だったが、どこの世界でも商売人というやつは考えることは同じだなぁ。


 ふと専門家二人の方を見ると、いまいちピンとこないような顔で悩んでいる様だ。まぁ、鉄面皮のワイルダーからは、そのような雰囲気は感じられないが悩んでいるのだろう。


 それに気づいた祖父が二人に説明を始める。


「ワイルダー殿とマッカロー君は知らないでしょうな。いや何、商人の間で昔からよくある話でしてな、靴を履かない連中なのだから、靴を持っていって売れば大儲けできる。と考えるか、靴を履かない連中が靴を買うはずがないと考えるかで、商人としての性格が見えてくるという話ですよ。ちなみに私はどちらかというと前者ですかな」


「先生、気が合いますね私も前者ですよ」


 と、デレクさん。そりゃ馬のほとんどいない国で馬具を売ってやろうと考える人は圧倒的前者だろう。最も「靴を履くと速く走れる」とか「身長が伸びる」と言って、叩き売ってそのあと忽然と姿を暗ましそうではではあるが。


 この二人が、この答えということになると、父は……


「私は後者です。確かに儲けれるかもしれませんが、そんな不確かなところに商品を運ぼうという気にはなれませんな」


 まぁ、駆け出しの商人が大きく稼いでやろうと思って、前者のような商売をするのは大いにありだろう。失うものは身一つ。何の責任もない。だが、大店の商人となるとそうはいかない。奉公している人や得意先に対して責任を持たねばならない。必然的にリスクの多い商売はやりにくくなってしまうものだ。祖父が大きくした商会を受け継ぎ、守らなければならない父としては、後者に寄った考え方にあんるのは致し方無いことだろう。だが、この話は、どちらの商人が劣っていて、どちらが優れているという話ではないのだ。


 祖父の言ったように、商機をとらえるうえでの考え方、ある種の商人としての適性を見るものともいえるだろう。


「こんな話をするということは、馬の無い国でならば馬は売れると思ってるようですね、ウィル君は」


 デレクさんからの一言に、私は大きく頷く。当然だ、そう思っているし、そうなってくれれば非常にうれしい。デレクさんにとっても、馬具を売る先が増えるという願ってもないことだろう。


「はい、そういうことです。上手く広がってくれれば、そこから得られる利益も馬鹿にならないでしょうし、農作業の効率や、商品や情報を送る手間も、今までの牛車や船なんかより効率的になると思うんです。それに軍隊も、農馬とは言え、馬の扱いに慣れた人が多少なりとも入ってくれれば便利ですよね? マッカローさん大陸では大陸では農作業とかにも馬を使ってるんですよね?」


 ここで、マッカローさんにも賛意を求めるべく、話を振っておく。騎兵が兵科としてある国だ。きっと農作業にだって馬を使っているだろう。


「使ってますねぇ、よくよく考えてみるとフレティアって国が異常なのかもしれませんね。大陸で、あそこまで広まってるもんを使わないなんて」


 マッカローさんの素朴な疑問に、父が考えながら答える。


「それは…… 必要なかったのかもしれません。村と町のつながりはそもそも希薄で、よその土地まで旅をするなんてことは、あまりしないですし、するとしてもゆっくりと歩くか、牛車を使います。商人も何か大きな荷物を運ぶと言えば、牛車か船です」


 必要なかったから、広まらなかった。おそらくその通りなのだろう。もともと役畜には水牛がいたし、速さという利便性も、特に問題はなく、苦労を払ってまでやる価値はないと判断されたのだろう。何かしらの変革に必要なものは、内からの改革か、外からの外圧だ。それが無ければ変わることはない。そう考えるとフレティアという国は、怠惰で幸せだったのだろう。


「ふむ…… ワイルダー殿一つお聞きしてもよろしいですかな?」


 先程から何か考えてい風であった、祖父がワイルダーに話しかける。


「もし、王都からここヴァールまで、良い馬で全力で駆け抜ければ、何日で着きますかな?」


「道中の村々で替えの馬が用意されているのを前提として頂けるのなら、4日で駆けれるでしょう。街道がもっと整備されていれば3日」


 速い! 早船ならば天候を加味して6日から8日だ。比べて考えると恐ろしく速く感じる。


「では馬車では?」


「荷によりますが、私達のように、人と旅道具だけでしたら、16、7日程度かと」


「速いですな、従来よりも3日は早くなる。 ……どうですかね、フレティアの民に馬は受け入れられると思いますか?」


 核心的な疑問ではあるが、果たしてそれをワイルダーがどうこたえるか。


「それは私には分かり兼ねます。専門ではありませんので」


 そりゃそうか、この見るからに頭の切れそうな鉄面皮が、確証もないのに安易な発言をするようには思えない。


「そうですか…… では、水牛と比べて馬はどうですかな? 馬車を引く力強さだとか、速さだとか……」


 祖父は判断材料を増やす為だろうか、ワイルダーを質問攻めしようとするが、デレクさんがそれを止めに入る。


「先生、そうやってワイルダーさんから、百聞を得るのも悪くは無いと思いますが、ここは一度見て見ればよろしいかと」


「というと?」


「商売のタネを撒こうと思いましてね、そうですね…… 七頭につき一頭、こちらから送らせていただけますか? 大口の取引をしていただけるお礼ということで」


 思わぬ助け舟だ! 確かにこんなところで話し合いをしたところで、農馬がフレティアで必要かどうかなど分からない。実際に持ってきて、使ってみることでその真価が分かるというものだ。あぁ、どうしてくれようか…… まず、裏の畑を田起こしの要領で耕してみるか…… いや、近場の農家まで持っていって農民に使えるかどうか見てもらい、使えるかどうかを判断して、その評価を踏まえて父に評価してもらう方がいいか…… あぁ、現物が手に入るというだけで、やれることが泉のように湧いてくる。こんなことならば最初から試験的に2、3頭だけ、一緒に持ってきてもらいたいと、お願いすればよかった。そうすれば、ここまで回りくどい話をせずに済んだのに……


「おぉ…… おお! いいのか、デレク君!」


 祖父もとても喜び、驚いている様子だ。祖父も私の実験に付き合ったくらいだから、農馬がどれほどの働きをするか気になっているのだろう。それにしても、デレクさんも太っ腹なものだ。この人がこうも好意的な態度を示すというのは、何か裏があると勘ぐってしまうが……


「ええ、ウィル君の言うことには理がありますし、成功すれば大きな商売になりそうですからね。そうですねぇ…… 馬具と馬耕用の農具、小さいですが馬車とハーネスも付けましょう。存分に使って、試してみてください、フレティアで広まるかどうかを」


 あぁ、なるほど、分かってしまった。確かに善意もあるかもしれないが、この人、私たちに商品の市場調査をさせる気だ。まぁ、それでもいい。どうせ、どんな形で輸入したとしても、それはせねばならないことだ。


「ありがとうございます。デレクさん、それでは具体的な買い入れの頭数を決めていきたいのですが……」


 父は仕入れる馬種が決まったと見るや、具体的な話にまで持っていくようだ。乗り気な祖父、専門家二人に仕入先、それらが揃っている今夜のうちにすべてを決めてしまう算段のようだ。


 願わくば、我が家の財布が許す限り、多くの馬を仕入れてもらいたいものだ。


 それから、色々と商談はまとまっていったようだが、ほとんど覚えていない。幼さ来る眠気というのもあるだろうが、馬の活用法…… それについてとめどなくアイデアが湧いてくるのだ、それについて考えては行き止まり、また考えては行き止まる、あぁ、ここに紙とペンがあれば傍目も気にせず書き記していたことだろう。私は最終的に、眠気に耐えれず船を漕ぎ、それに気づいた祖父に呼ばれた使用人の背に身体を預けると同時に、ぐっすりと眠ってしまった。






新しい入力補助機能とかいうの使いやすそう。 でも|と《》を使わなくていいと考えるとちょっと寂しい

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