第20話 兎族の少女
「これは…
なんてひどいことを!」
「どっ、どうなさいました」
僕の怒りに満ちた声に、あわてて商人がやって来る
僕が兎族の少女への扱いを問いただすと
「そのことでございますか
その娘は現実が見えていないのです」
「…現実?」
商人によると、この少女は親子3人で暮らしていたが
ある日、彼女の母親が病気になり、薬代のために父親が無理な仕事をして魔物に襲われて死亡し
その後、母親も薬が効かずに亡くなったそうだ
そして相続放棄も自己破産もないこの世界では、当然彼女が借金を返さなければならないが、成人したての彼女では録な仕事もないため、奴隷墜ちとなったらしい
「けれど、これはやり過ぎでしょう」
「仕方がないのです
この娘は奴隷になりましたが、まだ主人がいないのです
こうでもしないと、逃げるか自殺する危険もあるのです」
この世界の奴隷には、主人に逆らえないように、魔法で魂を縛る契約をするそうだが
一旦主人を決めると変更に大きな手間がかかるため、主人が決まった時に契約をするのが一般的だそうだ
主人が決まった後は自殺、逃亡を含めた『主人の害になる行為』はできないのだが
現在は主人がいないため、彼女を守るためにこんな格好をさせられているらしい
「……」
理解はできたが、納得はできない
だが、この話が本当なら彼女は僕と同じ天涯孤独の身だということだ
「…いくらですか?」
「えっ?」
「彼女の値段です
いくらですか?」
同情かもしれないし、憐れみかもしれない
しかし、僕には彼女を見捨てることができなかった
「おお!
お買いになられますか
3万Gになります」
「えっ?
3万Gですかっ!?」
「ま、まぁブレードベアから助けていただいたことですし
特別に2万…いえ、1万5千でいかがでしょう?」
…どうやら勘違いしているようだが
僕は、たった3万Gで買えることに驚いたのだが
商人は高すぎることに驚いたと思ったらしい
まあ、確かに17歳の僕がそんな大金を持っている方が不自然かもしれないが
「この娘は見ての通りかなりの上玉です
オークションにかければ2万からのスタートになるでしょう
5万を超えてもおかしくない逸品ですので、これ以上の値引きはできません」
「わかりました、1万5千ですね
今は持ち合わせがないので、イーヴァに着いてからでいいですよね?」
「もちろん構いません
お買い上げありがとうございます」
■□■□■□■□
イーヴァに着いた僕は、まず冒険者ギルドに行ってお金を下ろし、そのついでにティアさんにブレードベア発生中の報告をする
これで旧街道を通る人は減るだろう
そして、聞いておいた奴隷商店へと向かう
そこでは、商人が奴隷契約の準備を終えて僕を待っていた
「お待ちしておりましたよ、アキラ様
料金は?」
「持って来ました、確認をお願いします」
「……確かに、それでは早速始めましょう」
商人は白い紐のようなものを取り出した
これは『奴隷帯』というもので、これに僕の血をつけることで、契約魔法が発動する
僕は、言われた通りに血をつけると、白い紐が赤く染まった
「…では娘の首を出してください」
その言葉を聞いた店員たちが、縛られた少女に2人がかりで向かって彼女の首を露出させる
そこには首輪のように見える模様が、まるで刺青のように描かれている
これが、『奴隷紋』でその上に『奴隷帯』を巻くことで、魔法による契約が発動するのだ
必死に抵抗する少女だが、縛られたままではなすすべもなく、首に『奴隷帯』を巻かれる
すると、『奴隷紋』と『奴隷帯』が光り、両方が彼女の首に染み込むように消えていく
奴隷契約の魔法が成立したのだ
「これでもう、ほどいても大丈夫ですよ」
その言葉を受けて店員が彼女の枷と猿轡を外していく
「これでお前はこの方の奴隷となった
この方の命令には絶対服従だし
この方の害となる行為もできなくなったぞ
…自殺も逃亡も含めてな」
少女の顔が絶望に染まる
おそらく舌を噛み切ろうとしたが、できなかったのだろう
「奴隷契約は成立しました
首輪はサービスさせていただきます
公共の場では、首輪を見えるように着用しなければ違法となりますのでご注意ください」
商人たちは一礼して去って行く
これで部屋の中は、僕と泣いている少女の2人だけになった
…正直気まずい
「…えっと、その…
名前はなんていうのかな?
僕は明、冒険者をやってるんだけど」
「……シーナ、カターニ村のシーナ…です…」
「シーナちゃんか
かわいい名前だね」
「…………」
泣き止んでくれない
…まあ仕方ないか
「その…シーナちゃんは、僕の奴隷になったんだけど
僕は奴隷制度はあまり好きじゃないんだ
だから君にひどいことをするつもりはない」
その言葉に反応して頭の上のウサミミが僕の方を向く
「僕が『以前住んでいたところ』には奴隷なんていなかったからね」
今度はやっと目を僕の方に向けてくれた
「んー
よし、ごはん食べに行こう
話の続きは食べながらにしようか
と、その格好じゃあまずいかな」
僕はシーナちゃんの手を取ると『清浄』をかける
シーナちゃんの薄汚れた服と体が、一瞬にして綺麗になった
「まず服を買いに行こう
その後でごはんにしよう
着いて来てね」
僕はそう言って歩きだす
シーナちゃんは、自分の首に首輪を着けた後、僕の後ろを追いかけてくる
ようやく泣き止んでくれたみたいだ
■□■□■□■□
「いらっしゃいませ…って
すいませんが、当店は男の方の入店はちょっと…」
僕は、来る途中に見つけていた服屋にシーナちゃんを連れ込む
「あ、すいません
僕じゃなくて彼女の服を見繕って欲しいんです」
「えっ?
その娘にですか?奴隷ですよね?」
「はい、いけませんか?」
この世界では、奴隷の服は中古で済ませるのが普通であり
この店のようなそこそこの店で、新品を買い与えるのはとても珍しいのだ
「いけなくはありませんが
うちは少し高めですよ
よろしいのですか?」
「はい、彼女は一応奴隷ですけど、可愛い女の子なんです
着飾らせてあげたいじゃないですか」
店員さんはニコッと笑うと
「そうですね、わかります、わかりますよ」
「じゃあ、普段着を3着ほどと、よそ行きのいい服を1着
あと、肌着を適当にお願いします
値段は1000Gまでで」
その言葉に誰よりもシーナちゃんが驚く
奴隷の服にそんな大金を出すことが信じられないのだろう
「わかりました
…私のセンスで選んでいいんですよね?」
「はい、僕にはよくわからないので、おまかせします」
店員さんは、獲物を見つけた猫、あるいはおもちゃを手に入れた子供のような目で、シーナちゃんを見た
「では、僕は一時間ほど後にまた来ます」
シーナちゃんは、すがる目で僕を見るが、婦人服の店に僕が居続けるわけにはいかない
「…うふふふふ
着せ替え…可愛いうさぎちゃんを着せ替えショー…」
…店員さんが怖いが、仕方がない
僕はしばらく時間を潰すことにする
シーナちゃんが、さっきとは違う表情で泣きそうなのは、きっと気のせいだろう
次回タイトル予告
パーティ編成と検証
用語解説
薬草
薬効を持つ植物の総称
木の葉や根、皮、実なども合わせて薬草という
そのままでも効果があるが、即効性や効果を高めるために、魔法的な処理をされるのが普通
専ら教会が冒険者ギルドに依頼を出すことで購入する
これは、薬草を加工して薬を作る癒し手のスキルが関係しており、癒し手は侍祭や司祭を目指すために、教会に所属することが多いからである
薬の販売は、お布施と並んで教会の貴重な現金収入でもある