第二十話 軍馬と農馬 前編
フレティア歴 274年 10月31日
フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸
夕方に商館より変えってきた父と、祖父、そして私と客人である、ガス・ワイルダーとイーデン・マッカローの二人を招いての夕食の後、私は父に応接間へと来るようにと告げられた。
何か説教を食らうようなことでもしたかなと、考えながら応接間には先程食事を一緒にした四人と、いつの間に駆けつけて来たのか、デレクさんが椅子に腰かけくつろいでいた。
「やぁこんばんは、ウィル君。今日は君の提案のおかげでこの席に呼ばれてしまったよ」
デレクさんは茶化すように部屋に入った私に語り掛けた。私のおかげ? 一体全体どういうことだろうと考えながら、応接用の豪華な椅子の横にちょこんと置かれた小さな丸椅子に腰かけると、、祖父が何やらニコニコして今回の集まりの趣旨を説明しだした。
「ウィルも来たところだし、始めるか。ワイルダー殿とマッカロー君は長旅で疲れているところを申し訳ない。ウィルとロレンス知っていたと思うが、以前よりフォード商会の方で、王宮や貴族、軍に向けて馬を取り扱ってみようかと考えがあったようでして……」
何やら軍という言葉に少し力がこもっていたが、なるほどそういうことかと合点がいく。おそらくこの二人は将来的に、大事な顧客、あるいは顧客の意思決定にかかわってくるのだろう。その証拠に、この話を聞いた途端、なぜ自分がここに? といった表情をしていたワイルダー、イーデンの二人は合点いった様子だ。その様子を祖父は満足げに眺めながら話を進める。
「それでご存知の通り、うちの商会は木材とその加工品を中心に商っておりましてな、それらと交換で仕入れてもよいのですが、何分いい値段でしてな……」
「そのいい値段で仕入れてもらっても、うちの商会としては一向にかまいませんよ、先生」
デレクさんが楽しそうに祖父の話を遮ると、祖父は笑いながら困ったような顔して見せた。
「それはないなぁデレク君、あんな仕入れ値じゃうちが捌くときに、そこらの貴族ですら買えない値段になってしまうよ」
「それは仕方ありません。馬を船倉に押し込めてフレティアまで持ってくるとなると、途中で死んでしまうのも出てきますのでそれを踏まえた値段です」
なるほど馬の値段が高いとは聞いていたがはそういう訳か、どおりで奴隷との交換なんて馬鹿げた話も出てくるわけだ。
私がそう考えていると、祖父は小さく咳払いし話を続ける。
「まぁ、そういう訳でこのままでは商売にもならんわけで…… そんな時、ここのウィルがいっそのことフレティアで繁殖させてみないかと言い出したわけす」
間違っちゃいないが、こんな子供を捕まえて商売のアイデアを出したと言わ無くてもいいんじゃなかろうか…… ほら見ろイーデンとかいう軍人さんは苦笑いでこちらを見てるじゃないか。
「はは、さすがは旦那のお孫さんだ、高くて買えなきゃ自分で増やせばいいってのは、理にかなったことですねぇ。ですが旦那、馬ってのはポンポン子供を産んで鼠みたいに増やすってのは、できないもんですぜ」
素人考えを専門家の前でさらされるというのは、人によってはこの世で一番恥ずかしいことだろう。私にとっても一番とはいかないまでも、かなり恥ずかしいことには違いない。この身が子供であるということに感謝できる数少ないことは、こういった羞恥心が多少なりともましであるということと、周りも批判などせず、せいぜい子供の戯言と気にしないでいてくれることだろう。
私が子供にしてはいささか過分な羞恥心を感じていると、助け舟のごとく父が手元にあった、何やら資料のようなものをめくりながら、祖父に代わって説明を始める。
「確かにその懸念は最もなことですが、どうやらそうも言えないようです。ウィルに言われてから商会の伝手を使って色々と調べてみたんですが、南部の貴族の領内では小規模ながらも繁殖を行っているようです。何でも領主があまり手を付けてないため小規模にとどまっているようです……」
初耳である。何やら馬について調べているということは聞いてはいたが、フレティアで繁殖しているということまでは聞いてはいない。
「何でも元はエイウスの貴族から送られた農業用の馬だったようで、我々が思い浮かべ、求めるような大陸で勇猛に戦うような軍馬には向かない種のようです」
馬は馬でも繁殖しているのが農業馬であれば、この国の需要は満たせない。馬が買えるような富裕層が欲しているのは、乗馬に適する大きな馬だろう。そうでないならもうとっくに、南部の領主なり商人なりが資金を投入して、大規模に繁殖させているだろう。
「まぁ、農業用の馬と言っても馬は馬です。大規模にやったとしても我々でも出来るでしょう」
祖父が素人特有の無責任な言葉を発すると、、馬に深くかかわっていたのだろう二人は、ともに困ったような顔を浮かべる。
「そう言いましてもねぇ…… そもそも軍馬と農業馬じゃ根本が違うというか、何というか…… ねぇ、隊長」
「そうです。農業馬や輓馬は粗食や少々の扱いの不手際にも耐えますが、軍馬は体格も大きく俊敏さや持久力、そして何より甲冑を纏った騎士のような大重量にも耐える馬で、農業馬のような粗末な扱いはできません。飼育、ましてや繁殖となると…… 農業馬とはほとんど別種と考えて頂きたい」
どうやら、マッカローは気さくに話すのは得意な様だが、詳しく説明するというのは不得意のようだ。その代り、ワイルダーは求められない限り口をあまり開かないが、詳しい説明となると得意な様である。この二人は中々良い組み合わせのようだ。
「どちらの馬でもリンメル商会ではご用意できますよ。軍馬に関しては少々値は張りますがね」
今日はなんだかえらく商売熱心だなぁデレクさんは…… 私が実際の商談をするときのデレクさんをあまり見たことが無いからかもしれないが、どことなくそのような印象を受けた。
父と祖父の顔を見てみると、二人ともひどく難しい顔をしている。大店のフォード家だとしても多くの資本を注入するのだ、迷うのは無理もない。もともとは私の発案とは言え、知らぬ間にここまでの大ごととなっていたとは、それにしても父がここまで調べ上げ、デレクさんと繁殖馬の輸入の算段までつけていたとなると、かなりとんとん拍子で話が進んでいると言っていい。
そういえば以前、父と話した時には繁殖に必要な人材についても色々と話したと思うが、それについてはどうなっているのだろうか?
難しい顔をしている父の顔を、少しほぐしてやろうと思い質問を投げかけてみる。
「そういえば父上、馬の話ばかり進めていますが、それに必要な人材については何とかなったのですか?」
「ん? あぁ、それについてはだなぁ……」
「人材についてもリンメル商会が紹介します。雇用の条件についてはフォードさんの方で別途相談願いますが……」
なるほどサービスも充実といったところだろうか、それにしても一応、特殊技能ともいえる技術を持つ人材がそう易々とフレティアという片田舎まで来てくれるのだろうか? それが懸念だが。
「リンメルさん? で、よろしかったですかね? 先程から聞いてますと、何でもかんでも請負っているようですが、調教師なんかに関しちゃ、王室内厩舎の調教師とまでは言わないまでも、軍馬の調教を経験している奴じゃねぇと、使いもんにならねぇと思いますぜ」
マッカローも私と同じような懸念を持っているようだ。デレクはこの質問に対しても余裕尺尺といった様子で答える。
「マッカローさんのご懸念は最もですが、ご安心ください。エイウスの親しい商会に馬を主に扱う商会があります。そこを紹介しましょう」
自信にあふれた言葉にも、マッカローはまだ少し不安そうであった。どうやらマッカローは自分がこの商談に呼ばれた理由を、馬の知識に乏しい自分たちを助ける、一種のブレーンとしていると認識して、それを遂行しようと努力しているようだ。そうだとするならば、かなり熱心にこの商談に臨んでくれている。
「信頼できるとこですかい?」
「勿論です」
訝しむマッカローに対しても、自信ありげに答えるデレクさん、この自身はいったいどこから来るのだろうか? この態度に対して、マッカローはある意味、核心を突いた疑問を呈す。
「ならいいんですが…… エイウスの商人のあなたが、至れり尽くせりでフレティアの馬の繁殖に手を貸そうとする理由をお聞きしても?」
「先生とのよしみからの善意、と言いたいところですが、それでは商人失格ですね。馬と長年触れ合ってきたマッカローさんたちならわかるとは思いますが…… 『良い馬具は名馬よりも価値がある』これでどうです?」
何かの比喩だろうか? デレクさんの言葉を聞いた途端、「あっ!」とした顔を作ったマッカローは、全てを理解したという様子でほくそ笑む。
「あ~、なるほどそういうことですかい、それなら合点が行きやした。商人って人は、まどろっこしい金の稼ぎ方をするんですなぁ」
「それが商人という人種ですので」
自分だけわからず話を進められても堪らないので、デレクさんに聞いてみると、マッカローが先に答えてくれた
「デレクさん、それはどういう意味で?」
「坊ちゃん、鞍とか轡なんて馬具は、馬ほどじゃあありませんが、中々いい値段しましてね。おまけにありあわせの安い鞍を使うと尻が痛くなっちまって…… まぁとにかくいいのをそろえなきゃいかんのですよ。リンメルさんはそれを売って儲けたいんでしょう?」
マッカローの説明は正鵠を射ていたようで、デレクさんは笑顔だ。
「ご名答です。うちの船も限られてますので、船倉を多く取る馬を運ぶよりは、その馬具を商った方が何かと儲かりそうですしね」
「なるほど…… マッカローさん、ありがとうございます」
私がマッカローさんの方を向き礼を言うと、なんだか照れくさそうにして答える。
「はは、坊ちゃんにマッカローさんか、なんだかなぁ……」
どうやら、五つの子供にさん付けで呼ばれるのがむずがゆいようだ。
人材についての問題が解決しだしたところで、祖父が話を進め始める。
「それではワイルダー殿にマッカロー君、フレティアでの軍馬の生産について、特に問題はないですかな?」
祖父が専門家二人に意見を求める。
「あっしは、調教されてない暴れ馬をあてがわれる様な事にならなきゃ、大丈夫だとは思いますがねぇ。隊長はどうです?」
「それについては同意見です。よく教練された温厚な馬なら、素人でも乗りこなすことが出来ます。飼料などについてもフレティアなら調達は難しくないでしょう」
肯定的なようだ。馬の飼料についても不安はないとのことではあるが…… 何か引っかかる。もう一点何か付け加えれば、もっとこう…… 何か副次的な利益を生み出してくれるような気がしてならない。
「問題はないということですな、それならば軍馬に向く馬のつがいを輸入して繁殖することになりますが、牡牝何頭づつがぐらいが……」
決まりそうだな、まだしっかりと考えはまとまってはいないが、後から騒ぎ立てても迷惑だろう、今のうちに言っておこう。
「……少しお待ち頂いても?」
待ったをかけると、父は何やら心配そうな表情に、祖父とデレクさんは少しうれしそうな、そして専門家二人は少し迷惑そうな顔をしている。
「どうした、ウィル?」
「また何か面倒なことでも思いついたか」とでも言いたげな顔で父が話しかけてくる。私は考えを少しでもまとめるため、大きく間を置いてこくり、と頷くと、ゆっくりと龍に目を書き足すために話し始める。
執筆速度を上げねば……
10月27日 タイトル修正




