#4
こどものときが一番楽しかったなんてよく言うけれど響子はそうは思わなかった。教室というひとつの箱に詰め込まれた自意識過剰な彼らたちは異質と感じたものを排除しようとする。
響子はどうもわからなかった。みんなちがうはずなのに好きなテレビ番組、音楽、ファッション、ゲーム、マンガが統一化されていてそれを知らないだけで会話に参加できない。ただそれは意識しているわけでなくみな「流行」の波にうまく乗れているのだ。そして友人の輪を作り時がたてば男女交際が始まり、それがいわば人生の階段のようなもので響子はいまだにまだ一段も上がれていない気がしていた。
そして気が付けばひとりぼっちで18歳になっていた。さみしくて悲しくて、でももうそんな感情も捨てたくなってそこに輝いていたのが無数の言葉たちだった。響子は言葉を味方につけた。
「幸せは自分の心が決める」
自分にとっての幸せが響子にはまだわからない。でもどうも世間一般とはずれている気がする。
自分の好きな「言葉」に関する勉強がもっとできたら、そういう志を持つものが集まるところに行けば自分の幸せに少しは近づくかもしれない。そんなことを考えていた。
違う。大学はそんな場所ではない。波のように押し寄せて大音量の高揚の声たちが響子を委縮させていた。楓に手をひかれながらただ唖然としていた。どこに行っても人の波が止まらない。大講義室から外へ出ても人、人、人。
「すごいな、人に酔いそう」
「うん」
間違いなく響子は楓がいなければ右往左往していて外にさえ出られなかったかもしれない。感謝の言葉を心でつぶやいた。
ようやく人の波が途切れてきた建物から少し外れた花壇のふちに二人で座った。楓の額に汗がにじんでいた。
「疲れたーなんかいかにも『大学』って感じ」
「人すごかったね」
ふぅと楓が一息吐く。
「ポケットやら鞄やらにチラシ詰め込まれたよ」
楓がくしゃくしゃになったチラシを開く。
「オカルト研究会に囲碁サークル、セパタクロー・・・…個性が強いな」
響子も無理やり渡されたチラシを開く。
「テニス、バレー、山岳……私、運動出来ないしな」
「響子はさ、サークルとか入りたいものあるの?」
「私は特にないかな、勉強するために来たから」
「……うわっ出た!優等生!」
「そんなんじゃないけど」
「ごめんごめん、あまり私の周りにそんな連れいなかったから新鮮で」
「お、おかしいかな」
「そんなことない、響子は正しいよ。おかしいのはあっちのほう」
視線のさきにある異様に盛り上がった集団を顎で指す。
「でもさ、大学といえばサークルだよ。せっかくだしいろんな人と出会って交流するのも勉強だよ」
「交流、か……うん、考えてみる」