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ひらがな三部作

あめ

作者: 片名すたる

 少年と車椅子の老人は寄りそって、扉のむこうを見つめている。

 外は、雨だ。土砂降りだ。

 老人は少年を見ずに口をわずかに動かして何かを言う。しかし、家にそそぎ込む雨音は、その言葉を包み込みかき消してしまう。にぎやかに屋根をたたく雨粒の音も家の中を満たす。


 そこは田舎だった。

 鳥は楽しそうに鳴き、ハチは甘い花の蜜を探す。まれに響き渡る猟銃の音も、こどものばか騒ぎも、すべて集落を囲む森林が受け入れてくれているようだった。

 ひとつ、田畑の真ん中に建っている小さな家があった。

 「かあちゃん、これを見て」

 今回の発明には自信があった。修平は玄関先においてある、風を受けて回転するものを指して言う。

 「修ちゃん今度は何を作ったのさ」

 誇らしげな笑みを浮かべる修平。母は玄関先に出ると、あら、と声を漏らす。そこには、風車にいくつか銅線が結ばれ、豆電球が光っている装置があった。

 「すごいじゃない、修ちゃん」と喜ぶ母だった。

 修平は、将来発明家になって、ここを大きくするんだもん、と胸を張った。

 修平の弟、良平は母のうしろで装置を見た。すごいな、と思った。そんな才能があっていいな、とも思った。しかし、発明家なんて、僕は発明家はいやだねと結論づけた。

 近くには、かたつむりの殻のような模様の石が落ちていた。良平はそれが気になり、拾った。雨粒が額を打った。

 あ、と間抜けた声を出し、「雨だ」と雨粒を指で拭きつつ言った。

 「あらま、修平、それを早く片付けてちょうだい。ほら、みんな、雨にあたっちゃダメよ、雨の御霊に連れて行かれちゃうわよ」

 ほらほら、と修平を促しながら、二人の母は急いで洗濯物を取りに行った。そして付け足すように、「あと良平、その石は拾ったところに戻すのよ。さもないと石のおばけが来て呪われるわよ」と家の中から声がした。


 老人はふふ、とにやにやしてしまう。懐かしさと恥ずかしさにはさまれると、自重の笑いが出てしまうものらしい。


 となりのクラスには、男子に人気のある女の子が一人いた。

 「お前も見に行こうぜ」「好きなんじゃないのか、良平も」

 良平はそう口々に誘われても、天邪鬼精神で行こうとしなかった。ここでみんなに流されては、何かしゃくだ、やめておこう、と。

 それでも、なんだか悔しかった。良平はとなりのクラスへ駆けていく仲間を見送って、窓から神木を望んだ。

 田畑の広がる地形において、神木はひときわ目立っていた。人が神木の地点に立てば、針の先くらいになる。しかし神木は良平を見守るように立っていた。その堂々とした感じに、良平は説得力と憧れを覚えた。

 そうだ。

 集落の伝承で、好意を寄せる人の名を神木のもとで繰り返すと、結ばれるというものがあった。もうあまり集落では信じられていないが、良平の天邪鬼精神からしたら、信じる価値があるものだった。

 学校が終わると、良平は急ぎ足で神木に向かった。

 神木を下から見ると、容器から水があふれでてしまうように、太い幹はたくましい生命力を放っていた。良平はなぜか兄の修平が作った発明のひとつを思い出した。鳥の鳴き声や風の音など、音声を再生させられる装置だった。金属のような、冷たい無機質なものが生命力を宿せるものなのだろうか――

 のけぞるように良平は我に帰る。そうだ、まじないをしに来たのに、何をしているんだ。

 目をつむり、手を合わせ、「前田咲、前田咲、前田咲……」と聞こえるか聞こえないかくらいの声量で唱えた。その間、風に揺られて、神木の葉は笑っていた。


 ふう、と深呼吸して肩をがくんと下ろす。老人の頭の中は綿を詰められたようにぼんやりとしている。それでも、目は切なそうに、楽しそうに輝いている。

 

 良平にとって、修平の成功はいつも嬉しくなかった。妬ましかった。

 「母さん、聞いてくれよ。今度、俺の担任が友人に推薦してくれるらしいんだ」

 「あら、すごいじゃない。修平の機械を見せたのかしら」

 そうさ、と言って修平は、担任の友人についての話を始めた。

 良平は読書をするふりをして、それを聞いていた。修平の成功は喜びたいが、どうしても嫉妬の情が先行する。失敗しないかな、というような、消極的な嫉妬。よろしくない。

 あくる日、修平のもとに例の担任の友人が来た。彼は技術者らしかった。そうして、修平は発明家への道を突き進んでいった。

 修平とその技術者で、さまざまな装置が作られた。風力装置の改良版や、電動伐採機、もともと集落では修平の発明が有名だったこともあり、たくさんの協力者を得て完成した有線電話。修平の装置は技術者が都会の会社に持っていくと、高く買い取ってくれた。最初は生活の足しになるばかりの報酬だった。しかし、徐々に発明が増えていくにつれ、修平の財産は膨らんでいった。そして、集落は修平の厚意で経済的に豊かになった。

 かつて神木が立っていたところは、電線を集約した大きな鉄塔が腰を下ろしていた。

 「つくづく、残念だね」

 良平は鉄塔を見上げていた。やさしい風は、となりに立つ前田咲の髪をなでた。二人の目線は同じ方向を向いていた。

 「なんでここのみんなは切るのに賛成したんだろうね。昔からあるご神木だったのに」

 

 徐々に、集落からは伝統が消えていった。ひと世代がいなくなると伝承のいくつかは途切れてしまった。干ばつ状態に近いこともあって、ほとんどの人が雨を恐れなくなった。

 良平と修平は妻子を持つにふさわしいくらいの年齢になった。良平は前田咲と結婚し、息子ができた。修平は相変わらず忙しそうにして、視野に女性は入ってこなかった。というよりも、修平は発明中毒になっているきらいがあった。

 「石の中にある成分を取り出して、それを用いれば……」

 修平の一声で、集落の人々は石を運んできては、修平の作業場に置いていくようになった。

 「おい、修平」

 良平はその話を聞きつけて、修平のもとに来た。

 「おお、良平、どうしたんだ」

 「どうしたんだ、じゃなくて、最近みんなが石を運んでいるんだけど、なぜだ?」良平の目は、敵の出方を見定める兵士のようだった。

 「ああ、これか」――と石の山を指して言う――「それは、俺の新しい装置のためさ。ここの石にはどうやら貴重な成分が……」

 「修平、忘れたのか? 石は移動させたら戻さなければならない。さもなくば、石のおばけに呪われる。そうだろう?」昔からこの集落で伝わることじゃないか、とは口にしなかった。

 修平は富士山が消えた、とでも言われたかのように、馬鹿らしい、というように笑った。

 「そんなのは、古くさい伝承だろ? 過去に縛られたままでは、なにも成し遂げられない。だいたい、ただの石ころじゃないか」

 は? と良平は思わず言った。

 「蹂躙するものと、しないものの区別はつけた方がいい。早く、石をもとに戻すんだ」

 修平はゆっくりと首を左右に振る。必死に情けを乞う罪人に対して、処刑人がするように。

 「これは蹂躙じゃない、進歩だ。過去を取捨選択した結果だ。良平、お前は昔からそうだ。取捨選択を間違える。石橋をたたきすぎて進歩がない。さあ、良平、俺の邪魔をしないで出て行ってくれ」

 良平は言い返そうと思ったが、石持ってきたぞ、と集落の住民がやってきたので、ずかずかと出て行った。


 老人は、のどの奥で唸るような音を出す。相変わらず、雨音は激しい。


 「ついに完成した! これで太陽の光からエネルギーが作れる!」

 まるで子どもに戻ってしまったように、修平は喜びの言葉を集落中に響き渡らせていた。集落の住民も、自らのことのように嬉しそうに集まっていた。

 「あいつがいればここも安泰だなあ」「天才と呼ぶにふさわしいね」口々にそう言われていた。

 そうして、自然とその太陽光発電装置の実力を見てみよう、という運びになった。修平はもちろん有頂天外という感じであった。

 集落のすべての人間が、神木がもとあった場所の前に集まっていた。鉄塔が立つ場所だ。

 しかし、良平と前田咲だけは、家にこもっていた。良平がかたくなに行かせなかった。本能が行くべきでないと伝えていた。

 装置は、少し厚い板のようなもので、太陽光を元気に反射していた。装置の下からは、銅線がひかれて豆電球につながれていた。その豆電球は、修平が風車の回路を作ったときと同じものだった。

 「それでは、みなさん、お待たせしました! 僕の発明の中で、一番自信があります! これで太陽があれば、電気が流れるというわけです!」

 おお、や、へえ、と感嘆の声があがった。

 修平は笑顔で、スイッチを入れた。

 観衆は前のめりに見入った。修平も豆電球を見つめていた。

 ――ポタっ。

 豆電球のガラスには、小さなしずくが付着していた。


 良平は家の窓から、大雨の様相を呈した外を心配そうに見ていた。

 「雨の御霊のご気分はどうなのかしら」前田咲も不安げだった。


 老人は決心したように、顔をあげ、前を見る。

 相変わらず、雨はざあざあと降っている。

 少年の方に顔を向けると、うなずく。少年もうなずく。

 少年は車椅子を押して、二人は雨の中へと消えていった。

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