#8
「見つけたよ」
響子が目を爛々とさせて楓に言う。
「何を?」
「サークル!見学しようかなって思うサークルがあった」
楓はこんなに活き活きとしている響子を初めて見た。こどもがおもちゃを買ってもらった時のような顔、微笑ましいと楓は思った。
「で、何のサークル?テニス?バレー?もしかして山岳?」
「文芸サークル」
楓はいまひとつピンと来なかったが文がついてるから文科系のサークルなのだろうと思った。
「文芸サークル、ってどういうことするの?」
「わからない」
「え?」
そこまで話したところで講義が始まった。壇上の教授が静かにするよう注意を促す。真面目な響子はすぐ前を向いてノートとペンを取り出す。「勉強するためにここにきているのだから」楓は諦めて自分も前を向いた。
しかし大学の授業は一コマが90分あって集中力が続いたもんじゃない。楓はそう思っている。ただほとんどが眠くなる授業の中でもときに興味が惹かれるものもあって気づくと真剣に講義に聞き入っているときもある。そして文学部とはいえいわゆる文学を勉強するところではないらしい。「文学」部ではなく「文」学部であり文系科目が多種カリキュラムに構成されている。つまり高校でいえば英国社という科目がそれにあたる。文学部に入っておきながらほとんどさっぱりだが歴史系の講義はなかなか自分に合っているようだと楓は思っている。実は流行りの歴女だったりして、なんてそんなどうでも良いことを思っている。
「名前で決めただろ」
結局眠ってしまっていた講義の後、一階食堂で楓は響子に言った。
『言葉の雨』言葉オタクにぴったりのサークルだ。
こくんと響子はうなずく。やっぱり。楓はそう思った。
「今日帰りに部室によってみようかなって思ってるの」
「そうだね、私も付き添ってあげるよ」
「うん、そういえば楓さん……か、楓はサークル決めたの?」
「やっと名前で呼んでくれた。私はまだ決めてない、ゆっくり決めるよ」
この子のことばかり心配してて自分のことが後回しになってたと楓は思った。翔太はどうするんだろう、あとで聞いてみよう。
窓の外に桜が見える。春は希望と不安を一気に連れてくる。なんとなくけだるいのはそのせいだろうか。楓はそんなことを思った。