閑話 ロメオ・レジアーネ
また閑話です。相変わらず本編とは関係ありません。読み飛ばしていただいて結構です。あと短いです。
今度はフレティア島から遥か西、トラロンダ諸島の都市国家連合の東端にある都市国家ダコーキにある豪勢な屋敷の一室でふたりの男が言い争いをしている。ひとりは齢六〇はとうに過ぎているであろう、白の髪と顎鬚を蓄えたいかにも頑固そうな老人。もうひとりは、線が細く銀髪を短く切りそろえた黒長耳族の男性だ。
「ですから、何度も申し上げているではありませんか。私達の仕事は、そう簡単にできる仕事ではないのです。今更、約束を反故にされては、今までの成果が無駄になってしまいます」
今、声を上げている黒長耳族の男性は、ロメオ・レジアーネ。機械技師として時計などの精密機械の開発を行っている。
「ごじゃごじゃ、うるさい!もうその言葉は聞き飽きたわ!一体わしらがどれだけ待ったと思っている!三年だぞ、三年!あのボッキッディの一番弟子だというから、雇い入れて資金を工面してやったが、もう我慢ならん。お前が今までやったことといえば、商館の時計台を修理したことと、動きもしないガラクタの山を作ったことと、よくわからん薬で、部屋を吹き飛ばしただけではないか!」
そして、怒り狂って怒声を上げているのがルドルフォ・ボルトロッティ。ロメオの雇い主であり、主に高級嗜好品や高級家具などを商う商人である。
「師匠のことは関係ないではありませんか。大体、ガラクタの山と仰られますが、あの中には十分実用に耐える機械も多くあったのです。それを、乱雑に扱い壊してしまったのは、私の責任ではありません」
「いいから、とっとと荷物を纏めて出て行ってくれ。うちにはお前を養う余裕はもうない。手切れ金はお前の部屋の娘に渡してある。これからは何処へでも言ってしまえ」
ルドルフォはそう言うとそっぽを向きロメオに対し、部屋から出て行くように告げる。ロメオはロドルフォが、こうなってはどうにもならないのを知ってか知らずか、仕方なく部屋から出ていく。
部屋を出ると豪華な屋敷の割に調度品の少ない廊下に出る。ロメオはこの廊下をとぼとぼと出口に向かって歩いて行った。
屋敷を出て借家である家への帰路に着くとダコーキの街の空は赤みがかっていた。ふと、ロメオは何かを思い出した様な顔をすると、ぽつりと呟く。
「買い物を頼まれていたんだった」
いましがた職を失ったというのに、悲しみも何もない平凡な呟きを聞くと、この男かなりマイペースな性格のようである。呟きの通りに、いくつかの食料品と雑貨を買って家に帰ると、一人娘のヴェロニカが食事の用意をして待っていた。
ロメオの家族は三年前に妻のナーディアが病で亡くなってからは、このヴェロニカのみである。ヴェロニカはナーディアに似て美人でしっかり者に育ったとロメオ自身は考えているが、世間から見れば、美人であることは確かだが、ロメオほどではないにしろ、かなりのマイペースである。そのくせ、街でそこそこ有名な私塾で、二年前から数学の教師として働いているのだから人間とはわからない。
「お父さん、おかえり」
「あぁ、ただいま」
そんな簡単な挨拶を済ませると、ロメオは娘の前に座り、娘の作った夕食を食べつつ今日の出来事を報告する。
「ヴェロニカ、お父さんなぁ、今日限りで仕事が無くなっちゃったんだ」
ヴェロニカは食事の手を止めることなく応える。
「知ってるわよ。お父さんが帰ってくる前に、ボルトロッティさんのところから使者が来て、お金と紹介状を置いていったもの。ボルトロッティさんから聞いていないの?」
「……あぁ、そういえばそんなことも言っていたかなぁ。それで、紹介状にはなんて書いていたんだい?」
ロメオの質問に、やはり食事の手を止めることなくヴェロニカは応える。
「ここから西のフレティア王国のフォード商会を頼れ。って書いてたわよ。お父さんのことを腕利きの機械技師だとも書いてたわね」
しばらくの二人の間に沈黙が訪れる、両者とも手元の料理に夢中のようだ。先に沈黙を破ったのはロメオだった。
「フレティアかぁ……。ここよりも田舎で長耳族の国らしいけど大丈夫かなぁ。うまくやっていけるかなぁ」
「うまくやっていくしかないでしょう、お父さん。そんな弱音を吐いてるお父さんをお母さんが見ると悲しむと思うわ」
「そうか、ナーディアが悲しむか。それなら頑張らなきゃいけないな」
「そうよ、頑張らなきゃ。ボルトロッティさんも経営が苦しいのに、ここまでお父さんを雇ってくれて、最後は紹介状とお金までくれたんだから」
ヴェロニカの言う通りボルトロッティ商会は経営が傾いていた。商会所有の船が沈んだのだ、これがただの商会ならば何とかなったかもしれない、だがボルトロッティ商会は高級な嗜好品や家具を商う商会、その被害は甚大であった。会頭のルドルフォは、商会員の新しい就職先を斡旋しつつ、家財を処分し積荷の損害を補填している。恐らく商会が潰れることはないだろうが、しばらくは大きな商売はできないだろう。
ルドルフォがロメオに怒鳴り散らしたのは、この鈍感な黒長耳族に、自分の本心を悟られたくなかったのだろう。もっとも、ロメオが人の心を読むようなことは、逆立ちをしてもできないだろう。
「それとお父さん、ボルトロッティさんの使者さんが、来月くらいにリンメル商会の船が港に来るから、それに乗ればフレティア島に行けるそうよ。話もしっかり付けてくれたみたい」
「そうか、最後まで文句を言ってしまったけど、ボルトロッティさんは私たちのことを気にかけていてくれたみたいだね」
「ええ、直ぐに怒鳴る怖い人ですけど、とても優しい人ね。それはいいとして、出発までに荷物をまとめておきましょう。私も私塾の方に挨拶しておかないと……」
「そうだね、色々と準備しておかないと……」
この親子、準備、準備と言っているが、中身はかなりのマイペース、結局はリンメル商会の船の出港を三日も遅らせ、ルドルフォの胃に更なる負担をかけつつ、ダコーキの街を去ることになるのであるが、それはまた別の話である。
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