第9話 鹿とヤマアラシ
僕は凶器のような角を持つ鹿、トライデントディアーと対峙していた
右手の剣を相手に向け、左手でアイテムボックスから『あるもの』を取り出す
そして油断なく角をこちらに向けているトライデントディアーに、敢えて上段から斬りかかる
僕の鋼の剣はいわゆる『バスタードソード』で片手でも両手でも使えるが、さすがに片手では威力が足りず、あっさりと角で止められた
「かかったっ!」
わざと剣を受け止めさせ、動きの止まったトライデントディアーの頭に、左手首のスナップで『あるもの』をぶつける
正確に角の付け根当たりに命中し、灰色の煙がトライデントディアーの目に入り、狂ったように暴れだす
穴を開けて中身を溶き卵にして取り出した卵の殻を乾燥させ、中に灰を詰めた僕特製の『目潰し玉』だ
痛みに頭を上下に振るトライデントディアーに、僕は落ち着いて横に回り込み、喉に突きを入れた
■□■□■□■□
「ティナさーん
トライデントディアーを獲って来ましたー」
「……相変わらず凄いわね
まだEランクになったばかりなのに
…実はさっきちょうどトライデントディアーの肉が欲しいという依頼があったのよ
常時依頼で達成するより、通常依頼で受けたほうが報酬が良くなるけどどうするの?」
「じゃあ、通常依頼でお願いします」
そう言って僕は依頼書を取り、ギルドカードと一緒にティナさんに渡す
「じゃあ、依頼主の『旅人の憩いの場』に届けてね」
「わかりました」
……と、こんな感じで僕は依頼をこなし、お金と経験値を稼いでいる
レベルも12まで上がり、一対一では負けることはないどころか、傷ひとつすらつくことすらない
しかし、僕はホーンラビットとの死闘を忘れてはいない
弱いはずの獣が2匹になっただけで恐ろしい強さになった
一対一で勝てるということは、群れをつくる獣がいないからということでもある
「…やっぱり1人では限界があるのかな」
納品のために宿に向かいながら僕はそんなことを考えていた
■□■□■□■□
「サウザントソーン
…ですか?」
「ええ、そうよ
街道の近くで出たらしいの」
翌朝、いつものようにギルドに顔を出した僕に、ティナさんが話しかけてきた
サウザント(千本の)ソーン(棘)とは、その名の通り体の周りに沢山の棘の生えた獣で、いわゆるヤマアラシである
ただし瞬発力があり、近くを通った敵に向けてジャンプして攻撃する習性があるため、意外と危険な生き物だ
まして街道近くに出ると、馬に攻撃するため、被害が拡大するのだ(棘には返しがついていて刺さると激痛が走るため、馬が暴れてしまう)
「つまり僕に討伐しろと?」
はい、アキラ君はこれでDランク昇格の条件を満たします
割りに合わない相手ですけど、お願いできませんか?」
「わかりました、いいですよ
急いだほうがいいですよね?」
僕は依頼を受けるやいなやすぐに聞いた場所に向かった
■□■□■□■□
「あれかっ」
その場所に着くと、黒い毛玉のように見えるものと、旅人たちが遠巻きに見ているのが確認できた
「アワインから来た冒険者です
状況を教えてください」
「冒険者か!
サウザントソーンだ
1匹だけだがかなりでかい
仲間が刺された、気をつけてくれ」
その言葉に目を向けると、旅人が1人苦しんでいる
どうやら腿あたりを刺されたようだ、命に別状はないだろう
僕は鋼の剣を抜き、サウザントソーンに斬りかかった
「はぁっ!!」
金属同士がぶつかるような音が響き、棘が何本か折れて宙に飛び散る
が、残念ながら相手にダメージはない
そしてサウザントソーンは体制を低くし、次の瞬間バネ仕掛けのように背中を向けて飛びかかってきた
「おっと、危ない」
その攻撃パターンはあらかじめ聞いていたため、余裕を持ってかわせたが、棘を大きく拡げていたために『カウンター』を狙えない
「予定が狂ったな
カウンターは思ったより使えないな」
一方、サウザントソーンは背中から着地したが、棘を器用に使って半回転し、再び腹這いの体制になった
「じゃあ作戦その2だ
水生成」
生活魔法L9のスキル、水生成である
このスキルはMP1につき、水を100ccほど作り出すもので、本来なら戦闘の役には立たない
しかしMPを100も使って10リットルほどの水をサウザントソーンにぶっかけてやった
当然激怒して飛びかかってきた攻撃をかわし、今度はアイテムボックスから空の麻袋を取り出すと、僕は『ある場所』に移動する
僕が高レベルの生活魔法を使ったことに周りから驚きの声があがるが、僕は無視する
「ほらほら、もう一回来てみなよ」
僕が麻袋を振りながら挑発すると、激怒したサウザントソーンは再び飛びかかってきたが、僕は右に跳んでかわすと、麻袋を今までいたところにかざし、突っ込んできたサウザントソーンの棘を絡み付かせるて、そのまま袋を引きサウザントソーンの背中を『ある場所』に誘導した
べちゃっという音とともにサウザントソーンの棘が、さっき作ったぬかるみにはまる
必死でもがくもののどうにもならず、弱点の腹を上に向けているサウザントソーンに、僕は鋼の剣を突き立てた
旅人たちの歓声の中、被害者の男性にヒール(回復魔法は、異物が抜けてから傷が治る)とクールダウンをかけて、僕はアワインの町に帰って行った
次回タイトル予告 初めての野営
用語解説
サウザントソーン
いわゆるヤマアラシだが
雑食性で肉も食べることと
ジャンプして攻撃してくるのが最大の特徴
首が亀のように伸び、棘に刺さった獲物を食べることもできる
戦士では戦い辛いが、魔法使いなら楽に倒せる
しかし肉は不味くて食べられず、棘も危険なだけで使い道がないため、好んで倒す者はいない




