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第四話

 ゆっくり考えていいから、と言われていたが心の中は決まっていた。迷いは一切無い。未練もないし、寧ろ拒否してくれたことを幸運に思うほどだ。それなのに僕はパソコンに向かって頭をフル稼働させていた。ヘッドフォンから流れるお気に入りのグループの曲の歌詞を聞き取ることも出来ないくらいに集中していた。

 開いたファイルは今日返された原稿の元。男女三人が頭の中を空っぽにして馬鹿騒ぎをしているだけの話がただ書き連ねられている。

――読んだ人が少しでも笑ってくれたら――

 自分の青臭さだけが見える薄っぺらな駄文。葛生先輩はこれを見て、僕の話を聞いて純粋だと言った。多分、それは違うと思う。

 これは純粋なわけではない。ただ、技巧やトリック、ギミックを排除して隠さなかっただけだ。隠そうと思えば隠せるものを逆に剥ぎ取った。深く真意を沈めて厚みを作ったようなものをそうとは言わないが、それはそれなりのものになるのではないだろうか。物事は全て単純化する。

 確率はいつもゼロか百パーセント。YesかNoだけで世界は出来ていて、0と1で管理される。でも、結局はその二つになっていたものは片方に収束する。現実世界でifの世界を見ることは叶わない。過去は起こるべくして起きた。未来に起こることは起こるべくして起こる。現在という時間は無く、ただ未来を過去に変えるだけ。目を瞑った瞬間に目の前が本当にそのままであるかを実証することは不可能だし、シュレディンガーの猫も同じ。パンドラの箱は最後まで何があるか分からない。大体、現実なんて大概予想の斜め上だ。ifのifは想像しても無駄なこと。過去も未来も不変であるのなら、現在の行動も不変。何事も決まったように動く。

 うん、未来は大体決まっている。今から百年後なんて僕は死んでいるだろうから、その先がどうなっていようが僕に知る術もなければ知ってもどうすることも出来ない。数億年のサイクルから見れば僕の生きる数十年なんてものは瞬きと同等。死ぬために生きる、なんて言葉があったが、それは間違いではなく正常。どう生きるのが重要ではなく、どう死ぬのかが重要。後悔しない様に生きることは異常で、後悔してでも生きることが正常。

 もし僕の書いた青さの単純物質を純粋と言うのならば、世界は純粋に満ちている。利権だけの純粋物質、殺人衝動だけの純粋物質。世界は本当に純粋で一杯だ。収束しきった一つを純粋と呼ぶのならば、歴史は全て純粋になり、全て起こった犯罪は純粋に、戦争も、迫害も、何もかも純粋になる。開けてはならない箱も、開けては意味の無い箱も、その全ては純粋ではなくなり世界から爪弾かれる。

 色眼鏡を通して作品を見ると、それは不順物質の集合体。人生にドラマを背負わなかった人間たちが死ぬことも許されない。何も感じさせない言葉に反応する人たち。世界を単純化させることが出来るのならば、この話はただ「楽しかった」と書けばいいだけの話。

 そうではない、そうではないのだ。確かに確率はゼロか百だし、現実は予想の斜め上を通る。ifのifは意味が無いし、過去は不変。それは否定できない。物語の人々は決められた役割をこなすアクターであるし、台本通りに行かないことはない。

 だから不気味だ。この世には意味の無いものは大量にある。出会う人々がどれもが重要な役割を担うことはないだろう。だったら思いっきり意味のないものを書く。ドラマなんか一切無い。事件なんか一切無い。山場も濡れ場も一切無い。結末なんてどうでもいい。伝えることは一切無い。登場した意味がないし、活躍もしないような人がいてもいい。それくらいが丁度いい。

 そう思ってひたすら逆に修正していく。人生を持たせ、役割を持たせ、言葉には必要性を吟味し、薄っぺらな張りぼてのテーマを後ろに隠す。ちょっとしたドラマに伏線を張り、徐々に収束させていく。持てる限りの技巧とギミックを凝らし、緩急を考え、リズムをつける。

 そうして出来たのは読んで貰うための話だった。

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