第28話 温泉付きの館
「…アキラが料理上手なのは知っていたけど、そんなにおいしかったの? 」
「はいっ! 今朝も乾燥してパサパサになったパンを、とてもおいしく調理なさってました」
「…あり得ない
乾燥したパンをおいしく食べる方法なんて、スープに浸すくらいしかないはず
それを…」
「………」
不動産屋に家を買いに来た僕たちだったが、後ろから聞こえる女子の会話に二の句が継げない
目の前の不動産屋の人、ヘンリー氏も苦笑している
「…後ろはほっときましょう
確認ですが…」
「はい、居住区や商店街から離れた、静かで落ち着ける場所で、なるべく広めのキッチン付きの物件ですね
ご予算のほどは? 」
「10万Gくらいで
賃貸でも構いませんよ」
僕のその言葉に、ヘンリー氏は目を見開く
やはり、まだ17歳の僕が日本円で1千万円をポンと出すことは珍しいのだろう
「その条件でしたら……
3件ほどございますね
今からご案内しますが、よろしいですか? 」
僕は、当然了承すると
後ろで会話を続けていた2人に声を掛ける
「行きますよ、2人とも」
「あ、はい、わかりました、御主人様」
「…わかった、行く」
まだ午前中なので、3件ならば今日中に回り切れるだろう
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「ここが、もと食堂だったところで、立地が悪かったのが理由で閉店した物件になります
ご要望通りに広めのキッチンがついていますし
夜は静かになると思います」
「広すぎ…ですね」
「外に意外と人がいました」
「…それ以前に近くに鍛冶の工房があった
夜は静かかも知れないけど、昼はうるさいはず
冒険者は時間が不規則だから、止めておいた方がいい」
ファーラさんの言葉に合わせるように、外から鉄を槌で叩く音が響きだした
確かにこれでは、昼間に眠ることは難しいだろう
3件ともこの調子で
比較的安いものの、キッチンがゴミ捨て場の隣で臭いがしたり、欠陥住宅ぽくてすぐに壊れそうな家と、録な物件がなかった
「申し訳ありませんが
今回は縁がなかったということで」
「まあ、お待ちください
実は少し離れていますが、とっておきがあるのです」
「……とっておき、ですか? 」
なるほど、営業テクにある
『あらかじめ高い品を見せておき、後で質は落ちるが安い品を勧める
わざと質の悪い品を見せ、後で本命を見せる』
というやつの後者だろう
「とっておきがあるなら
もっと早く言って欲しかったですね」
僕は、敢えて不快な顔をする
相手が営業テクを使うのなら、こちらも対抗するのが買い物のコツである
「これは失礼しました
ですが、本当にお勧めですよ
昼食の後で向かいましょう」
…有無を言わさず、食事も一緒にとることになった
ちなみに、ヘンリー氏の分も僕が払った
ファーラさんが言うには、わずかでもお金を出しておくことで、後に勧められたものを断り易くなるそうだ
…ファーラさんの分もなぜか僕が払ったが
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「…離れた場所とは聞きましたが」
「…町の外とは思わなかった」
「…静かなのは間違いないと思いますけど」
その物件はストラスの町の外、30分ほど歩いた場所にあるらしい
舗装こそされていないが、広めの道で意外と歩き易い
「さて、気になっていると思いますから
件の物件についてご説明したいと思いますが…」
ヘンリー氏は僕らに説明をしたいらしい
確かに30分ただ歩くのは退屈だから、説明してもらうことにしたが…
その説明は予想だにしないものだった
「皆様はストラスの町についてどこまでご存知でしょうか?
ストライヴァ家の本拠地と現在はなっていますが
ほんの50年ほど前は違っていたのです」
ヘンリー氏が言うには、ストライヴァ家のもともとの本拠地はイーヴァの町だったそうで
ストラスはただの漁師町であり、漁で生計を立てていたのだが、実は漁だけでなく農業も行っていたらしい
その畑がこの辺りにかつてはあったが、ストラスの発展とともに徐々に縮小していき、現在は残っていないそうだ
そして畑を荒らす獣から農民を守るために、修行を兼ねた部下たちと滞在していた別邸が件の物件だそうだ
そしてストライヴァ家が本拠を移転した際に、ストラス中心部に新しく本邸を建て、別邸は破棄された
それをヘンリー氏の店が買い取り、リフォームして
あの『ストライヴァ家』が住んでいた家として売り出そうとしたのだが、予想に反して誰も買おうとしなかった、というのが現状だ
「そりゃあこんなに離れたところならば、買う人はいないでしょうね」
「お恥ずかしい限りです
…と、見えて来ましたよ」
「わあ、大きいです」
「…思った以上の家ね」
その館は、貴族の元別邸だけあってかなりの広さがあった
石造りの2階建てで、部屋も多そうだ
「早速中をご案内しましょう」
ヘンリー氏に案内され、僕たちは館の中に入って行った
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1階には、使用人の部屋だったと思われるところが、キッチンの隣に2部屋あり、玄関のそばに部下の部屋だったらしいところが1部屋あった
そして要望通りの広めのキッチンがあり、隣にやはり広めの食事用の部屋、さらに隣に応接室がある
後は倉庫やトイレといった普通のスペースがあり
2階にはベッド付きの個室が10部屋もあった
しかも、定期的に掃除をしているようで部屋全てが意外なほどきれいだ
すると、ヘンリー氏が窓から外を指差し
「あれが貯水槽となります
雨水を貯めることができますので、水の心配はいりませんよ」
この世界は空気がきれいなので、普通に雨水を飲むことができる
もちろん貯め置いた水は煮沸するか『浄化』の魔法をかける必要があるが
「…ちょっと待って
たしか外に井戸があったはず
何故雨水を使う必要があるの? 」
ファーラさんの疑問に、ヘンリー氏が絵にかいたように挙動不審になる
「それが、その…
その井戸水は飲めないのです
飲んだ者が腹を壊したりするので…
しかも毒ではないらしく、『浄化』も効かず、温度も高く火傷の危険もあり…」
(温度も高く? まさか…温泉? )
「…すいませんが、その井戸を見せてもらえませんか? 」
内心興奮していたが、必死に抑え込んでヘンリー氏に頼む
温泉が出るのならば、是が非でも買おうと思うのが、世界一の風呂好きである、日本人の習性である
次回タイトル予告
家購入と更なるリフォーム
用語解説
松井 明
この作品の主人公
日本の高校に通う、普通の高校生だったが、不幸な事故死をしたせいで、ユピトアースに転生する
ちなみに容姿は変わっていないが、1度肉体を分解、再構成されているため、背中の傷が消えている
本来ならば、容姿、年齢を変えることもできたが、まだ未成年だったこともあり、神がそのままの姿で転生させた
容姿、運動神経、成績は全て平均近くと、自他ともに認める普通の高校生だったが
女子力皆無の姉『灯』の影響で、家事、特に料理が異常に上手い
実は料理技能と気配りができる性格から、前世ではそこそこもてていたのだが
自分を普通だと思っていたことと、幼なじみの『萬羽紗那』と公認カップル扱いだったため、もてることに気づいていなかった
ちなみに明と紗那2人とも互いに告白せず、友達以上までは進展しなかった
転生後はスキルポイントを操作する力と前世知識を合わせて、異世界生活を満喫中である
ちなみに覚醒はかなり後だが、まさにチートと呼ぶにふさわしいユニークスキルを持っていて
あまりに凶悪なので、至高神ユピトスから封印されていたりする