婚約破棄された公爵令嬢は反撃の準備を仕込んである
人物構成は「婚約者の代わりに書類を捌き続けた公爵令嬢」と同じです。
「こちらが本日中のもの、こちらが明日午前中までのものです。
お願いします」
王太子の執務机の上に、書類の山が2つ置かれた。
書類を持ってきた文官は、何の感情も表していない顔で丁寧かつ静かに置いて部屋を出て行った。
机の上は、うずたかく書類が積み上がり、壁のようになっている。
つい先ほどまでは斜め前方から長い金髪が覗いていたが、今はもう見えない。
長い金髪──その持ち主は、王太子ではなく、第1王子の婚約者であるトーア・マットレース公爵令嬢だ。
マットレース公爵家の当代には王姉が降嫁しており、トーアはストンプの従妹に当たる。
ちなみに、継承権2位は現在10歳の第2王子、3位は王弟で現ツガナーイ公爵と、ストンプのライバルにはなりそうな者はいない。
トーアは、王太子の執務机で、第1王子の代わりに王太子の仕事をしている。
本来、この王太子執務室で執務するのは、第1王子であるストンプ・グルールのはずだった。
いまだ王太子指名がなされないため、王位継承権1位であるストンプがその仕事を振られている。
王太子になるに当たっての実地訓練も兼ねていることは、衆目の一致するところだ。
だが、ストンプは、仕事をトーアに押しつけて遊び歩いていた。
最初のうちは、執務机はストンプが使い、トーアは別の机を入れてそこで補佐をしていた。
それがいつの間にかトーアが全て確認し、ストンプは署名するだけになり、いつの間にかストンプはサインすらしなくなった。
トーアに全権委譲し、執務室に入ることすらなくなったのだ。
トーアはストンプの名代として、「王子代理 トーア・マットレース」と署名するようになった。
呆れたことに、トーアが自分の名前で執務するようになったことで、仕事の能率は上がった。
ストンプにわかるように要点をまとめる必要がなくなったこと、ストンプが執務室に来るまで待つ必要がなくなったことが理由だ。
トーアの負担は、むしろ軽くなった。
そして、トーアの執務能率の高さから回転率が上がると、王の執務する案件の中から比較的問題のないものがトーアの案件として回ってくるようになった。
それによってトーアはまた忙しくなったが、自分なりにまとめて王に回せば評価が返ってくるようになり、やりがいがあった。
王は、トーアを王の執務の下準備ができる人材と認識し、その成果に対し。どこがよくどこがまずいかを指摘した。
やりがいと適切な指導を得て、トーアの執務能力は更に向上し、3年が経つ頃には、署名は「宰相補助 トーア・マットレース」に変わっていた。
一方、ストンプは、トーアに押しつけた仕事を自分の成果として吹聴していた。
具体的には、仕事を終えたから|出歩いている、という顔で遊び歩いていた。
たまに城内でトーアを見かけると、
「またそんな地味な格好でいるのか。
そんな格好で俺の隣に立つなよ。
俺が恥ずかしいからな」
などと嫌味を言ってくるが、決して執務室には近寄らない。
もっとも、トーアの方でも、下手に執務室を荒らされても困るので、近寄らせたいとも思っていないのだが。
トーアは、むしろそっちの理由でストンプの動向を探らせていた。
そして。
ストンプが貴族院で婚約破棄を宣言しようと画策しているとの情報を掴んだ。
ちょうど王と王妃が隣国を訪問している時期を狙ったらしい。
王太子が指名されていない現在、継承権1位の第1王子であるストンプの発言権が最優先される時期を選んだようだ。
ボンクラ王子にしては考えたものだ、とトーアは独りごちた。
おまけに、なにやらトーアに冤罪もふっかけてくるつもりらしい。
どうせ支離滅裂なことを言い出すのだろうが、あんなのに政治の場を引っかき回されるのも業腹だと思ったトーアは、先回りして反撃の準備をすることにした。
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「トーア・マットレース!
お前との婚約を破棄する!
ショーワルへの嫌がらせの数々…むぉ、なんのマネだ!?」
声高らかにしゃべりだしたストンプの両脇を、近衛騎士が抑えた。
左右を見て狼狽えるストンプに、トーアは告げた。
「ストンプ・グルール、王命に対する反逆罪により拘束します。
陛下からは、留守中、あなたが婚約の破棄または解消を口にした場合、反逆者として裁くようにとのご下命をいただいています。
今から、あなたの王族としての権限は全て凍結されます。
連れて行きなさい」
ストンプは何か喚いていたが、猿ぐつわをかまされて引きずられていった。
「当然、あなたも同罪です」
ショーワル・ネトリーも同様に引きずられていった。
2人は、王の帰還を待って処刑され、トーアが王太子に指名されたのだった。




