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第十二話 虚栄の砦 前編

 フレティア歴 274年 10月6日

 フレティア王国 王都西部 テスカウェル砦


 王都の西部を流れるティニ河の西岸には王国を守護すべき、フレティア王国軍の根拠地テスカウェル砦がある。この砦の歴史は古く、遡れば建国以前、ジョーセフ・ケンドリックが大陸からの侵略者と戦った折、この地に砦を築きこれを根拠地にしたと言われている。が、恐らくこの歴史は眉唾だろう。ジョーセフの生まれたとされる場所も、侵略者と戦ったとされる地も王都よりもずっと南であるからだ。大方、建国時か建国後に、軍の関係者が自分たちのに箔を付けるために作った伝説であろう。


 この砦の作りも、古臭く、虚栄に塗り固められている。大半の城壁は壁というのもおこがましい、土塁と木板の組み合わせの低い壁で唯一、東部の壁は大陸風の石造りの高い城壁であるが、自分達が守るべき王都の方角から、誰が攻め入ってくるというのだ。要は、国王に対して軍の戦備は十分だ。と示したいのである。


 そして、この国の軍もこの砦と同じように、過去の栄光にばかりすがりの、中身の伴わない時代遅れの集団となっている。そして大半の軍人はこの状況を憂いもせず、自らの俸給を数えることにしか頭にない者ばかりである。


 こういった軍の現状を知ってか知らずか、およそ軍人とは思えない身なりの男を先頭に砦を訪ねた男が二人、門前で足止めを食らっている。


「だから、面会の許可はとってあると言っているだろう。お前たちの隊長には、アンドリュー・フォードが来た。とだけ伝えればいいんじゃ」


「そうおっしゃられても、隊長は訓練中には客を通すなと行っておりますので……」


「ええい、お前も話のわからんやつじゃのう」


 この国有数の金持ちに詰め寄られ、職務に忠実な門番の兵士はたじたじになりながらも、何とか自分の本分を果たそうとしている。アンドリューが先に音を上げるかと思ったとき、門が僅かに開き、そこからまた一段と真面目そうな兵士が現れ、アンドリュー達に告げる。


「アンドリュー・フォード様ですね。隊長がお会いになるとのことですので、どうぞ中へ。隊長は中庭で訓練中ですので中庭までご案内します」


 アンドリューは今まで口論をしていた門番に対して、「だから言っただろう。さっさと入れておけばよかったのだ!」と悪態をついて、付き添いの者と砦の中に入っていく。


「中々、いい兵士ですな。あれぐらい頑固なくらいが軍人には丁度いい」


 アンドリューの付き添いの一人がそう漏らすと、アンドリューは憮然とした表情で、言葉の主に返す。


「ワイルダー殿がそう言うのであれば、軍人としては優秀なのでしょうな。だが、商人の世界ではあんな者は生きてはいけませんな」


「商人の世界がどのようなものかは知りませんが、少なくとも彼は軍人としての才能があるでしょう。それと、私に殿なんていう敬称はいりません、命の恩人からそのようなことを言われては罪人の汚名の他に、恩知らずの汚名まで被らなければいけません」


「そのようなことを、言わずともいいですよ。ワイルダー殿は私達、いや我が国にとって大切な客人ですから」


「そう言われましても、恩人には変わりありません」


 この、アンドリューを命の恩人と言っている男はシュローニュ王国第二騎馬大隊“元”隊長ガス・ワイルダーである。ワイルダーは大陸で起きた、シュローニュ王国とシュロイア共和国との戦いまで、騎馬大隊を率いていたが、その戦いを含め、それまでの度重なる命令違反が、国王の勘気に触れ隊長職を解任。獄中で処刑を待つ身となるはずであった。が、監獄への移送中にワイルダーの元部下たちが隊列を襲撃。ワイルダーは一緒に移送されていた副官のイーデン・マッカローと共に命からがら逃げおおせ、出航間近であった港の船に乗り込みシュローニュ王国から脱出することが出来た。


 と、ここまでは良かったのだが、ワイルダーとマッカローは官憲から逃れるために、船に乗り込んだだけであったため、確たるあてもなく船に乗り込んだのである。困ったのはワイルダー達ではなく船の船長、自分たちでは手に負えないためとりあえず、目的地のフレティア王国まで行き、雇い主であるフォード商会の指示を仰ぐことにしたのである。


 これまた困ったのがフォード商会の面々、現会頭のロレンスを始め、シュローニュ王国に送り返すという意見が大半であったが、前会頭アンドリューが「この者は将来必ず役に立つ。責任はわしが持つから匿ってやってくれ」と熱弁を振るったため、仕方なくこの二人を王都のアンドリューの屋敷に匿っている。


 そして今日の朝、アンドリューから、


「狭い屋敷に押し込めてすみませんでしたな、今日からは存分に働いてもらいますぞ」


 と、言われ目的地も告げられないまま、この砦に連れてこられたのである。


 ワイルダーは内心、不安であった。せっかく部下たちが命を掛けて救ってくれた命をここで、散らしてしまうのではないか、または、祖国に対し仇なすことを強いられるのではないかと。


「それにしても、これから私をどうしようというのでしょうか? 私自身、拾われた身ですのでどうなろうと文句はありませんが……」


「なに、心配はいりません。ワイルダー殿が気にかけているようなことはありません。詳しい話はここの隊長に会ってからということで」


 なんとも要領を得ない返事であるように聞こえる。常に感情をあまり顔に出さないワイルダーであっても、その表情からは不安が読み取れる。


 そんな会話をしつつ、アンドリュー達は兵士に導かれ砦内を進んでいくと、中央部の広い庭に出る。そこでは兵士たちによる訓練が行われていた。


 各所に敵兵を模しているのであろう、藁人形を打ち立て、それを兵士が木剣や木槍で叩いたりつついたりしている。これを行う兵士たちは皆、真剣な様子でこの訓練を行っている。


(なんとまぁ……、まるで、子供の遊びではないか)


 この、粗末な訓練をワイルダーが眺めていると、つまらなさそうな顔をしたアンドリューが問いかける。


「ワイルダー殿はこの兵たちをどう思いますか」


「どう? と、もうされましても……」


 正直に言っていいのだろうか?この児戯にも劣る兵の訓練を……。何とか間を持たせようと、もう一度訓練の様子を眺めると、隅で弓の訓練をする兵が目に止まる。彼らは、大陸の並みの弓兵では、当てられない距離から的を正確に射抜いている。


(まぁ、褒めるところは弓兵の腕ぐらいだな……)


 ほとんど褒めるところのない、兵の唯一の長所を見つけ、それを踏まえて質問に応える。


「些か、旧式な訓練ですが、兵の士気は高く、弓兵の腕は並外れているかと……」


「世辞はいらんよワイルダー殿、ただ一言、こんな古臭い訓練を行っている兵が可哀想だと言ってくれればいい」


「……」


 ワイルダーは別にそこまでのことは思っていなかったが、年老いた商人ですら自分と同じ感想を抱いていることに、少し驚く。


「沈黙は肯定と受け取るよ。大陸の軍人が見てもそう思うだろう? おっ、あれを見てみたまえ、ここの大将がお出でなすった」


 そう言われてワイルダーは差された方を見ると、ほかの兵士たちとは明らかに体躯の違う大男が中庭に入ってきた。その特注的な耳を見ると長耳族エルフなのだと分かるが、並の長耳族エルフと違い、肩幅は広く、体は筋肉の鎧に包まれている。


(戦場で、出会いたくない相手だな……)


 無意識にワイルダーはそう思った。


「あの大男がこの砦の主、そしてこの国の軍の事実上の最高位である王都守備隊の隊長ブレット・ポールソンじゃよ」


 ポールソンが入ってきた途端に、訓練中の兵士達は飛び跳ねるように中庭の中央に集まり整列する。それはワイルダーが知る整列とは程遠い粗末なものであったが、兵士達の士気を推し量るには十分なものであった。


(動きはまだまだだが、士気は十分だ。やはり、訓練の内容が問題だな)


 ポールソンは集まって兵士達に、短く訓示を行うと、解散させ、自分達のところまでゆっくりと近づいてきて、悪餓鬼にような笑みを浮かべながらアンドリューに向かって悪態を飛ばす。


「まだ生きてたか、狸親父。雑草の世話はどうした?」


 悪態を飛ばされたアンドリューも負けずと返す。


「うるさいぞブレット、また大陸に置いてきてやろうか!」


「やれるもんなら、やってみろ。また、すぐに帰ってきてやるがな」


 こんな罵り合いが一通り終わると、ポールソンはワイルダーの方を向き、先ほどとはうってかわって真面目な顔でワイルダーに問いかける。


「貴方がが手紙にあった、大陸の軍人ですかな?」


「手紙にあったかどうかは知りませんが、大陸のシュローニュ王国で軍人をやっていたことは確かです。 ……今は恐らく除籍されていますが」


 ワイルダーの言葉にポールソンは、満足気に頷いた。


「それなら、結構。どうやらこの狸親父が、肝心な説明をすっぽかしている様なので、詳しい話は私の部屋でしましょう。どうぞこちらです」


 未だに状況を飲み込めないワイルダーを尻目に、この男達は喜々として兵舎であろう建物に入って行くのであった。



遅くなりました、前編だけですが更新です。


ご意見・ご感想お待ちしております。

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