第29話 家購入と更なるリフォーム
この世界には温泉に浸かるという風習はないらしい
入浴自体は存在するが、あくまでも『そのままでも飲めるきれいな水』を燃料で沸かして浸かるという贅沢なもので
裕福な貴族や王族でなければ不可能であり、一般人は湯に浸した布で身体を拭くか、生活魔法の『清浄』を使うかのどちらかなのだ
そして温泉水というものは必ずしも飲めるわけではない
濁っていたり、硫黄の匂いがしたりすることもあるので、この世界の人々が汚れた水と判断してもおかしくないだろう
「…水が飲めないのは大きなデメリット」
「そうですね、ストライヴァ家の方たちはどうなさっていたんですか? 」
「水を浄化する魔道具を使っていたそうですが…
ここを破棄なさった時に持って行ったそうです」
当然だろうな、貴重な魔道具を残して行くわけがない
ましてアイテムボックスがあるこの世界ではなおさらだろう
僕には生活魔法の『水生成』があるので、シーナちゃんと2人くらいならば、水の問題はないだろうが
「…で、一応聞いておくけど
値段はどうなの?
私の目には欠点だらけに見える
水も飲めないし、ストラスから離れ過ぎている
静かなのは間違いないけど、賊に襲われたら助けも呼べない
それに広すぎる、アキラとシーナの2人だけなら、スペースが無駄だし、手入れも大変」
ファーラさんの容赦のない突っ込みに、ヘンリー氏もたじたじになる
この人を連れてきたのは正解だった
僕の気付かなかった欠点を見抜いて指摘してくれる
「…12万Gでしたが…
10万で…」
「……」
「ぐ…は…8万で」
苦虫を噛み潰したような表情のヘンリー氏が、苦渋の値下げをしてきた
おそらく、まだ若い僕と少女2人だけなので、いいカモだと思っていたのだろう
「…8万Gだそうだけど
どうするの? アキラ? 」
「そうですね、買います
大変だとは思いますが、こんな家が8万で買えるチャンスはもうないでしょうから
それに、ストライヴァ家にはお世話になりました
ならば、かつての館が無駄になるのも忍びないですから」
「…そう
それなら私は止めない
…たまには泊めてね」
僕はもちろん快諾した
シーナちゃんも嬉しそうだ
人見知りするシーナちゃんにとって、姉のようなファーラさんは大切な存在なのだろう
…身長でいえばシーナちゃんが姉に見えるのだが
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ストラスに戻った僕たちは、ファーラさんと別れた後、ヘンリー氏の店と契約し、あの館は正式に僕の家となった
そして、予定より遥かに余った予算で、鍋や包丁などの調理器具、箒やバケツなどの掃除道具、あるいは水瓶などといった生活必需品を買い込み、アイテムボックスに放り込むと
『ワープ』で、まずアワインに飛び、それから館へ飛ぶ
これは、僕のレベルは18なので、マーカーポイントが3つしか設置できないため、アワインのポイントを解除するためだ (マーカーポイントは、実際にその場所に行かないと解除できない)
「さあ、シーナちゃん
忙しくなるよ」
とりあえず僕とシーナちゃんの部屋を決めると、ひとまずその2部屋の掃除をシーナちゃんに任せる
そして僕は、布団や食材などのような、さっき買わなかった分を買いに再びストラスに向かって歩きだす
まだストラスにはマーカーポイントを設置していないため、歩いて行くしかない
まあ、アワインのポイントを解除したため、これからストラスに配置すれば一瞬で移動できるようになるのだが
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ストラスで再び買い物をし、『ワープ』で館に戻った僕は、シーナちゃんと2人でキッチンを掃除した後
改めて温泉が湧くという井戸をチェックする
石の蓋で栓をされていて、蓋をどけると温泉が溢れてくるらしい
アイテムボックスに蓋を収納して、溢れてきた温泉に『鑑定』を使ってみたところ
だいたい温度が60度くらいの炭酸水素塩泉、いわゆる重曹泉のようだ
海の近くなのでそんな気はしていたが、確かに不味いだろうし腹も壊すだろう
しかし、温泉としては有効で、肌もきれいになるし身体も温まる
少し熱すぎるが、冷ますための槽を作れば問題ないだろう
(ストラスには石畳の道があって、セメントで隙間を埋めてあった
海のそばだから多分耐水セメントだろう
ならば明日はセメントを買って… あ、排水も考えないといけないか)
「あのう御主人様?
この水は飲めないのでは? 」
「え? …ああ、飲めないね
だけど、お風呂にはできるよ
肌がすべすべになるはずだよ」
「そうなんですか?
ですが汚れた水なのに、本当にお風呂にできるのでしょうか? 」
「汚れてなんかいないよ
石鹸だって食べられないけど、肌がきれいになるよね?
この温泉も同じだよ
第一汚れていたら『浄化』で飲めるようになるはずだし」
その言葉にようやくシーナちゃんも納得する
ちなみに、『水浄化の魔道具』は、水を飲めるようにする魔道具で、同じ浄化という言葉でも効果が違うのだ
「シーナちゃん、よく聞いて
僕は明日、この温泉をお風呂にするために職人を雇おうと思う
だけどシーナちゃんには多分手伝えることはないと思うから
冒険者ギルドに行って、雑用依頼をこなしてランクアップを目指して欲しいんだ」
急に不安げな顔になるシーナちゃんだが、お金と経験値を稼ぐためには迷宮に入るのが一番手っ取り早い
それにはシーナちゃんのランク上げが必須なのだ
「…わかりました
わたし頑張ります」
「じゃあ、ごはん作ろうか
石窯があるからパンやピッツァも焼けるけど
生地がないから次の機会にね」
「パンはわかりますが、ピッツァはわかりません
どんな料理でしょうか? 」
「ああ、ピッツァはピザとも言って…」
説明すると、食べたそうな顔になったシーナちゃんだが、カロリーが高いので太りやすいと言ったら
頭を抱えていた
食べたいけど、太りたくないというジレンマに苦しんでいるらしい
女性の心理はどこの世界も変わらないようだ
次回タイトル予告
ドワーフの職人たち
用語解説
侍
転職に5つの条件を満たす必要がある上級職
刀を装備する必要があるため、転職することは難しい
刀の使用に特化したクラスであり、文武両道の名の通り、精神面も強くなる
その代わり、戦士系クラスとしては珍しく『重装備可能』がない
自動習得スキル 文武両道(筋力と精神が上昇する)
L1カタナマスタリー(刀装備時、命中上昇)
L2峰打ち(刀の峰で殴るスキル。気絶率上昇)
L3兜割り(防具ごと斬り裂き、ダメージを与える)
L4刀装備時クリティカル上昇
L5居合い(納刀状態から1行動で斬り付け、再び納刀する。攻撃力、クリティカル率、切断率上昇)
L6明鏡止水(精神に対するステータス異常を受けにくくする)
L7燕返し(相手の攻撃を刀でそらしつつ反撃する)
L8二刀流(左手にも別の武器を装備し、攻撃、受けができる)
L9斬鉄閃(兜割りの上位スキル。前後に隙はできるが、硬い物質を切断できる。当然限度はある)
L10雷光一閃(高速の一撃。攻撃力、切断率の高い必殺技)