第九話 商人の目 後編
フレティア歴 274年 6月4日
フレティア王国 ポート・ヴァール フォード名誉子爵邸
田んぼの前で問答を続けた私達は一度屋敷に戻ることにし、戻ると玄関先で父が待ち構えていた。
「……ようやく帰ってきたか、その様子だと話を聞いたようだな」
この親父も一枚噛んでいたようだ。いや、恐らく一枚どころか十枚、二十枚くらい噛んでいそうだ。
「ええ、しっかりと受け止め理解してくれましたよ。私達が成そうとしていることも、自分がそれに巻き込まれる運命にあったことも」
この男はいけしゃあしゃあと何を言っているんだ。私のような子供に対して自分が何をしたのかわかっているのか、思い出すだけでも腹が立つ。
「まあ、とりあえず詳しいことは中で話そう」
そう言って父は屋敷に入っていく、ああやはり私の話は聞いてくれないのですね父上……。
父の書斎に私とデレクさんは通される。一人で過ごすには広い書斎ではあるが、三人で過ごすには少し窮屈な部屋だ。
「で、どこまで聞いたんだウィル」
どこまで聞いた、ということはデレクさんが言ったことは父も了解済みであったということか。十枚や二十枚どころかどっぷり浸かっているようだ。
「父上とおじい様とリンメルさんが国をひっくり返すくらい良からぬことを企んでいるということと、皆さんが私を只者ではないと思い込んでいるということ、までです」
私の話を聞いた父上は渋い顔をしつつデレクさんに目線を向ける。するとデレクさんは素知らぬ顔で話はじめた。
「喋り過ぎたかもしれませんが、半分はウィル君自身が自分で導き出したことです。そもそも、自分から言い出せないので私に追求させたのは子爵でしょう?今更兎や角言われるのはどうかと思いますが」
この父親、肝心なところでへたれたようだ。いつも思うが家族に対しては非常に及び腰な父親だ。これで、この国有数の辣腕商人であるというのだから人間というものは面白い。
「確かに私の口から聞き出さなかったことは悪いと思っている。だが、こんな子供に私達のことまで話してしまうのはどうかと思うが……」
父の話を聞いたデレクさんは呆れたような顔をしながら父に諭すように話し出す。
「最初にウィル君が只者ではないと言いだしたのは子爵、貴方自身ですよ。それにウィル君は私から見ても我らの参加者たる資格があると思います。我が子が可愛いのは分かりますが身内贔屓できる程我らはまだ力を持っていません、あるものは使わないと」
また始まった、一体この人たちは私をなんだと思っているんだ。私の知らないことまで喋りだす始末だし、今までは黙っていたが今回くらいは割り込ませて貰おう。
「少し待ってください。さっきから一体何なんですか、私の事を変人扱いするわ、勝手によくわからない集まりに私を入れようとするわ、少しは私の意見も少しは聞いてくれませんか」
私の言葉にデレクさんはきょとんとした、父は申し訳なさそうな顔をしている。
「すまないウィル……。色々と黙っていたことがあった。だが、それはお前も同じだ、お前は父に黙っていることがある。そうだろう?」
デレクも父に続いて言葉を放つ。
「そうですよウィル君、君は何かを隠している。恐らくその生まれ或いは記憶のどちらかを。もう、分かっていることなんですよ」
やはり言わなければならないか、思えば短い間だった。できれば秘密にしたまま生きていたかったが、この人達はそれを許さないらしい。
「……確かに私は隠していることがあります。私はあなた方が思っているとおりただの子供ではありません、そして少なくともただの大人より多くの有益な物事を知っているつもりです。これでいいですか?次は父上たちが私に秘密を打ち明ける番だと思いますよ」
父とデレクさんはひどく微妙な表情だ。そりゃそうだろう、いくらなんでも打ち明けた情報が少なすぎる。
「言っておきますが、これ以上は言いませんよ。あなた方が欲しかった情報は出したはずです」
「まぁ、お前が言いたくないならいいんだが……。理由も後づけできる方が便利といえば便利だからな」
「この期に及んでという感じはしますが、無理やり言いたくないことを聞き出すのも気が引けますしね」
うるさい青髪!さっきお前は私に何をした! どの口がそんな事を言ってるんだ。
父も青髪の面の皮の厚さに驚いているようだ。この空気を変えるためか父が大きく「ゴホン」と咳払いした後、口を開く。
「では、私達が何をしているか答えなくてはならないな。私達はフレティアの改革のために活動している。私達といってもフォード商会とリンメル商会、後は片手で数えれる程度の貴族だ」
え、なんか大それたことを言ってた割には規模が小さいような……。
「規模が小さいのは仕方ありません何せ、組織だって活動し始めたのが最近ですから。それに規模が小さな方が見つかりにくく動きやすいですから」
相変わらず人の心を簡単に読んでくる人たちだ。父もデレクさんの言葉に首肯し話を続ける。
「規模が小さいとは言うがうちもリンメル商会もフレティアでは有数の商会だ。まぁ、貴族についてはそこまで大きいものはいないな」
活動し始めたのは最近なのか……、だが何故改革なんだ?私達がやるべきことなのだろうか?
「まだ、腑に落ちないような顔ですね。今度は何が疑問なんです?」
流石にあまり難しいことまでは読めないらしい。
「何故、私達が改革を行わなければいけないのですか」
だいたい予想していたことではあるが二人は私の言葉に苛立ちを覚えているようだ。
「確かにお前の言う通り私達がやる意味はないだろう。だが、誰かがやらなくてはいけないことではないかと思わないか? 私たちの国フレティア王国は大陸諸国に比べ後進国だ、国力もなくあるのは海に囲まれているという地の利のみ、これでは一度大陸が一つに統一され、統一した国家が侵略の意図を持てば国どころか私達の生命すら危うい。そう思わないか?」
父の言葉にデレクさんは続ける。
「エイウスも似たようなものです。建国時は大陸にも劣らぬ技術力を持っていましたが、今ではそれも陰りつつある、大陸と並ぶのは造船・航海技術くらいのものです。頼みの綱の貿易も大陸の新興国や西のトラロンダ諸島の都市国家に押されつつあります。更に、我が国の貴族連中は大陸諸国では脛に傷があるものが多いですから侵略されたら目も当てられないでしょう」
……商人という立場から国を見ているこの人たちが言っているんだから間違いはないのだろう、デレクさんから田の前で聞いたこともおそらく真実だ。
「分かってくれましたか? 私たちの国の現状を、このままでは大陸のいずれかの国に併呑されるか、諸国から取り残され状況は更に悪化する。それを防ぐために国の改革と新技術の開発と導入が必要なのです。育苗法はこういった技術導入の一環です。これで、新田開発せずとも生産力が上がり、農村部の都市への人口流出が抑えられる」
育苗法にこだわったのはそういう理由か、確かに疲弊した農民を動員せず生産力の増強ができ、農村部の就農人口も増やすことができる。今のフレティアにとっては最高の薬だ。
「そして、その技術導入に必要な知識を君は持っているようだ。自分でそう言ってしまいましたよね。どうせ遅かれ早かれ私達の活動に参加する運命だったのです、別にいいじゃないですか。さっさと私達と同じ道を歩む決断をしたらどうです?」
デレクさんは私がどうしても欲しいらしい。いや、変な意味ではなく。この人は私をどうするのだろうか、そもそも知識しか見ていないのではないだろうか、知識が尽きれば捨ててしまうのだろうか、私にはまだこの世界の商人の腹の中が見えない。
そんな考えを巡らせていると父がデレクさんに対し提案があった。
「リンメル殿すまないがここからは私達、親子だけで話させてもらえないか?すぐに終わる話だと思うので失礼だが扉の外で待っていてくれないか」
デレクさんは仕方ないといった様子で肩をすくめながら部屋から出た。父は扉が閉まるのを確認すると私に語りかける。
「ああ言ってしまったからな手短に言うぞ。私達と共に歩もうウィル」
父からそう言われても承服しかねる。私の扱いがどうなるかわかっていない、下手すれば使うだけ使って捨てられるかもしれないのだ。
「お前がリンメル殿を疑うのも無理はない。だいぶ手酷くやられたようだしな」
手酷いどころの騒ぎではない気がする……。
「だが、彼は信頼に値する人物だと思う。私と話している時もお前のことをだいぶ褒めていたぞ。勿論、世辞ではないぞ。それはお前の知識ではなく人格に対してのものだ」
どうにも釈然としないが今のところ父の言葉を信じるしかないし、断ることももうできないだろう。
「……わかりました。微力ですが、私の力をお貸しします」
父はほっとしたような表情を浮かべながらこう言った。
「お前がそう言ってくれて嬉しいよ。なに、今すぐ何かをしろというわけではない、今のところは育苗法とやらの研究を続けていてくれ」
とりあえずしばらくは私の生活に変わりはないようだが、今日一日で私がこの世界で歩む人生が決まってしまった。悩んでいても仕方がない。私の性格だ、このきっかけがなくとも父たちと似た様な事をしていたはずだ。今回の出来事は私の決断を早めてくれた良い出来事だ。うん、そうに違いない。
人生の良いとこだけを見ていこう。
はぁ……。
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