第39話 誤解の果て
『ワープ』についての補足です
マーカーポイントは障害物のない場所にのみ設置できます
設置場所に人や物が来ると、障害物に押されてポイントがずれ
無くなると元の場所に戻ります
つまり、移動場所に落石などが発生してもポイントが埋まることはありません
ですから『いしのなかにいる』はおこり得ません
「じゃあシーナちゃん
レニちゃんをお風呂に入れてあげてね
僕はお粥を作っておくから」
「わかりました、お任せください
レニちゃん、わたしとお風呂に入りましょう」
レニちゃんの表情から察するに、お風呂が何なのかわかっていないようだが、素直にシーナちゃんに抱えられながら温泉小屋へと入って行く
短時間で随分心を開いてくれたようだ
そして僕は、キッチンに向かわずに、まずレニちゃんの濡れた服に『清浄』をかけ、搾って水分を落とし、光と風の当たる場所に干しておく
幼女の下着を含めた服を洗濯するのは端から見れば変質者だろうが、前世で姉の下着も洗わされていた僕にすれば、気にするほどのことでもない
それが終わると、キッチンへ行き、竈に火を着けて、片手で持てる取っ手付きの鍋、いわゆる行平鍋に『水生成』で作った水を入れ、麦を入れてオートミール(麦粥)を作る
「…子供には甘い味がいいかな」
レーズンを加え、少量の塩で味を整える
シーナちゃんにも好評だった味付けだ
さらに、トッピング用に煎って砕いた胡桃も用意しておく
しばらくキッチンで待っていると、上気した顔の2人がやって来た
「お待たせしました、御主人様」
シーナちゃんはいつも通りの姿だが、レニちゃんはシーナちゃんのシャツを借りて着ている
当然ブカブカなので、両肩と腰を紐で軽く縛っている
裸にシャツ1枚という、本来ならかなりセクシーな格好だが、幼女だけに色気は皆無だ
「レニちゃん、君の服はまだ乾いていないんだ
乾くまでそれを食べて待っててね」
「うん、ありがとー」
お腹がすいていたのだろう
レニちゃんはテーブルに着くと、まだ熱いオートミールを吐息で冷ましながら食べ始めた
子供らしく、スプーンを上握りにして食べている
笑顔で食べ進めるレニちゃんを見ながら考える
(さっきお姉ちゃんがいるって言ってたな
それに鑑定でチェトナの『里』に住んでいるとも出ていた
心配しているだろうな
せめて置き手紙でもしてくればよかったかな)
僕は食べ終わるまで待つと、レニちゃんに提案する
「ねえ、レニちゃん
お姉さんがいるんだよね?
心配してると思うから、服が乾いたらすぐに出発しようと思うんだけど、いいかな? 」
当然のように了承したレニちゃんに、服が乾くまでの間にこれまでの経緯を聞くと、大体予想通りの内容だった
暑かったので、川で冷やしていたメロンを取りに行ったところ、急に川が増水して流されたそうだ
やはり夕立、というより昼時のにわか雨なので、スコールの方が正しいかもしれないが
また、オートミールをお姉さんにも食べさせたいそうなので、もう1鍋分作っているとちょうど服も乾いたようだ
「じゃあ、行こうか」
「うん! 」「はい」
僕は再び『ワープ』を使い、レニちゃんを拾った川沿いに転移した
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「うわっ!? 」
「きゃあっ!? 」
転移したところ、僕の目の前にエルフの女性がいて、互いに悲鳴を上げた
その女性は身長は僕よりも僅かに低いくらいだが、かなり華奢で、エルフのお約束として長く尖った耳、僅かにつり上がった目、白い肌に長い金髪といった姿である
可愛いが先にくるシーナちゃんとは違い、美人という言葉がしっくりくる
ただ、弓でも杖でもなく、剣を装備しているところがイメージとは違うが
「おっ、お前どこから湧いて出たっ!? 」
なにか物凄く驚いている
『ワープ』は便利だが、転移先の状況がわからないというデメリットもある
「あっ! お姉ちゃん! 」「レニーナ!? 」
レニちゃんが、満面の笑みで女性に抱きつく
この女性がレニちゃんのお姉さんで、やはり心配して探していたのだろう
そして濡れた川岸と、まだ熱い焚き火の跡を見つけてこのあたりを探していたようだ
「このバカっ!?
心配したんだからね、一体どうしていたのよ? 」
「えっとね、裸にされて抱いてもらって
それからあったかいところに連れて行ってもらって
そのあと白くてあったかいものを食べさせてもらったよ」
「えっ? ちょ…」
物凄く誤解を生みそうな発言に、レニちゃん以外の顔が引きつる
「レニちゃん!?
もう少し正確に話してくれないと…」
「……」
どうやらもう遅かったようで、エルフの女性は腰に下げたレイピアを抜き、殺気をはらんだ目で僕を睨んできた
そして、シーナちゃんの方もチラッと見ると、さらに怒りのオーラを強くする
「首輪…、女性を奴隷にしているとは…
この鬼畜がっ!! 」
「うわっと!? 」
僕の心臓を狙った突きを、同田貫で弾いて逸らす
「落ち着いてくださいよっ」
「うるさい! この色魔!犯罪者! 女の敵っ!! 」
レイピアで突き殺そうとしてくるが、剣速はさほどでもなく、動きも単調である
どうやらあまりレベルが高くないのだろう
「くっ、ならば
受けてみろ、私の最強の技をっ! 」
女性は、バックステップして間合いを離すと、魔法の詠唱を始める
「大地よ! 我が呼び掛けに…」
「!? 2つの点よ…」
「…答えて我が敵を刺し貫け『ランスピラー』! 」
「…1つとなれ『ワープ』」
互いの詠唱が同時に完成し、僕が今まで立っていた場所に、鍾乳石のような石の槍が10本以上も突き上がる
その場所に居続けたならば、石の槍に刺されて大怪我をしていただろう
居続けたならばの話だが
僕の『ワープ』も発動し、女性の真後ろにあるマーカーポイントに移動する
そして、僕を見失った女性の首に、後ろから同田貫の峰を当てた
「ばっ、馬鹿な
一体どうして…」
さすがに、僕がその気なら首を落とされていたことがわかったのだろう
女性は、ようやく頭が冷えたようだ
「えー、レニちゃん
『誰に』抱いてもらったのかな? 」
「え? うさぎのお姉ちゃんにだよー」
「『どうして』裸にされたの? 」
「レニの服が濡れて寒かったからー」
「…というわけです
誤解を解いてもらえませんか? 」
女性はレイピアを鞘に収め、戦意がないことをアピールしてきた
それに応じて僕も、同田貫を鞘に収める
「しかし、その…
白くてあったかいものとは? 」
「オートミールのことですよ
持ってきたので、食べてみますか? 」
「ならばあったかい場所とは? 」
「温泉ですよ、僕の家にあります
僕には見ての通り、移動スキルがありますから
行って帰って来たんですよ」
「なっ、ならばその女性はなんだ?
奴隷なのだろう? 」
「はい、わたしは御主人様の奴隷ですよ」
シーナちゃんがエルフの女性の質問に答える
「御主人様は、わたしをとても大切になさってくれます
わたしは両親の借金で奴隷となりましたが、御主人様に救っていただきました
しかも、期限が終われば解放してくださるそうです
わたしは…幸せですよ」
シーナちゃんはとびきりの笑顔を女性に向ける
どんな言葉よりも説得力があるだろう
「…そうだったか…
すまなかった
そして妹、レニーナを助けていただいて感謝する」
「いえ、わかっていただけたのならそれでいいです
では、レニちゃんをおまかせしますよ」
「お姉ちゃん、帰ろ
おいしいものをもらったんだよ、一緒にたべよ」
笑顔で姉のもとへ行くレニちゃん
やはり姉を慕っているのだろう
「じゃあシーナちゃん
僕たちも帰ろうか
って、その前にリバーレディの納品が先だね」
「そうでしたね、忘れてました」
『ワープ』でストラスへと移動しようとする僕らに、エルフの女性が声をかけてくる
「忘れていた
私の名はロマリーだ
お主たちの名前は? 」
「僕は明です」
「わたしはシーナです」
「そうか、アキラ殿とシーナ殿か
今回は本当にありがとう
いずれ礼をする、ではさらばだ」
そう言うと、エルフの姉妹は、森の中に消えて行った
まさか、ロマリーさんとすぐに再会することになるとは、この時の僕らは思ってすらいなかった
次回タイトル予告
探索者ギルドのテンプレ
用語解説
属性魔法
主に魔法使い系のクラスが使用する魔法の種類
最も基本的な地水火風の他、上級職が使う光、闇、空間などが存在する
下級職の魔法使いが使用できるのは、基本の4属性のみである
ちなみにファーラは火も使えるが、風が最も得意であり
今回登場したロマリーは地と水を使うが、レベルが低いため、そこまで強力ではない
(ランスピラー1発でMPがほぼ空になる)
それぞれの特徴は
地 石や土が実体化するため、攻撃力が高いのが特徴
攻撃、サポートともにバランスがよいが、比較的かわされやすい
水 攻撃力は最も低いが、応用力が高くサポートに向く
また、上達すると氷を使えるようになるため玄人向きの属性である
火 最も攻撃力の高い属性
反面サポート力には劣り、ほぼ全てが攻撃魔法である
爆発する魔法も多いため、いわゆるフレンドリーファイアも多く、使う場所も選ぶが
戦場などでは最も有効とされる
風 攻撃力は高くないが、速く視認しづらいため、最も命中率が高い属性
また、『フライ』という短時間だが空を飛べる魔法もあり、サポート力も高い
余談だが、この属性には『カマイタチ』が存在するが、真空ではなく、圧縮された空気である
(カマイタチの正体が真空だというのは都市伝説)




