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婚約破棄されたので喜んで帰ったら、王太子に溺愛されました

作者: 黒色鮎
掲載日:2026/09/10

女性主人公の、婚約破棄だったり、ざまあだったりと色々な短編小説を毎日投稿しています。

ぜひフォローのほどお願いします。


「アリシア・フェルグラント。お前との婚約を破棄する」


 王立学院の卒業夜会。

 大広間の中央で、第一王子エドワード殿下はそう宣言した。


 ざわ、と会場が揺れる。


 殿下の隣には、淡い金髪の令嬢がいた。

 男爵令嬢のミレーナ。

 最近、殿下が頻繁に連れ歩いている女性だ。


 私が黙っていると、殿下は更に続けて口を回す。


「理由は簡単だ。お前は王太子妃に相応しくない」

「まあ」


 私は思わず声を漏らした。


 相応しくない。

 その言葉を聞いて、私は胸の内で小さく息を吐いた。


 ――やっとだ。


 これで、ようやく終わる。


「お前は冷たい。ミレーナのように誰にでも優しくできない。王太子妃になるには、人を思いやる心が欠けている!」

「そうですか」

「それに、お前は私に対していつも事務的だった!」

「そうですか」

「……何だ、その態度は」

「いえ」


 私は微笑んだ。


「殿下のお話が終わったのでしたら、帰ってもよろしいでしょうか?」


 会場が静まり返った。


「……は?」

「ですから、帰ってもよろしいでしょうか」


 殿下が目を丸くする。


「お前は自分が何を言われたのか分かっているのか? 婚約破棄だぞ!」

「はい。ですから、嬉しいのです」

「……嬉しい?」


 ミレーナが小さく笑った。


「アリシア様、負け惜しみはおやめください。エドワード様に捨てられたのですもの。お可哀想に」

「いいえ」


 私は彼女を見る。


「本当に嬉しいのです」


 そして、侍女に預けていた小さな封筒を受け取った。


 厳重に封されたそれを慎重に破る。

 中から出てきたのは、一枚の紙。

 私はそれを取り出した。


「では、殿下。こちらを」

「何だ、これは」

「婚約解消に伴う確認書です」

「……確認書?」

「婚約破棄をされることは想定しておりましたので」


 殿下の顔が引きつった。


「想定していた?」

「はい」

「いつからだ」

「三か月ほど前からです」


 ざわめきが大きくなる。


「では、こちらに署名をお願いします」

「待て。なぜお前がそんなものを用意している!」

「なぜ、と言われましても」


 私は首を傾げた。


「殿下は以前から、私との婚約を破棄したいとおっしゃっていましたから」

「そ、そんなことは――」

「先月は五回。その前の月は三回。その前は二回」

「……」

「記録してあります」


 私は手帳を開いた。


 該当のページにびっしりと書かれた文字をみて、殿下が黙った。

 会場の隅から、誰かが吹き出した。


「それだけではありません」


 私はページをめくった。


「王宮予算を私的な夜会に流用した件。視察をミレーナ様との旅行に変更した件。外交使節団との会談を忘れていた件。王立図書館の蔵書を勝手に持ち出した件」

「アリシア!」

「はい」

「それは……!」

「すべて記録しております」


 私は手帳を閉じた。

 殿下が睨みつけてくる。


「なぜそんな、くだらん記録をしている」

「婚約破棄されると思ったからです」

「……」

「私にはもう、殿下の尻拭いをする義務がありませんので公開しても良いかと」


 その瞬間だった。

 大扉が開いた。


「――その通りだ」


 低い声が響く。

 全員が振り返った。


 入ってきたのは、国王陛下だった。

 その後ろには宰相と、私の父であるフェルグラント公爵。


 そしてもう一人。


 黒い礼服を着た、銀髪の青年。

 私はその姿を見た瞬間、少しだけ目を細めた。


「父上……?」


 エドワード殿下の顔から血の気が引いていく。


「父上、なぜここへ」

「お前が重大な発言をすると聞いてな」

「それは側近達にしか言ってないはず……」

「私の耳はどこにでもあると思え」


 国王陛下は静かに答えた。

 殿下は絶句し、立ち尽くしていた。


「婚約破棄を宣言したそうだな」

「はい! 私はアリシアとの婚約を――」

「許可する」

「……え?」


 殿下が固まった。

 確かに最終的には認めてほしいのだろうが、まだしっかり説明もしていないうちに認められたため、困惑の方が強いのだろう。


 国王陛下は私を見る。


「アリシア嬢。長い間、息子の面倒を見させてしまったな」

「いえ」


 私は頭を下げた。


「こちらこそ、お世話になりました」

「……そうか」


 国王陛下は少し寂しそうに笑った。


「では、これでフェルグラント公爵家と王家の婚姻契約は終了する」


 そして、もう一つ。

 陛下はこの場全てに届くように宣言を行った。


「それに伴い、エドワードを王太子から廃嫡する」

「お待ちください!」


 声を上げたのはミレーナだった。


「そんな……! いったいどういうことですか!」

「以前より考えていたのだ。エドワードの能力はこの国を支えるに足らない。……だからこそ、アリシア嬢の能力を持って、どうにかこの国を預けられる、そう思っておったのだ」


 父の言葉に、殿下が声をあげられる。


「そんな、私はこの国をしっかりと――」

「では、今までの業務を己1人でできるというのか?」

「そ、それは」

「いくら、優秀な大臣達が居ようと、最後に印を押すのは王なのだぞ。――今までの書類程度片付けられずどうするのだ」


 殿下は言葉を失い、崩れ落ちる。

 会場が凍りついた。


 王の言葉こそ、この国では法。

 確かに裁判などもあるが、このザマでは誰も助けに入らないだろう。

 それに、この方は自分の意見だけで決められるお方ではない。

 しっかりと証拠を用意していることだろう。


 エドワード殿下が叫ぶ。

 最後の抵抗だろうか。


「父上! 私は王太子ですよ!」

「違う」

「なぜです!」

「もう一度言うが、お前が今、捨てたものが何なのか分かっていないから、王太子でなくなるのだ」


 国王陛下が私を見る。


「フェルグラント家との婚姻を失えば、お前を公私共にしっかりと支える者はいなくなる」

「ですが、ミレーナが!」

「男爵令嬢一人で王太子を支えられると思うか?」


 ミレーナが青ざめる。


 そして国王陛下は、後ろにいた銀髪の青年へ視線を向けた。


「第二王子ルシアン」

「はい」

「本日より王太子位をお前に譲る」


 大きなどよめきが起こった。

 私は黙って彼を見た。


 ルシアン殿下。

 私と同い年。

 第二王子。


 幼い頃からほとんど表に姿を見せず、王宮や北部の伯爵領で過ごしていた方。

 そして――。


「アリシア」

「はい」

「久しぶり」


 彼が微笑んだ。


 その瞬間。

 会場の空気が変わった。


「……お久しぶりです、殿下」

「敬語?」

「一応、殿下ですので」

「昔はルシアンと呼んでくれたのに」

「昔の話です」

「そう」


 彼は少し寂しそうに笑った。

 そこで、我慢できずにエドワード殿下が叫ぶ。


「なぜルシアンが! 私は長男だぞ!」


 国王陛下は答えなかった。

 代わりに宰相が一歩前へ出る。


「エドワード殿下。ご存じなかったのですか?」

「何を!」

「王太子として必要な資質を判定するため、三年間にわたり秘密裏に調査が行われておりました」

「……」

「その結果、殿下の評価は最低値でした」


 会場のあちこちから息を呑む音が聞こえる。


 なるほど。

 これが、王が決断するに足る証拠。


「一方、ルシアン殿下は国境紛争を収め、北部の税収を三年で倍増させています」

「そんな……」

「そして」


 宰相は私を見る。


「アリシア嬢は、その三年間、エドワード殿下の公務を補佐しながら、すべての問題を記録しておりました」


 私は黙っていた。


 王宮にいらっしゃる時は、必ず私が呼ばれて補佐を行っていた。

 元婚約者様は色々なお相手と遊びになられていたので、私は誰に咎められることもなく、悠々と補佐を行えた。


「本来ならば、その記録は王太子の教育資料として提出される予定でした」

「……では」


 ルシアン殿下が口を開いた。


「ありがとう」

「いえ。もう何度もその言葉をいただいております」

「それでも、改めてだよ」

「……はい」


 ルシアン殿下は優しく笑いかけながら感謝を伝えて下さる。

 そして一歩、私の方に近寄ってくる。


「もう一つだけ聞きたい」


 ルシアン殿下が更に近づいてくる。


「俺が王太子になることを、君はどう思う?」

「大変そうですね」

「君なら支えてくれる?」

「嫌です」

「即答だね」


 彼は笑った。

 私は少しだけ頬を緩める。


「もう誰かの尻拭いはしたくありませんから」

「それなら安心して」

「何がです?」

「俺は君に尻拭いをさせるつもりはない」

「……」

「俺が君を支えるから」


 その言葉に、胸が小さく跳ねた。

 だが私は気づかないふりをした。


「殿下。そういうことは、婚約者でもない女性に軽々しく言うものではありませんよ」

「では、婚約者になればいい?」

「……何を」

「君が望むなら」


 私は黙り込んだ。


 会場中の視線が集まっている。

 国王陛下まで面白そうにこちらを見ていた。


「アリシア」

「はい」

「俺はずっと待っていた」

「……何をですか?」

「君がエドワードとの婚約から解放される日を」


 私は目を見開いた。


「……まさか」

「三年前から、父上に頼んでいた」

「何を」

「エドワードが王太子として相応しくないと判断された場合、君との婚姻を認めてほしい、と」

「……」

「でも君があいつを選ぶなら、諦めるつもりだった」


 ルシアン殿下は笑った。


「だから、ずっと待っていた」


 私は手にしていた手帳を見た。


 三年前。

 私がエドワード殿下の婚約者として王宮に通い始めた頃。

 何度も王宮の廊下ですれ違った銀髪の少年。

 私が落とした書類を拾ってくれた。

 雨の日には傘を貸してくれた。

 体調を崩した時には、誰にも知られないよう医務室へ薬を届けてくれた。


 けれど私は、それを全部――。


「……親切な方なのだと思っていました」

「それだけではないよ」

「え?」

「好きだったから」


 心臓が跳ねた。


「君がエドワードの婚約者だったから、言えなかっただけ」

「……」

「でも今日、ようやく言える」


 ルシアン殿下が私の前に立つ。


「アリシア。俺と結婚してほしい」


 私はしばらく彼を見つめた。

 そして――。


「一つ、条件があります」

「何?」

「私を王太子妃として扱わないでください」

「……難しいね」

「私は誰かのために生きるのは、もう嫌です」

「分かった」

「自分の仕事をしたいです」

「好きなだけすればいい」

「記録官として働きたいです」

「王太子妃の執務室を記録室に改装しよう」

「……」

「不満?」

「いえ」


 私は少し笑った。


「では、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ」


 彼が手を差し出す。

 私はその手を取った。


 その直後。


「待ってくれ!」


 エドワード殿下の声が響いた。


 もう誰も振り返らなかった。


「アリシア! お前は私の婚約者だろう!」

「先ほど破棄なさいましたよ」

「取り消す!」

「できません」

「なぜ!」

「殿下ご自身が、私には王太子妃の資格がないとおっしゃったではありませんか」

「それは……!」

「でしたら、私はその言葉を尊重します」


 エドワード殿下は黙った。

 ミレーナも震えている。


 けれど私は、もう二人を見ることはなかった。


 ルシアン殿下と並んで、大広間を出る。

 廊下に出たところで、彼が小さく笑った。


「ねえ、アリシア」

「はい?」

「さっきの条件だけど」

「何でしょう?」

「もう一つ追加してもいい?」

「どうぞ」

「俺のことも、少しずつ好きになって」


 私は足を止めた。


「……努力します」

「それだけ?」

「はい」

「じゃあ、気長に待つよ」


 彼は笑った。


 私はその横顔を見ながら、ふと思った。

 婚約破棄を告げられた時。


 私は、本当に嬉しかった。

 自由になれると思ったから。

 自分の人生を、自分で選べると思ったから。


 けれど――。


 もしあの瞬間に戻れるとしても。

 私はきっと、同じように笑うだろう。


 ただ一つだけ。

 あの時より、少しだけ違うことがある。


 今度は。

 私を選んでくれた人の隣で、自分の人生を選べる。


「ルシアン殿下」

「何?」

「明日から、記録室の改装をお願いします」

「分かった」

「それと、王国中の水路記録を確認したいです」

「うん」

「あと、北部の税収資料も」

「……仕事の話ばかりだね」

「嫌ですか?」

「まさか」


 彼は嬉しそうに笑った。


「君が楽しそうなら、それでいい」


 その言葉を聞いて。

 私はほんの少しだけ、彼の手を握り返した。


 婚約破棄の日。

 私は婚約者を失った。


 そして同時に――。


 私をずっと待っていた人を、見つけた。


 だから今日の記録には、こう書こうと思う。


『婚約破棄された』


 その下に、一行だけ付け足す。


『なお、その結果、人生で一番大切な人に出会った』


 私は手帳を閉じた。

 そして、新しい人生へ歩き出した。

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