#7
「広いな、そんで人も多い、酔いそう」
「確かに。そのうち慣れるよ」
講義を終え翔太は席を立つ。
「おい、行くぞ。次別の建物だし、結構歩くぞ」
「すごい、すごい人だ」
翔太はもう一度席について隣に声をかける。
「お前、あれだ、よくいう不思議ちゃんだ。良い顔してんのに、まあそれも魅力的か。安心しろ、お前の大学生活はバラ色だよ、それよかもう行くぞ」
やっと健も席を立つ。
「俺さ、住んでたところがほんと田舎でこんなに人が集まってるのを見たことなくて」
少し早足で次の教室で向かう途中、健が口を開く。
「それも同じ年代の同じような顔がたくさん」
「なるほどね、それでぼうっとしてたのか。この中から素敵なパートナーを見つけるんだ。うん、今からワクワクするね」
「パートナー?何のこと」
「ったく彼女作るんだろ、大学といえば何より優先事項でしょ」
「だって」
「ん?」
「あのこと付き合ってるんじゃないの」
翔太は一瞬戸惑った。不思議そうに健が聞いてきたので少し動揺した。あいつは友達だ、なぜか自分にそう言い聞かせた。そして同じことを告げる。
「あいつは友達だ」
「・・・…そっか、ごめん。自分が女友達いないから、仲良い男女を見ているとてっきり」
健はきっと純粋なんだ、翔太はそう思った。何の裏もなしに正直に思ったことを伝えてくる。フリーズした思考を溶かすように明るくふるまう。
「彼女もできるし女友達もできるよ、あ、そうだ、サークルどこ入るか決めたか?俺はまだ迷い中、可愛い子がいるところが良いな」
翔太は健の方を見ずに前を向いて声を出した。きっと健は微笑んでいるのだろう。自分の同様に気づかれなければいい。
楓は自分のことが好きだ。そんなのずっと前から知っている。でも翔太にはその気はない、だからといって嫌いではない。その関係性が嫌だった。いいや、嫌とも違う、だから嫌なのだ。大学に進学すれば地元からも離れてそのうち疎遠になって同窓会で会って昔話に花を咲かすくらいでよかった。楓とは仲が良かった。純粋に友達だったら良かった。楓は翔太を追ってこの大学を受けた。偏差値も全然違う。なのに猛勉強をしてここへやってきた。自分を追ってきたというのが自惚れであったらどんなに楽だろうか。今もそう思いたいが進学という選択肢さえ薄い彼女の行動にはやはり違和感を感じた。
「どこ座る?」
翔太ははっと気づいた。気づくと講義室。
「……ああ、じゃあ一番後ろで」
「オッケー」
俺らどうなるんだろう。その言葉が胸の中でつっかえる。