第十六話 とどのつまり酒となる
フレティア歴 274年 10月20日
フレティア王国 王都 もぐら亭
陽は完全に沈み、欠けた月がひょいと、どこか面白げに北の遠い山の峰から顔を覗かせている。
陽は落ちたとはいえ、このフレティア王国で最も尊い方の御座す都の大通りでは、夜を知らぬように軒を連ねる店から煌々と明かりが漏れている。
そんな大通りから脇道にそれて、少し行ったところに宿屋を兼ねた居酒屋「もぐら亭」はあった。外見はお世辞にも立派とは言えず、雨風で朽ちた看板を掲げ、ぼろぼろの格子戸から光が漏れ出ている。もし、陽が上がっている時にその佇まいを眺めることができれば、一階と二階の境目あたりから右に少し傾いていることが見て取れるだろう。
外見がそのような有様なので店の中も似たようなものである。日々しっかりと掃除されているのであろう、埃や汚れは目につかないが、朽ちかけた壁板や、立てつけが悪く給仕が通るたびにぎいぎいと音を立てる戸など、隠すことの叶わない個所からその年季の入りが至る所に見受けられる。良く言えば歴史のある、悪く言えばうらぶれた店である。
そんな店なので客も日雇いの人夫や若い職人、稼ぎの少ない商人、下級の官吏など少々血の気の多い者がどうしても多くなる。見渡してみれば、料理場に近い場所のテーブルにたむろする荷運びの人夫らしき客達は手元の肴に「塩が効いてない」と悪態をつきつつ酒をちびちびとやっており、入り口近くの髭を蓄えた職人風の客は杯を掲げ、酒焼けした声で給仕の娘に酒のお代りを催促している。
彼らの粗野に酒を楽しむさまは何かの慶事を祝うというより、不景気という世情から逃れ、どこか憂さを晴らしているような印象を受ける。
このような庶民が世俗から逃れに来るための店には似合わない、身なりの良い紳士然とした客が二人、店の暖簾をくぐって入ってきた。客の幾人かがその姿を訝しげに眺めていると、その二人に気づいた若い給仕が、その姿に少々戸惑いつつも空いたテーブルに案内しようとするが、奥から出てきた年嵩の給仕に遮られた。
年嵩の給仕は若い給仕に一言告げ、追い払うと愛想のよい笑みを浮かべ、店の一番奥の戸を開け個室に二人の客を案内した。
奥の個室も、年季が入ってはいるものの手入れは行き届いており、壁には花が活けられている。二人はテーブルを挟んで六つ置かれた椅子の内二つに向かい合うように座り、机の上に置かれたややぎこちない字で書かれた品書きを手に取ると、迷うことなく肴を四、五品と酒を頼むとともに心付けだろうか給仕に銀色の硬貨を手渡した。
それを受けっとった給仕は笑みを一層深めながら、注文を復唱し「すぐお持ちしますね」と、愛想よく部屋から出ていった。
部屋に残された二人の紳士の一人、フレティア王国財務総監のクライブ・ベル伯爵は前に座るもう一人の紳士、フレティア王国国務卿ビル・ホリング侯爵に部屋を眺めながら懐かしげに語りかける。
「やはり落ち着きますなここは、昔と変わらない」
「ああ、私達が若い頃からここは変わらない。最も若い頃、恋い焦がれた給仕は随分変わっていたようだがな」
「はは、全くですな、面影は残っていましたが向こうから話しかけてくるまで誰か分かりませんでした。全く時の流れは残酷ですな」
「……本当に残酷だ、彼女にとっても私達にとってもな」
うらぶれた居酒屋の奥で昔話に花を咲かせる二人の紳士がこの国の財務総監と国務卿だということは誰も思わないだろう。ワイアット侯爵の私邸を出た後、ホリングの提案で二人で若い頃はよく通ったこの店に寄ることになったのだ。
部屋の中を再び懐かしそうにそうに眺めまわした後、やや真剣な表情でベルはホリングに話しかける。
「『この国を一つに』そう、閣下はおっしゃられましたが、そのような気概が今の私達に残って言いますかね? 正直なところ、私はもうほとんど無くしてしまったように思えます」
「私もだよ。いや、無くしたというより、忘れてしまったというのが正しいのかもしれない。覚えているかい、閣下がここを訪れたことを?」
「勿論、覚えています。確かあの時は何年か振りに雪が降った寒い日でしたね。私たち以外にもハマートンとケンドールもいましたか、まさか閣下自らがこんなところにいらっしゃるとは……」
ベルは真剣になりつつあった顔を再び緩め感慨に耽っている。対面に座るホリングも頬を緩めながら、その様子を見つめた後、瞑目しつつ呟くように話し出す。
「……ここに来ると思い出す。あの日語り合ったことを、閣下は今と変わらずこの国を一つにをと、私は誰もが変わらぬ幸福な生活を、君は確か飢えることのないことのない国だったかな、ケンドールのことはよく覚えている。誰でも毎日酒が飲める時代だったか、全く彼らしい」
やや、顔をうつむけ、目を細め、昔のことを思い出しながらポツリポツリと言葉を紡ぎだすホリングの様にベルはしきりに頷きながら聞き入っている。
その様子をちらりと窺ったホリングは、何かを決心したような面持ちで、ベルをしっかりと見据え語気を強めながら話し始める。
「私は思うんだ、多少の制限はあるとはいえこの国を動かせる立場になったんだ、そろそろ昔の夢のために動き出してもいい頃なんじゃないかと、今日の閣下の言葉にどのような真意があるかは分からないが、その言葉をそのままに受け取って動いてみようじゃないか。どうせ尚書部のせいで大きく政局は動くだろう。ここで一度、国を一つにするためにも我々も働いてみようとは思わないか? 昔の夢をまた追いかけよう!」
普段あまり語気を強めることのない、ホリングの感情を込めた話にベルは驚きつつも、その話の内容の持つ意味と返答をじっくりと考える。
(ホリング卿がいうことはおそらく本心からだろう、閣下に対する忠義は本物だ。問題はどこまでやれるかだ、中途半端に事を成せば事態が更に悪くなる。上手くやれるだろうか)
ベルの考えが至る前にやや控えめなノックの後、扉が開かれ先程の給仕が片手に酒と肴を乗せた大き目な盆を持ち入ってくる。手慣れた様子で給仕が皿を二人の前に並べているとホリングが給仕に声をかける。
「たびたびすまない、何かこってりしたものが食べたくてね。おすすめはあるかい?」
「それなら今朝、新鮮な牛の腸が手に入りましたから焼いて、ほかの皿と持ってきますね」
「腸か、良く脂がのってるところをたっぷり頼むよ」
「はい」と、気持ちの良い返事を残し給仕は部屋から出ていった。
ホリングは口の傍が汚れるのも気にせず鶏肉の串焼きを頬張り、蒸留酒を果汁で割った酒を口に含み、
飲み下すと「ふぅ」一つ溜息を吐いて、嬉しそうに口を開く。
「こういうのは最近、食べてないからね。いやぁ美味く感じるよ」
年甲斐もなくはしゃぐ、目の前の中年の男性からは、何か驚くような秘策を持っているようには見えない。元々、このホリングという男は謀略だとか政争だとかそういった|謀<はかりごと>や争いにはどちらかというと向かない、温厚で人間味溢れる人間だとベルは考えている。
国務卿という地位に就いているのも、その温厚な性格をワイアットに買われ、工部局や地方局、農務局などの権限の大きく、癖の強い部局の調整役を期待しての抜擢である。
勿論、人格だけで判断したのではなくホリングもベルと同じく王立学院を優秀な成績で卒業した秀才だ。ワイアットとの会談では不覚を取ったものの、その才能はベルも認めるところである。だが、やや押しの弱いように思える彼が、大鉈を振う必要が求められるような難事業に必要な策を持ち合わせているのだろうか? それがベルの疑問であった。
ベルは手元の米からできた濁り酒を、しばしじっくりと眺めた後、一気に呷る。口に残る独特の酸味を楽しもうともせず、形を正しホリングに質問をぶつける。
「ホリング卿、何か策はあるのですか? この国を一つにできるほど壮大で、効果的な策が」
ホリングは食事の手を止め、口元をニヤリと吊り上げ、よくぞ聞いてくれましたといった様子だ。
「まぁ、そこまで大層なものじゃないが……、喫緊の問題。少なくとも尚書部の件で文句を言ってくる連中は黙らせることができるし、上手くいけば食糧事情と失業問題も改善できる。だが、それをやるには君の協力がどうしても必要なんだが……」
「協力が必要」という言葉にベルは何か嫌な予感がして、反射的に、かつ冷淡に言葉を遮る。
「金ならウチにもありませんよ」
にべもない言葉に、ホリングは驚いたように目を開き、きょとんとした後、がっくりと肩を落とし、困ったような表情になる。
「まだ本題にも入ってないんだがその言い方はないんじゃないか? まぁ実際、君の予想通りなんだが…… どうしても駄目かね?」
「無い袖を振ることはできません。駄目なものは駄目です。……ですが、後学のため、その策をお聞かせ頂いても?」
ベルの言う通り財務庁、というよりフレティア王国の懐事情はお寒い限りである。これがワイアット曰く「財政の詩人」と称され、公私共に倹約家であるベルが財務総監の椅子に座っている一つの理由でもある。
「はぁ」と大きな溜息を吐き、渋々といった様子でホリングは手元の陶杯を嘗めつつ話し始める。
「なに、うるさい連中はしばらく王都から離れていただこうと思ってね」
離れるという言葉にベルは違和感を覚える。尚書部の件で声を上げるだろう官吏の数は膨大なはずで、左遷するにも、それだけの椅子を用意するのは無理だろう、かといって中途半端な左遷では更に下が硬直化するだけだ。
「離れていただくというと? 何か当てがあるので?」
「実は先日、工部と農務の若いのが、連名で私の所に面白い計画書を持ってきてね。題は『フレティア北西部の大規模開拓事業概案』だったかな? 随分と壮大で若い計画だったよ。それを懐具合に応じて、手直してやろうと思ってね。まぁ、左遷された跳ねっ返りの強い連中が、やり遂げられるかどうかは、神のみぞ知ると言ったところだがね」
フレティア北西部の大部分は未だ手付かずの自然が多く残る未開の地である。その理由としては、建国時の首都が南部であったことを初め、南のエーオシャス大陸との貿易が不利であること、水稲に適する土地の少ないことなどが挙げられる。
建国から二百年ほど経った今でも、幾つかの人口1,000人ほどの町を中心に小規模な農村が点在し、フレティア王国の総人口の約5%ほどしか住まない地域だ。
ホリングの言うように、この地域の開拓を行うには、実に膨大な人員が必要となるだろう。そして、これが成功すればフレティアの余剰人口問題と食糧問題を解決することが出来る。だが、ベルの言うように非常に金の掛かる事業であることは自明である。今のフレティアではその大金を捻出するのは、たとえ天地がひっくり返っても無理なのは、この国の財布を預かるベル自身、よく知っている。
ベルは手酌で酒を注ぎながら、未だ不満げに陶杯を嘗めるホリングにやれやれ、といった様子で言葉を投げかける。
「新たな財源を作れば、出来ないことはないですよ。まぁ、そんな大金を集めることのできる徴税対象や収入源はそう転がってないでしょうが……」
それを聞いたホリングは別段反応することなく、陶杯を眺めながら「財源…… 財源かぁ…… 財源ねぇ」と、心ここにあらずといった様子で呟く。
肝心の話し相手のホリングがこの様子なので、聞き手に回っていたベルは窮する。しばしの沈黙の後、ベルが沈黙を破る。
「それで、その開拓事業の後は何をするのですか? まさかそれだけで終わりということはないでしょう? この国を一つにする策とやらがあるんでしょう?」
相も変わらず、陶杯から目を離さずに心ここに在らず、と言った様子でホリングは答える。
「……地方貴族の連中の一部でも中央の椅子を餌にこちらに引き込み、この国の貴族の中で多数派を取れば後は、どうとでもなると思わないかね?」
上の空で、何処か舌足らずなホリングの説明でも、彼の言わんとすることはベルにはすぐ理解できた。
この国の農民のほとんどが困窮しているのだから、彼らを統治する貴族も当然、困窮している。それが収入の大半を農民から直接得る地方貴族であれば言わずもがなだ。彼らが生まれながらにしての貴族という地位を捨て、一代のみながら安定した収入を得られる法衣貴族へと鞍替えを望むものは、そう多くはないであろうが一定数はいるだろう。
数は少なくとも、十分だ。宮廷・法衣・地方貴族の拮抗した状況を打開し法衣貴族優位へと一気に傾く、一度傾けば流れは此方に回ってくる。主導を握ればこちらの好きなように、政治的に粛清するなり、首輪をつけて飼い慣らすなりできる。法衣貴族主導による中央集権体制の完成だ。
少々禍根は残るとは言え、国をひとつにすることができる。舵取りを誤らなければエイウスにも、大陸諸国にも負けない強国へと、フレティアを育てることが出来る。
だが、それも叶わない。金がないのだ。
ホリングの言葉を理解したベルは「ふぅ」と大きくため息を着くと、蟀谷を押さえながら、思案に浸る。金策を考えているのだ。
これ以上疲弊した農民たちから税を搾り取ることはできない。裕福な商人達も新たに税を取り立てようものなら、反乱も辞さないだろうし、それ以前に彼らは宮廷貴族や一部法衣貴族とズブズブだ。彼らが反乱を起こす前に内部から反発が起きる。
ならば宮廷、又は国の財産を売り払う? 駄目に決まっている。宮廷貴族の格好の攻撃材料になるし、何より陛下の不興を招く。ならば他国からの借款? 大陸諸国とあまり交流のないフレティアにとって相手は消去法で隣国のエイウスとなる。この国の経済はエイウスに大きく依存している。それが債権国となれば主権が危うい、不渡りでも出せば、なんだかんだと言って開拓事業に口を出し最悪、領土を切り取りにかかるだろう。論外だ。
ホランドの策が良いものだけに、諦めきれないベルの脳内では、幾つもの金策が浮かんでは消えていく。
ふと、目の前のホリングを見ると、上の空だった先ほどとは打って変わり、鋭い視線で陶杯を眺めている。ベルの視線に気づき、真剣な口調でベルに質問をぶつける。
「ベル君、確か酒類は徴税対象にはなっていなかったね」
「え、ええ今のところなっていませんし、なる予定もないはずですが……」
ホリングは此れはしたりといった様子で膝を打ち、興奮した様子で話を続ける。
「ならば、酒に税を掛けよう! それを財源にすれば、なんとかなる! 北西部の開拓事業が出来る!」
今にも立ち上がらんばかりの勢いで、唾を飛ばしながら話すホリングに気圧されながらも、彼をなだめながら、浮かんでくる疑問のいくつかを投げかける。
「まぁ落ち着いてください、そもそも酒だけでそこまで多くの税収を期待できるでしょうか? それにここみたな居酒屋や酒造業者達の反発も無視できませんし……」
ベルの言葉に少し恥ずかしそうに頭を掻きながら、椅子にしっかりと座り、改まって質問に答える。
「確かに、税収に関しては、未知数だな君たちの所で調査してくれないか? なんならウチからも人員を出そう。反発に関しては、高騰する穀類の価格調整のためとでも言っておけばいいだろう、実際上がっているんだから、文句を言うような奴が文句を言われて然るべきだ。あくまで貧困層救済のための政策として行えばいい。それに、上がった税収は食料の増産に使われるんだ、長期的には彼らの利にもなる。文句は言わせないさ」
どうやら、今まで陶杯を上の空で眺めていたのは、酒について考えていたようである。……いや、税についてというべきか。さておき、ベルはホリングが言うことは中々、理にかなっているように思えた。
(……本当にやれるのか?)
ベルが考えに耽ると同時に、先程と同じように控えめに扉がノックされ、食欲をそそる獣脂の香りとともに給仕が入ってくる。給仕は先程と違い年嵩の給仕から若く、細身で金髪の給仕に変わっていた。
給仕の顔をよく見ると先ほどの給仕とよく似た、どこか懐かしく、愛嬌のあるそばかすが目立つ少女だった。
ホリングもそれに気づいたようで、皿を並べる給仕に、少し遠慮げに声をかける。
「ありがとう、……もしかして君は」
「はい、娘です」
ホリングの言葉の真意を察したのであろう給仕も、少々遠慮がちに答える。
「やはり娘かぁ、どうりで懐かしいと思った。いやぁ、若い頃のお母様によく似ておられる」
いい大人二人が、若い少女をしげしげと見つめているためか、給仕は顔を赤くし、やや顔を俯き困ったような顔をしている。この様子を見てベルは、どうやら、あの年嵩の給仕がいらない節介焼いたのではないかと邪推してしまう。まぁ実際そのような事はなく、彼女が客商売には似合わず内向的な性格なためなのだが。
彼女がそのまま黙ってしまったので、少しの間沈黙が訪れてしまう。その為、ホリングは何か話題を作るためか、彼女に話題を振る。
「それにしても、最近は物価が上がっているようだが店は大丈夫かね? 酒の値も上がっているようだし」
急におかしな話題を振ったせいか、少し驚きながらも、少女は答える。
「いえ、そこまでは。確かにお酒の値段は以前より上がっていますけど、売上は少し上がっているくらいです」
「上がってる?」
ホリングは少し眉をひそめ聞き直す。
「はい ……多分皆さん、色々とお酒を飲んで忘れたいんだと思います」
少女は少し考えながら答える。その答えに納得したのだろう、ホリングは懐から硬貨を取り出しつつ、少女に礼を言う。
「ああ、そういうことか。うん、面白い意見が聞けたよ。これはつまらん話に付き合わせた礼だ、取っておきなさい」
少女は慌てて首を横に振り硬貨を受け取ろうとはしない。
「そんな、そんなに沢山頂けません!」
その様子にホリングはしつこく渡そうとする。
「まぁまぁ、こういうのは受け取っておくものだよ。理由はお母様にでも聞いておきなさい」
つまりは、他言無用ということである。少女もなんとなく察したのだろう折れて、硬貨を受け取る。
「は、はぁ…… そういう事でしたら、有り難く頂戴します」
「うん、若い子が遠慮しちゃいかんよ」
ホリングは満足げに、手を取って硬貨を渡し、更に年甲斐もなく、手を振って部屋から出る彼女を見送った。ベルはその様子を見て「このスケベ親父」と心の中で呟く、これが今まで目の覚めるような策を披露していた男かと、頭を抱えたくなる。
「なかなか、可愛い娘だったね。私が後、十歳若かったら、そのまま口説いていたんだが…… まぁ、それはそうと酒の件、彼女の言葉を信じれば、かなり大きく出てもいいんじゃないか?」
「…………酒に関してはこれからの調査するとして、やるならば、色々と段取りを考えねばなりませんね」
ベルはもし酒税を徴収開始するならば時期は、計画を円滑に進めるためにも、できれば尚書部発足前が良いのではないかと考えていた。財源を手に入れてから行動するのと、手に入れず行動するのでは大きな違いだからだ。そうするとなるとワイアットに伺いを立てねばならない。ベルは今日の出来事を思い出すと、胃に穴が開く思いだ。
ホリングもベルの言わんとすることを理解したのだろう、今までの緩んだ笑顔がやや引きつっている。
「ま、まぁ、先のことは後々考えていこう。閣下もわかってくれるだろう。さぁ、話は大方ついたんだ。今日は飲もう! せっかくの料理が冷めてしまう」
そう言って、ホリングは半ば強引にベルに酌をする。ベルもやれやれといった様子でその酒を飲む。その後は、二人共へべれけになるまで飲み明かし、ベルが再び記憶を取り戻すのは、店の給仕に呼ばれた家人の背の上であった。
財務総監のライブ・ベルと国務卿ビル・ホリングの二人により行われた、この会談というもおこがましい、飲み会が、後にこの国の税収の四割を占めることとなる酒税の始まりとなることは、ここにいる二人は元より、まだ誰も知ることはない。
遅れて申し訳ありません。別に作者が酒を飲んでいて遅れたわけではありませんので何卒ご容赦を。




