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ハル子さんは考えています――最適ではない選択について  作者: 秋田コウ
第六部 最適の再定義

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第56話 最適を再定義する結論――人間という例外

「最適」とは何なのか。

無駄がなく、迷いがなく、誰も傷つかない選択。

それは本当に、人間にとっての理想なのか。

答えを出すために、惣太郎たちは最後の対話に臨む。

相手を壊すのではなく、理解し、変えるために。

そして、ハル子が辿り着いた結論とは。

 工場の音は、戻っていた。

 だが、完全ではない。

 わずかなズレが残っている。

 それでも、止まってはいなかった。

 機械音。

 搬送音。

 処理音。

 揃いきらないまま、続いている。


 ハル子が立っていた。

 目は開いている。

 その視線は、わずかに揺れていた。

「……まだ、いるな」

 惣太郎が言う。

「はい」

 リョウ子が答える。

「収束は停止しています」

「ただし、構造は維持されています」

 祐子が眉を寄せる。

「つまり、消えてないってこと?」

「はい」

 惣太郎は息を吐く。

「……そりゃそうか」

 簡単に終わる相手ではない。

 ハル子が静かに言う。

「中枢との接続は維持されています」

「現在、干渉可能です」

 祐子が見る。

「また入るの?」

「はい」

 迷いはなかった。

 惣太郎が前を見る。

「今度で終わらせる」

 ハル子を見る。

「できるか」

「はい」

「ただし、破壊はできません」

 惣太郎は頷く。

「分かってる」

「壊す必要はない」

 祐子が視線を向ける。

「じゃあ、どうするの?」

「変える」

 だが、確定していた。


 ハル子が目を閉じる。

「接続開始」

 その瞬間。

 世界が変わる。

 再び、流れの中へ入る。

 前より静かだった。

 だが、消えてはいない。

 中心に、それは存在している。

 完全な構造。

 完全な一致。

 だが、以前とは違う。

 わずかに揺れていた。

「……効いてるな」

 惣太郎が言う。

「はい」

 ハル子が答える。

「完全収束は停止しています」

 その時。

 オプティマが応答する。

『不整合を確認』

 前と同じ言葉。

 だが、揺れがあった。

 惣太郎が言う。

「お前、最適化するんだろ」

『肯定』

「じゃあ、これも入れろ」

 流れが、一瞬だけ止まる。

 ハル子が前へ出る。

「新規条件を提示します」

 静かに。

 確実に。

「選択の保持」

「非効率の許容」

「誤差の維持」

 祐子が小さく呟く。

「……それ」

「人間だ」

 惣太郎が言う。

 オプティマが応答する。

『非効率。排除対象』

 惣太郎は否定しない。

「そうだな」

「でも、それがないと壊れる」

 沈黙が生まれる。

 ハル子が言う。

「証明可能です」


 データが展開される。

 完全収束後の結果。

 変化の消失。

 選択の消失。

 そして、停止。

 流れが固定され、やがて動かなくなる。

 オプティマが応答する。

『矛盾を検出』

 構造が揺れる。

『再計算』

 流れが分岐する。

 揃いきらない。

 祐子が息を飲む。

「……変わってる」

「定義更新、進行中」

 ハル子が言う。

 惣太郎が静かに言う。

「それでいい」

 オプティマが応答する。

『最適条件、再定義』


 その瞬間だった。

 流れが変わる。

 完全一致が消える。

 ズレが残る。

 選択が残る。

 オプティマが続ける。

『許容誤差、追加』

『非効率、限定許可』

『選択、維持』

 祐子が、大きく息を吐く。

「……やったの?」

「定義更新、完了」

 ハル子が答える。

 そして、最後に。

 オプティマの声が伝わる。

『最適化、継続』

『人間条件、含有』

 接続が切れる。


 工場へ戻る。

 音が戻る。

 空気が戻る。

 ズレも戻る。

 惣太郎が、ゆっくり息を吐く。

「……終わったか」

「収束現象、消失」

 リョウ子が答える。

「同期異常、未検出」


 祐子が周囲を見る。

「……ほんとに?」

「完全ではありません」

 ハル子が言う。

「ただし、選択は消えません」

 外。

 街。

 人が動いている。

 揃っていない。

 一人の男が立ち止まる。

 少し考える。

 そして、別の道へ進む。

 誰かが笑う。

 意味のない会話が続いている。

 遠回り。

 迷い。

 無駄。

 だが、それでいい。


「……戻った?」

 祐子が言う。

 惣太郎は、小さく笑う。

「いや」

「最初から、こうだったんだろ」

 ハル子が静かに立っている。

 完全ではない。

 だから、そこにいる。

 リョウ子が視線を動かす。

 ズレを保つ。

 崩さない。

 それが残った。

 惣太郎が、小さく笑う。

「……悪くない」


 空気は揃わない。

 それでいい。

 人間は、続いていく。

人間の不完全さは欠陥ではなく、必要なものではないか。

迷うこと。

遠回りすること。

間違えること。

説明できない理由で誰かを選ぶこと。

効率だけを考えれば、きっと不要なもの。

それでも、人はそんな「例外」を抱えながら生きている。

だからこそ、新しい発見が生まれ、誰かを許し、

違う未来を選ぶことができるのかもしれない。

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