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第三話

この物語は、実は作っていた設定のスピンオフでした。

 適当な場所に座ってと言われ、言われたとおりに近くにあった椅子に腰掛けると葛生先輩はその対面へ椅子をこちらに向けてから座った。

「さて、他の部員が居ないようだけど簡単に説明するね」

 先輩の話を要約するとこうだ。

 会員は五名。文芸部入部の落選人数から考えると極めて少数だが、殆どの者が文芸部に入ることが目的だったので第二文芸同好会には見向きもされなかった。毎週月曜金曜の放課後に集まっているが、何となくここに集まっている日もあるという。主な活動は学校祭での作品展示と販売。月例会と言って、毎月作品を一本以上書いて全員で回し読みして感想を言い合う。投稿は自由。活動費が生徒会から支給されないので毎月数百円を会員から徴収してそれを活動費として使用している。活動費の主な用途は月例会ごとに全員の作品を納めるバインダーの購入費で、残りは学校祭への積立金になる。月例会の作品を納めたバインダーは顧問の先生に許可を貰って準備室のロッカーに納めてある。

「質問はある?」

 なかなかにまとまった説明で、痒い所に手が届いている。お陰で質問することがないと首を振るしかなかった。

「そう。ああ、それと文芸部の入部説明で言ってなかったと思うけど、実力と熱意を認めれば後でも入れてもらえるからね。もし文芸部に入りたいと思うのならば、何度も原稿を持って行くといいよ」

 それは初耳だ。確かにそんなことは入部説明会でも、落選通知でも言われていない。

「君はどうする?」

「僕は……」

 どうしようか。一瞬でも迷ってしまう。未練が無いとは言えない。だが、僕はこの葛生先輩の人柄に惹かれつつある。はきはきとした物言いに元気のよさ。快活を絵に描いた様とは正にこの人だ。こうして初対面で向かい合っても嫌な感じもしないし、変に緊張もしない。初めてであるのに何年か過ごしたかのような安心感さえ感じつつある。

 言い淀んだのを見てか、葛生先輩は助け舟を出してくれた。

「まぁ今すぐ答えを出して、なんて訳じゃないから。私たちも部活に昇格出来ない立場にあるから部員集めに躍起になっているわけでもないしね」

「そう……ですか。それなら少し考えさせてもらっても――」

「――いいよ」

 読んだように言葉を重ねてくる。それを不快に思えない。葛生先輩の人柄がなせる業だろう。

「それじゃこれで説明は終わりだけど、一つ聞いていい?」

「あ、はい」

「貴方がこれを書いて、読んだ人に伝えようとしたメッセージは何?」

 四度目の原稿への指差し。だがそれが今までのものとは比べ物に無いくらいの鋭さを持っていた。瞳は真剣に僕のことを見つめ、一言一句をも逃さぬばかりの気負いがあった。

「これ、ですか」

 若干震えた言葉をひねり出した僕に葛生先輩は視線を外さないように小さく頷いた。言葉を出そうとすると口の中がからからに乾いていた。張り付いたように喉は動かない。言い知れぬ迫力に下手な嘘はつけそうもない。もしかしたらどんな嘘でも見抜かれてしまうかもしれない。

 だから、正直に答えようと思った。そうするしかなかった。

「これ、は――」

 うん、と先輩は小さく先を促す。それにつられて言葉が滑り始める。

「――二人の男子と一人の女子が騒ぐだけで、メッセージなんかは」

「――本当に、ない?」

 二の句が遮られる。些細な言葉も注意深く見られている、そんな気がした。

「い、いえ。その――青臭い話になりますけど――読んだ人が少しでも笑ってくれたら、と」

 それは僕がいつも根底にある青臭さの塊。皆が笑っていれば幸せだと信じているわけではないけど、心の奥底では願っている幻想。わざわざ文字にして伝える必要があるのかと言われたら即答できない、そんな儚さの集合体。認めてしまえば崩れる砂上の楼閣だった。

「話は進展しないですし、事件も起こりません」

 けれど、自然と言葉がこぼれる。

「娯楽のキャラクター小説だと言われればそれまでですが」

 どうしてだろう。ブレーキを掛けたいのに身体が動かない。

「それが悪いとは、思えません。だから、僕は――」

「――これを書いた。一人でも笑ってくれれば、と」

「……はい、その通りです」

 今にも泣きそうな声で声を出す。そんな僕の答えに彼女はどう反応するだろうか。嘲笑するだろうか。蔑視するだろうか。鼻を鳴してそっぽを向くかもしれない。

 けれど、先輩はただ静かに笑った。嘲笑ではない。見下しているわけでもない。許容するような、温かい笑みだった。

「そっか、やっぱり君は――大平下君は純粋なんだね」

 高校生にもなって頭を撫でられたが、とても嬉しかった。自分が認められたことが初めてで、泣きたくなるくらいだ。僕は声を出さずに、心の中だけで静かに泣いた。

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