#3
「やっと見つけたよ、人多すぎ」
いきなり声をかけられて響子は驚いた。いかにも「イマドキ大学生」のオーラをまとったその青年に響子は少しおびえていた。
「翔太どこいたの?」
会話からおそらく二人は知り合いであると響子には見当がついた。
「あ、このチャラ男は翔太。高校の同級生なんだ。このこは響子、私の友達第一号」
楓が慣れたように初対面のお互いの自己紹介を代わりにしてくれた。こんな風にふるまえるのはすごいなと響子は思った。紹介はされたものの響子は翔太の方を見ることができない。するともう一つの声がした。
「あ、さっきの」
ハッとして響子は顔を上げた。
「さっきはごめん、大丈夫だった?」
気づいたと同時に響子の頬は紅潮する。さっきぶつかった相手、恥ずかしい姿を見られた相手。響子は正面に向き直りうつむいた。
楓はぶつかった二人を交互に見ながら言った。
「偶然ってか運命ってやつ?」
からかいながらそう言ってにやりと笑った。
「なんかいいじゃん、こいつとさっき友達になったんだ。バラ色の大学生活が始まる予感がするねえ。よろしく、響子さん」
翔太がおどけて言う。
響子は少し震えていた。楓が気づいて響子の背中をさする。声に出さず口の動きとジェスチャーで「あっちいけ」と翔太に言う。
「なんだよ、じゃあまたな」
そう言って遠ざかる背中が別の女子学生に声をかける。
「サイテー・・・…でも悪い奴じゃないんだよ」
「ご、ごめん」
響子は少しづつ落ち着きを取り戻した。
「こちらこそごめん、調子乗っちゃって」
お互い小さく頭を下げた。
「ダ、ダメなの。初めてあった人としゃべったりとか苦手で」
「そっか、仕方ないよ。特にあいつは馴れ馴れしいから」
楓が指さす先にはおどけたジェスチャーで女子学生にアピールしている翔太が見えた。そしてその後ろで穏やかに笑う彼も見えた。
「そういえばあっちの名前聞いてなかったな」
翔太に向けていた指をそのままずらして楓が言った。
「……そうだね」
「それじゃあ、そろそろ行きますか」
楓が席を立つ。響子もつられて立つ。周りでは浮足立った声、うるさくて、でも爽やかに弾んだ声が大合唱していた。
「人多いよね」
「大丈夫、私も不安だよ」
響子ははっとした。
「響子見てればわかるよ。でも大丈夫、私がついててあげるよ」
響子は自分の心が見透かされた気がした。でも嫌な気はしなかった。ずっとそうだった。いつも不安が心の中を埋め尽くしていて、でも声に出せなくて、だから言葉を書き続けてきた。自分を救ってくれるのはこの言葉たちだけだと思ってた。響子は手帳を出してさっきの言葉を見返す。
「・・・…ありがとう」
楓が微笑む。
「よし、じゃあいくぞ、外に出たらサークル勧誘の嵐だ。受けて立とうじゃないの」
響子は少し心が軽くなった気がした。