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第十四話 嗚呼、本の虫

特に進展はありません。ただの日常回です。箸休めということで。

 

 フレティア歴 274年 10月20日

 フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸


 稲の生育実験が終わってからというもの、私はしばらく、日がな一日読書に耽る毎日を送っていた。前世では、何かしら体を動かすか、本を読むかしないと落ち着かない性分だったため、体を激しく動かせない四歳児としては、必然的に本を読むしかなかった。以前、一度読んでいる本とはいえ、特に飽きを感じることもなく、以前と同じように一日中書庫にこもっていた。


 自分でも、このような毎日が子供の成長に悪いことはわかっていたが、体を動かすにしても、やはり精神年齢70越えでは、一人遊びをする気にもなれず、朝起きて食事が終われば自然と書庫に足が向いていた。


 この自堕落な生活に対して父はもう諦めているのだろう、以前は「外で遊んだらどうだ」とか「畑いじりと読書以外の趣味を見つけたらどうだ」と顔を合わせるたびに口煩く言っていたのに、私と顔を合わせて商会のことについて話す時にも、なにも言わなくなってしまった。ふと、この父の様子を見て、ニートや引篭りの子供を持った父親はこんな心境なのではないかと思い、少し良心の呵責を感じてしまった。


 こんな私達親子の関係を、楽しそうに傍から眺めていたのは、週に一度ほど我が家を訪れるデレクさんであった。ある日デレクさんは、何を思ったのか私に「この国では手に入りにくい本です。よければ呼んで感想を聞かせてください」と、数冊の本を私に手渡して帰っていった。本を渡す時の目に善意以外の何かが見え隠れしていたが、読んだことのない本だったため、とりあえず渡された本に目を通してみた。


最初に読んだ本はおそらく哲学科何かの本だった。おそらくというのは、本自体が非常に難解だったからだ。ただでさえ難解な本を訳した為か難解度が増している。この一冊を読んだとき私は感じとった。


(あの人、また私を試している……)


 デレクさんはおそらくこの数冊の感想で私を測っているのだろう。申し訳ないが、その計測には協力できそうにない。


 なぜなら今、読んでいる本がとにかく読みずらい、ニュアンスが違うとか用語が難しいとかそういう問題ではない。そもそも文章として成立していない。私が辞書を片手に海外の本を訳しても、もうちょっとましな本になるだろう。


 この本は諦めて、ほかの本を開く。ざっと斜め読みしたところ、この本は文章として成り立っているようだ。その題名は『軍事指示書』いかにもといった感じの題名だ。内容は名前の通り軍事書。たとえば「指揮官は天候や、将兵の状態、不注意による失敗、密偵の存在などの諸般の不確定要素に目を光らせ、備えを怠らぬようにすべし」や「兵には号令がかかるまでは攻撃させないようにすべし。隊長は部隊攻撃が整然と、おこなわれるための監督責任を果たすべし」などといった、どこかで聞いたような格言が書かれており、大陸南部の王国の国王が自ら記した本を、大陸西部のザルモティア語に訳したものを更に、フレティア及び大陸北部で使われるシュローニュ語に訳したものだそうだ。もともとが簡潔な文で書かれていたため、細部を除き誤訳を思わせる表現は見当たらなかった。それにしてもこの手の本は、どこの世界でも似たようなことが書いているなだなぁ……。


 このほかの本はというと、数学の本をはじめ、錬金術や鉱山技術の本などおおよそ私には理解できない本ばかりであった。見る人が見れば垂涎の品なのだろうが、生憎と私にはその手に興味はない。一応、読むには読んだが、やはり面白いようなことは見つからなかった。


 本を渡されて、何日かしてデレクさんがニコニコしながら、本の虫となっている私のもとを訪ねてきた。


「相変わらずやっていますね。私の本はどうでしたか?」


 どうといわれても、一冊を除き読んではいるが感想を求められると少し困ってしまう。


「うーん、そうですね。とりあえず、あの哲学書みたいな本は読んでも全く意味が分からず投げました。ほかの本も一通り読んではみなしたが、ほとんどが持つべき人の手元にあったほうがいい本だと思いますよ。なので、特に面白いとは……。 あっ、でもあの『軍事指示書』というのは、中々面白いと思いましたよ。特に、国王自身が隣国すべてを敵に回して戦った時の戦闘経過なんかは史実だけあって臨場感に溢れてました。あの本は軍事書としてではなく、王の伝記として書き直したほうが市民受けして、もっと世に広まると思いましたね」


「あの似非哲学本でしたら意味が分からないのも無理はないでしょう、何せ、私の祖父が辞書も引かずに趣味で訳したものですから。私の祖父の本とはいえ、私も理解できません。原書は良い本らしいのですが……。それを君に渡したのは、まぁ悪戯みたいな物です。それはそうと、やはり『軍事指示書』を気に入りましたか、あの本は軍事ばかりじゃなく商売にも共通することが多いですね、惜しむらくは大陸北部では、ほとんど出回っていないことですね。ああ、その本は差し上げますよ。少し早いですが誕生日なのでしょう? 心配しなくても、家には同じ本が何冊かあるので好きにしてください。興味がない本は持つべき人を見つけた時にでも差し上げてください。そのほうが本も喜ぶでしょう」


 あの本を渡したのはおそらく悪戯ではないだろう。大方、私が適当なことを言ってもすぐ分かるようにするためのダミーみたいなものだろう、もしかしたら『軍事指示書』以外もそうなのではないかと思わせるのは、この人の歳に似合わぬ老獪さゆえか、それとも私の猜疑心ゆえか……。


 そんなことを考えると本来はうれしいはずの贈り物も、どこか不安が見え隠れする。そんな心情を隠し、できる限りの笑みを浮かべつつ礼の言葉を述べる。


「こんな貴重な本をありがとうございます。大切にします。それにしても、錬金術や鉱山技術の本ですか…… これを持つべき人となるとかなり顔を広くする必要がありますね」


「そんなことはありませんよ。案外、必要としている人はすぐ近くにいるかもしれません。特に君の近くにはね。それと、そろそろ外に出たほうがいいですよ。若いうちは体を動かさないと」


 含みのある言葉と至極真っ当な言葉を残して、デレクさんは帰ってしまった。私の近くにこんな本を必要とする人がいるのだろうか。疑問は尽きないがとりあえず今日は、日課の本の虫に戻ることとした。




 フレティア歴 274年 10月21日

 フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸


「ウィルー、あそぼー!」


 昼食を済まし食後の読書に勤しんでいた時に屋敷を訪れたのは、ニコラであった。メイドと剣の佩いた細身の男とともに現れたニコラの口ぶりから察するに、どうやら私の家に遊びに来たようだ。だが、なぜ今頃? 遊びに来るのであれば、稲刈りが終わってすぐでもよかったのではないだろうか。何か裏がありそうだ。


「ニコラ、今日はなんで僕の家に遊びに来たのかな?」


 少しためらうような仕草をしたが、ニコラは答えてくれた。


「うーんと、お父様が「ウィル君が悪い病気に罹っているから治すために遊びに行ってやりなさい」って言ってたから、メイジーとデニーと一緒に来たの」


 ニコラがメイジーとデニーと言ってすぐ、後ろに控えていた二人が静かに頭を垂れる。服装も小奇麗にしていて、礼も失することはない。さすがはリンメル家の使用人といったところだろうか。


 それにしても、大体そんなことだろうとは思っていたが、やはりデレクさんが余計な気をまわしてくれたようだ。確かにこうでもしないと、私は部屋から出ない生活を続けてしまうだろう。それにしても、病気とはデレクさんももっと別の言い様があったのではないだろうか。


「だから早くあそぼー、今日は何してあそぶ?」


 どうやら、今日一日、我が家で遊ぶことは決定事項のようだ。どうせなら、デレクさんの余計な気を汲んでみよう。


「そうだね今日は天気もいいし外で遊ぼうか」


「うん」

 

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