西口店休業中
お店の前のゴミ掃除を済ませて、フリーペーパーのラックを置くのが私の日課。
一年半前に就職したロータリー前の小さな不動産屋「木内不動産」で、宅建の資格の勉強させてもらいながら働かせてもらっている。
目の前には新しい駅ビルがガンガン音立てながら、出来上がっていくのを見ると少し切なくなるのも無理はないよね。
あの場所にあった古ぼけた「荒井洋菓子店」も今はなく、その場所はエレベーターが新設されることになっている。
菅原君は知り合いのスイーツ店で働いている。
本人も言っていたけど、腕が良いのでスカウトがひっきりなしだったのは本当のようだ。
今じゃ地元のケーブルTVで放送されて以来、イケメンパティシエって人気者なんだとか・・。
アレ位でイケメンって・・・(プッ
結局、今も菅原君のアパートで居候している私だから(勿論家賃は折半ですよ!)彼が楽しそうに腕を振るっているのは嬉しいし、楽しそうに今日の出来事を話してくれるのは私も楽しい訳ですよ。
お土産に売れ残り持って帰ってきてくれるしね!!!!
ってな訳で、感傷に浸っている間にも手は黙々と箒を動かして歩道のゴミ掃除。
駅周辺は煙草禁止だし自転車の路上放置も速攻で撤去してくれるから、掃いても落ち葉だけってな感じ。
この不動産屋はこれまた昔っからある地元の地主さんが経営しているもんだから、駅周辺の事に凄く詳しい。
勿論、「荒井洋菓子店」の入っていたビルもこちらの社長さんの持ちビルでした・・。
社長さんは酒飲みな癖に甘い物に目が無い人で、菅原君が作ったケーキを二日に一回の割合で買いに来ていた常連さん。
外装も内装も昔ながらだったのに、改装させてあげられなかったのが申し訳なかったって今も言ってくる。
当の本人は外見に騙されて足を踏み入れない客が悪いのであって、社長は悪くないって毎回言ってるのにね。
(見た目で判断はいけないけど、その言い方っておかしいと思うけどねぇ・・。)
今では飲み友達みたいで随分仲良くしてもらっているみたい。
「夏芽ちゃーん、掃除終わったらお茶淹れといてー!」
引き戸の入り口全開にしているもんだから、社長の声は外まで丸聞こえ。
「はーい、今行きますー!」
笑顔で店内に返事をして振り向いたら、大きな体が目の前にあった。
いきなり過ぎてよろめいたらこれまた大きな手ががっしりと腕をつかんでくれ、何とか転ぶのは免れたのだけど・・。
「すみません、前を見てなかったものですから・・。」
「夏芽さん・・ですよね?」
「へ?」
起こして貰いながら下を向いて謝っていると、いきなり私の名前が呼ばれた事にびっくりして顔を上げると・・
「あれ?信次朗君?」
菅原君の弟で実家のケーキ屋さんを継いだ、菅原信次朗君がちょいと困った顔して立っている。
菅原家で高校短大と五年間もバイトしていた私は、バイトと別に虐めに遭い引きこもっていた信次朗君の勉強を見てあげたり、相談に乗ってあげたりと良いお姉さんをしていた事もあったのだ。
「わぁ~、ひっさしぶりだねー。元気だった?私は元気だったよ。つーか、前よりさらに大きくなった?そういや子供が出来たってこの間聞いたよ、おめでとう!!」
返事をさせることなく一通り私が喋り終わると、信次朗君は一つ一つに返事をくれる。
「本当にお久しぶりです。見ての通り僕も元気です。
夏芽さんがバイト辞めてからも、5cm以上伸びたんですよ。
今度で八ヶ月になるんです、生まれたら見に来てくれるでしょ?
兄貴と一緒に。」
「当たり前じゃん、赤ちゃんは可愛いもんねー。見に行くに決まってるでしょ!あにきといっしょおおおおおおおお?」
話の流れのまま、最後の言葉に気が付いて叫んでしまった時には、ときすでに遅し!!
「夏芽ちゃん、店に入って喋ったら?」
あまりに遅いから文句言いに来たと思われる、社長がニヤニヤしながら立っていた・・・・。
「あいつの弟なんだろ?いや~体格は全然似てないけど、顔はそっくりだなー。
酒はいけるのか?
菅原の跡取りってことはケーキ屋だな?
今度持って来い、味見してやるぞ?」
社長の質問攻めに大きな体を小さくして恐縮している信次朗君。
あれは一時間以上は帰れまい・・・。
お茶を用意しながらカウンターで社長に一方的な会話をされている信次朗君。
ああいうゴリ押しタイプに弱いから、照明で汗が光っているのが分かる。
「ねぇ信次朗君、どこか行く予定だったんじゃないの?
ここでお茶してたら遅くなっちゃうよ?」
社長の隣に座って、横から口を出す。
「うん、今日は定休日だから夏芽さんが働いているところでも見に行ってみようかなって・・。」
ちょっと照れた顔が菅原君によく似ているけど、こちらのほうが可愛い~。
マイナスイオンが出てるっていうのかな?
「へぇ~、夏芽ちゃんも隅に置けないね!菅原兄弟に惚れられてるなんてさ!」
社長のからかいに軽く睨みながら、
「夏芽さんは姉みたいな存在なんですよ!」
「そうそう、しかも信次朗君は既婚者ですから・・。」
信次郎君は顔真っ赤にして否定をし、私は呆れた顔で付け足す。
「それに、兄ちゃんの彼女に手を出すなんて事しませんよー!!」
信次朗君は笑顔でおかしな事を言った。
「彼女・・・・?」
眉を顰めた私を見て、社長と信次朗君がおやって顔をして見合わせる。
「私、菅原君の彼女じゃないんですけど・・。」
「はぁ?!」
思わず言った言葉に社長が驚いた声を出すのに、さらに私は驚いた。
「え?だって菅原君と同棲してるんでしょ?夏芽ちゃん。」
「違いますよ!同棲じゃなくてルームシェアです。
部屋を間借りしているだけで、菅原君とはただの同居人ですよ!!」
どこでそんなことになってるんだ!
思わず信次朗君を見ると、
「えっと・・。
実は父さんがそろそろ嫁に来るから楽しみだって言ってて・・。
母さんと嫁さんが式場のパンフレット用意してパスポートがどうたらこうたら言ってたから、おかしい なと思って聞きに来たんだけど・・・。」
「・・・・なんで?」
「僕もよく分からないんだけど、嫁さんが言うには夏芽さんちのご両親と何かあったみたいで・・・」
思わず詰め寄ると、冷や汗かきながら信次朗君がゴニョゴニョと教えてくれた。
うちの両親と何があったのかなんて、一つしかない。
私が菅原家でバイトしていたときに信次朗君のこともあり、家同士で仲良くなった。
とは言っても、たまに母親同士がランチ会をする程度だと聞いていたのだが・・・。
どこでそうなった?!
あれこれ考えている横で、社長と信次朗君が話すのすら気がつかなかった。
「あのさ、仲人なら俺まかせてよ。
この二人の最近のことなら一番俺がよく知ってるからw」
「はぁ・・構いませんけど結婚話は何か本人が知らないようではまだ先の事なのでは?」
「大丈夫だって!夏芽ちゃんはよく分かってないけど、遼太朗に家事やらせてないんだぜ?
寝る部屋違うだけで、ほぼ変わんないって。」
「そうですか?」
「なんなら遼太朗に聞いてみな。東口の坂本貴金属で指輪買ったってこの間聞いたぜ?」
「?!!」
ウンウン唸っている私は、後に真実を知ることになるのです・・・。
木内不動産の社長さんは地元の人ですから、反対の東口の情報だってすぐに入ります。