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第十四話

 僕が入ってきてから部室の賑やかさは鳴りを潜めていた。一挙手一投足が舐めるように見られている感覚に身が縮こまる。

「もう一度聞くけど、文芸部に入る気はない?」

 冷静冷徹な声がしんとした部室に響く。なんというプレッシャーだろうか。秒針が削る身体を押しつぶされる。

 意地悪な人だ。

「何度でも断りますよ」

 冷静に、冷静に。声が震えないように搾り出す。高鳴る心臓が全身に血液を巡らせていることが分かるくらいに緊張している。本当、意地悪な人だ。

「そう、ありがとう」

 微笑んだ部長の顔を見て、やはり正解だと安堵できた。微かにざわつき始めた外野を気にせず、部長は続ける。

「大平下君が私の友達を裏切らなくて良かったわ」

「それはよかったです」

「それでそんな貴方に頼みがあるのだけれど」

「はい? 僕に、ですか?」

 僕に頼めることなんてそれこそ幾許もない。二文のことなら間々田先輩か葛生先輩に頼めばいいことだ。新入りの僕に頼むメリットは一つもない。文芸部に関わることだとしても、ここは人数が豊富だ。男子部員も結構居るし、力仕事を頼むことでもないだろう。だとしたら、何なのだろう。

「文芸部はね、季刊で部誌を発行しているのよ。近隣の本屋さんに置いて貰ったり、前線で働いているOBの方へ送ったり、あとは購買でも販売しているわ」

「そうなんですか」

 運ぶのを手伝えということだろうか。それとも印刷とか製本をすればいいのだろうか。だが、部長さんの言葉は予想の斜め上だった。

「貴方、寄稿してくれないかしら」

「寄稿、ですか? 奇行ではなくて?」

「ええ、寄稿よ。部誌に一つお願いしたいのだけれど」

 部長さんは至って大真面目らしい。浮いていた人差し指を玩ぶように動かしながら発せられる言葉は信じられないものばかりだ。

「あのですね、僕は部外者なんですよ」

「だから寄稿して貰うのよ。部外者の原稿が入るにはこれしかないじゃない」

「でしたら、二文と合同誌にしたらどうですか?」

「それはダメなのよ。貴方には途方もなく『つまらなく』書いて欲しいから」

 つまらなく、に妙にアクセントがついた。

「……どうして、僕なんですか? 僕なんかよりも文芸部の部員の人たちの方が――」

「――貴方程度は世の中にごまんといるわ。けれど、ここに貴方程度は残念ながらいないのよ」

「……どっちの意味でしょうか」

「さぁ、どちらでしょうね」

 からかうように小さい声で笑う。こういう事を小悪魔的、と言うのだろうが正直その形容は部長さんには似合わない。からかうような状況なのに、鈴を転がすような声に優しすぎる微笑は天使と呼ぶに相応しかったからだ。

 一瞬だけ見惚れてしまったが、それだけでは呑まれてしまう。僕は話を続けることを選んだ。

「どちらにしても、僕に書かせて何がしたいんですか?」

 聞くと部長さんは考え込んでしまった。まさか何も考えていないのだろうか。考えなしにこんな事をさせてどんな利点がある? 僕を文芸部に取り込むため? いや、それは冒頭で自ら棄却している。それは裏切りになってしまうからだ。

 いや、どうだろうか。二文に入った僕につまらなく書かせるというのは、裏切りの範疇に入るかもしれない。だとしたら、この人は矛盾している。

 漸く考え終わった部長さんからの言葉は、やはり予想外であった。

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