#1
久々に戻ってまいりましたが
誰にも存在を知られていないと思うので
はじめましてのご挨拶m(_ _)m
少しでも読んでいただければ幸いです。
(うわ……すごい)
響子が見たものは満天の星空でも斬新な手品でもなく、ただただ広い大講義室と溢れんばかりの人、人、人である。
これからここで学ぶのだと思うと響子の心は期待半分、不安半分……正直に言えば不安九割九分なのである。
大講義室の扉の前でボーっと立ち尽くしていると案の定人とぶつかる。何人も何人もぶつかる。満員電車という言葉が響子の頭にポッと浮かんだ。
ぶつかるけど別に謝らないし、ぶつかるのが当たり前で数秒経ってやっと中に進まなくてはと思い出したように歩を進める。
数ヶ月前には考えられなかった世界が今目の前にあって、やはりそれは九割九分の不安で占められている。
講義室の長机は一台に五人がけでそれがいくつあるのだろうと数えていた。だから響子は前を向いていなかった。
「あ、ごめん」
優しい男性の声が響子の耳に入ると同時に響子の体のバランスは崩れる。平面だったら良かったのに階段状になった通路のゆるい段に躓きそのまま後ろに倒れる。
(23、24……)
結局最後まで長机の数を数え終わることはできず、地面に背中を打った。
「大丈夫? ごめん、前見てなかった」
数秒経って響子は理解した。人にぶつかって自分は転倒したのだと理解した。
(痛た……)
響子がゆっくり体を起こすと謝罪の気持ちをめいっぱい表情で表した男がいた。
「ごめん、あまりに人が多くて何人いるのか数えてたら君に気づかなかった」
こちらこそ謝罪しなければと響子は思うのだが言葉が出ない。ごめんなさいという言葉が出てこない。
いきなりの転倒にびっくりして響子の鼓動が激しく波打っていた。
口で声も出さずにあうあう言っている響子に男も困った表情だったが、響子が立ち上がるのを見てほっとしたようで
「ほんとごめん、同級生になるんだよね、これからよろしく」
そう言うと男は去っていった。
男が去ると響子の鼓動は収まった、そして数秒経ってぶり返した。
(恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい)
ほんの数秒前に入学早々すってんころりんを披露してしまったことに猛烈に羞恥を感じて、スタスタと近くの席に逃げるように座った。
(恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしすぎる、でも落ち着け、落ち着け私)
「見ちゃったよ、これであんたは人気者だ」
いきなり横から声がしてまたびくんと響子の心臓が跳ねる。
「あんまり気にすんなよ。いい思い出だよ、将来、面白エピソード選手権に出場したらいいところまでいけるって」
なんと返していいかわからずに響子はおそらく自分とまったくタイプの違うであろう女性の顔をじっと見つめていた。
「そんなに見なくても……私はカエデ、植物の楓って書く。隣に座った縁だ、今日から私とあんたは友達。名前は? 」
初対面なのにズバズバこっちの領域に入ってくる楓に響子は戸惑った。やっぱり違うタイプだと感じた。
「響子、響く子」
この部屋の活気に埋もれそうな小さな声で響子は自己紹介した。漢字の紹介は楓を真似した。
「響子ね、わかった。よっしゃ、友達ができた」
まだ響子は条約を結んだわけではなかったが、おそらく強制締結になるだろうと思った。そしてそれでいいと思った。そのくらい楓にはパワーがあった。響子自身にはない上向きのパワーを感じられずにはいられなかった。
「さっき転んだの大丈夫だったの? それにあの男も変なこと言うよね、人を数えてたって。数えてどうするんだろうね」
「私も」
「え?あんたも数えてたの? 」
「机」
「机?」
楓がにやけながら言った。
「流行ってるんだね、数えるの」
響子は恥ずかしくなって下を向いた。恥ずかしさが今日一番高まった。ちょっとからかいすぎたと思った楓が響子の頭をポンポンとする。
「ごめんごめん」
そして感心したように楓が言った。
「選手権優勝できるかもね」
すぐのタイミングで壇上からマイクを通した声が室内に響いた。