第38話 チェトナの里のエルフ
「シーナちゃん、脱いで」
「ええええっ!? 」
僕たちがこんな会話をしているのには、当然の理由がある
数分前に起こったトラブルのせいだ
この役目を今の僕がするわけにはいかない
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「よし、これで8匹目だ」
「御主人様、凄いです
わたしはまだ2匹なのに」
僕らは釣りをしている
イーヴァ近くの森を横切って流れるチェトナ川に棲む、リバーレディという魚を釣ってくるのが今回受けた依頼だ
リバーレディは、鮎とヤマメを合わせたような魚で、警戒心が強いのだが、雑食性のため、虫を餌にすることで釣ることができる
友釣りは魚体が傷み、味が落ちるので、虫で釣れるのはありがたい
「これで10匹になりましたね
依頼達成になりますけど、どうなさいますか? 」
「せっかくだから、もう少し釣っていこうか
塩焼きにして食べよう」
「はい、わかりました」
僕はさらに1匹を釣り上げる
警戒心の強いリバーレディをあっさり釣る僕に、シーナちゃんが驚いているが、実は種がある
スキル『気配探知』だ
アクティブスキルなので、MPは消費するものの、探知できる範囲は水中にも及び、どこに獲物がいるのかがわかるので
あとはそこの上流に餌付きの釣り針を投げ込み、獲物の場所に流すだけの簡単なお仕事だ
ただし、魚の種類まではわからないので、外道(目当ての魚以外を表す釣り用語)も多く釣っている
「結構釣れましたね
2人では食べきれませんが、どうしましょうか? 」
「3匹ずつ塩焼きにして
あとは干物にしようか」
保存食はいくらあっても困らない
出汁用に焼き干しにしてもいいかもしれない
「そうですね
では『ワープ』をお願いします」
「いや、せっかくだから
ここで食べよう
自然の中で食べるのもいいものだよ」
僕たちは枯れ木を集め、『着火』の魔法で焚き火をおこす
そしてはらわたをとり、串に刺して塩をまぶしたリバーレディを、火の周りに刺して焼く
魚の焼ける香ばしい香りが漂い、十分火が通ったところで食事にする
「御主人様、美味しいです」
「そうだね、こういうのもいいね」
釣りたての魚をその場で塩焼きにして食べる
日本では贅沢な行為だったが、この世界でも珍しい行為だろう
「ご馳走様でした
美味しかったです、御主人様」
「はい、お粗末様でした
じゃあそろそろ帰ろうか」
「はい、わかりま…!?
御主人様、何かが…
いえ、誰かが流されてきています」
「なんだって!? 」
僕は、再び『気配探知』を発動させる
確かに誰かが流されてきている
それも小さい生命反応
子供が流されているようだ
「いけない、シーナちゃん
子供みたいだ」
僕は、そう言うやいなや上着を脱ぎ、川に飛び込む
そして流されてきた子供の背後から近づき、左手を子供の左脇を通して胸を抱えるようにつかむ
前からつかむと、抱きつかれて2人とも危険だからだ
そのまま引っ張るように泳いで岸までたどり着く
「御主人様、大丈夫ですか? 」
「わからない、水を飲んでいるみたいだ
危険かもしれない」
僕はそう言うと、子供を横向きに寝せる
そして胸に手を当てて心音を、顔の前に手をかざして呼吸を確かめる
「心臓は動いてる、息も止まってない
ならば…」
僕は『ヒール』をかける
子供の体力が回復し、口から水を吐き出した
「よし、水を吐いた
助かるよ」
「良かったです」
「だけど、体温が下がってるな
シーナちゃん、脱いで」
「ええええっ!? 」
僕はアイテムボックスからマントを取り出して、シーナちゃんに渡す
「その子はこのままじゃ危ない
体温で温めないといけないんだ
僕は薪を探して来るから」
「…えっ?
あ、そういう意味でしたか
わたしてっきり…」
シーナちゃんは何か勘違いしていたらしいが、時間が惜しいので
僕は上着を着ながら森の中へと急ぐ
濡れた下半身が気持ち悪いが、仕方がない
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「シーナちゃん、その子の様子はどう? 」
「大丈夫だと思います
寝息も安定していますし」
僕のマントにくるまり、頭だけを出したシーナちゃんが答える
「それならよかった」
念のため、鑑定してみたのだが
【レニーナ 16歳
エルフ レベル 0
HP 9/10 睡眠中
チェトナの里に住むエルフの少女
・
・
・】
と出たので、直に目を覚ますだろう
しかし、いろいろ突っ込みたいこともある
一見7〜8歳の幼女に見えるが、16歳
まあ、エルフは長生きする分成長が遅いそうだから、妥当かもしれないが
というより、何よりも突っ込みたいのはエルフだということだろう
「どうしてエルフが流されて来たのでしょうか? 」
「多分、夕立だね」
僕が上流側の空、山の方を指差すと、積乱雲がある
急に降った雨で川が溢れ、流されて来たのだろう
「この子も不運でしたね」
「そうでもないよ
川が溢れたおかげで、川底にぶつからなくてすんだんだと思うよ
怪我一つなかったのは、不幸中の幸いだったよ」
「あ、御主人様
この子が…」
シーナちゃんの懐がもぞもぞと動き、マントの合わせ目からエルフ幼女が顔を出す
周りをきょろきょろと見回しているところをみると、現状を理解していないようだ
「おはよう、お嬢ちゃん
お名前は? 」
「…レニはレニだよ
お姉ちゃんはレニーナって言ってるけど」
「そう、じゃあレニちゃん
川に落ちたのは覚えてる?
僕たちのところに流されて来たんだよ」
その言葉に、恐怖を思い出したのだろう
僕に背を向けてシーナちゃんに抱きついた
「大丈夫よ、御主人様が助けてくださったから
ここは川じゃないでしょ? 」
シーナちゃんの言葉に、ようやく落ち着いてくれたらしい
「お兄ちゃん、お姉ちゃん
助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「とりあえず家に連れて行こう
僕がお粥を作るから、シーナちゃんはその子を温泉に入れてあげて」
回復魔法で体力は一時的に回復したが、あくまでも応急処置に過ぎない
体力を本当に回復させるには、食事と休息の必要があるのだ
「実は僕とシーナちゃん…そこのお姉ちゃんは仲間同士なんだ
レニちゃんも仲間になってくれるかな? 」
傍目から見ると、かどわかしているように見えるが、仕方がない
パーティに加わらないと『ワープ』が効かないのだ
「うん、レニも仲間になるよ! 」
「よし、じゃあいくよ
…2つの点よ、時間と空間を超えて1つとなれ、『ワープ』」
次の瞬間、僕ら3人の姿がその場所から消えた
次回タイトル予告
誤解の果て
用語解説
職人
材料を加工して、別の物を造り出す者
この世界では、戦士や魔法使いとおなじ職業であり、メインクラスまたはサポートクラスに設定する
鍛冶師や細工師、料理人などが存在する
特徴は、自動修得スキルの『経験値変換』であり、戦闘を行わなくても経験値を得ることができ、レベルも上昇する
この作品では、鍛冶師のオレーグ、料理人のユーリ、大工のモルドなどが登場している
職人 (肉体的技能)
自動修得スキル 経験値変換(物造りをするだけで経験値がもらえる)
L1 Dex上昇
L2 素材知識
L3 Str上昇
L4 職人技能修得ポイント−1
L5 素材の目利き
L6 Min上昇
L7 Dex大幅上昇
L8 HP上昇
L9 メインクラスが職人時、修得経験値2倍
L10 職人技能修得ポイント−2
以上のように、全てのスキルがパッシブスキルである