#9
「なんか奥の奥っていうか、追いやられているというか」
響子と楓は「言葉の雨」なる文芸サークルの部室を目指していた。普段講義では使わない棟でゼミなどで使うであろう各教授の部屋と小さな教室が並ぶ。そこには各々サークルの部室がある。全6階建ての最上階の端の端。その教室はあった。チラシにそう書いてあるから間違いないだろう。
「ここでいいんだよね」
響子は楓の方を見る。
「物音一つ聴こえないけど。たぶん中、誰もいないよね。そもそも活動日とかあるんじゃないの」
そういって響子の持つチラシを覗き込む。
活動日・不定。
「アバウトだな、そもそも活動してるのか?」
「なんかちょっと不安になってきた」
響子が苦笑いする。
「まあ、ここはこことして。せっかくサークル部室が入った棟なんだからさ、他のサークルも見に行こうよ。見学だけでも」
「・・・…そだね」
少し残念そうな響子を楓が引っ張っていく。
「あ」
二人同時に声を出した。
見た顔だった。健が向こうから歩いてきていた。
「どうも、お久しぶり」
楓がそう言うと気づいたように健が顔を上げる。チラシを見ながらで前に気づいていないようだった。
「あれ、ああ、この前の」
楓はあーだこーだ言っている中に響子は口をはさめない。こんにちはさえ言えない。ときどきそんな自分が響子は嫌になる。
「ああ、君も」
健が気づいて近づく。響子は一歩後ろに下がる。それを察して楓が響子の横に回る。
「どうもこのこ恥ずかしがりやで、ほらあいさつしなさい」
健が微笑ましそうに笑う。
「なんだか親子みたいだね」
(やっぱりなれない人は苦手だ、わかってるのに言葉が出ない)
「そういえばどうしたの?こんなところまで?」
楓が健に尋ねる。
「入りたいサークルがあって、たしかこの辺なんだけどな」
健が楓と響子の横を抜けていく。
「あ、あった。ここだ」
健が止まった場所はさっき二人が引き返した教室だった。
「てことはあんたも」
楓は他にも入部希望者がいたことに驚いた。
「え、君もなのか、偶然だね」
楓は首を横に振る。
「私じゃなくてこの子」
響子の方を指さす。
「ああ、君か。よろしく」
「……で、でも、わ、わた、わたしまだ、まだ」
声が震える響子を見かねて楓が言う。
「まあ、この子の付き添いで来てみたんだけどさ、なんか活動本当にしてるのかなって。だって物音聴こえないし、活動日は不定ってアバウトだし」
「そっか、残念だな」
次の瞬間、その教室のドアが中から開いた。
「きゃ」
「うわ」
誰もいないと思ってた分、三人とも驚いてしまった。
中の住人が口を開く。
「あのさ、入ってくるまでが長いよぉ。こっちは歓迎ムードで待ってたのにぃ。扉も開かず帰ろうとしないでよぉ」
「どうも」
三人は頭を下げた。
中の住人は改めて言う。
「ようこそ文芸サークル『言葉の雨』へ」