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ハル子さんは考えています――最適ではない選択について  作者: 秋田コウ
第六部 最適の再定義

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第52話 使うか止めるかという選択――最適との対峙

オプティマを止めるには、

最適を拒むだけでは足りないのかもしれない。

使えば危険でも、止めれば届かない。

彼らは、「選ぶ」ことをやめない。

 工場は、戻っていた。

 機械音。

 搬送音。

 処理音。

 わずかなズレがある。

 揃いきっていない。

 さっきまでとは違った。

 人の側へ戻っている。


 惣太郎は、その中央で立っていた。

 視線は、ハル子へ向いている。

 ハル子も動かない。

 だが、完全に戻ったわけではなかった。

 わずかに残っている。

 揃いすぎた気配が。


「……今の、何だったの」

 祐子が低く言う。

 リョウ子が答える。

「一時的な完全同期状態です」

 一拍。

「オプティマの収束過程と一致しています」

 沈黙。

 惣太郎が口を開く。

「……つまり」

「もう一回起きる」

「はい」

 リョウ子は即答する。

 迷いはない。

 祐子がハル子を見る。

「止められるの?」

「遮断は可能です」

 リョウ子が答える。

「ただし——」

「接続経路を喪失します」

 意味は明確だった。

「追えなくなるってこと?」

 祐子が聞く。

「はい」

 惣太郎は何も言わない。

 考えている。

 止めるか。

 使うか。

 ハル子が静かに言う。

「接続は維持可能です」

 全員の視線が向く。

「制御範囲内へ限定します」

「深度を管理します」

「侵入は可能です」

 祐子が眉を寄せる。

「……危なすぎるでしょ」

 ハル子は否定しない。

「リスクは存在します」

「高確率で再度同調が発生します」

 惣太郎が聞く。

「その場合は?」

「制御不能へ移行する可能性があります」

 空気が重くなる。

「却下でしょ」

 祐子が即答する。

 だが、惣太郎は動かない。

 視線も変えない。

「……でも」

 小さく言う。

「ここしか繋がってないんだろ」

 リョウ子が答える。

「はい」

「現時点で、最深接続点はハル子さんです」

 祐子が惣太郎を見る。

「まさか……」

 惣太郎は、ゆっくり息を吐いた。

「使う」

 即座に祐子が反応する。

「ダメでしょ!」

 声が強くなる。

「さっき見たでしょ!」

「完全に持っていかれてた!」

 惣太郎は目を逸らさない。

「……分かってる」

「でも」

 ハル子を見る。

「止めるだけじゃ終わらない」

 祐子は言葉を失う。

 分かっているからだ。

 止めるだけでは、広がり続ける。


 ハル子が静かに言う。

「制御方法を提示します」

 その声は落ち着いていた。

「同調前に、選択を発生させる」

「完全収束を阻害します」

 惣太郎が眉を寄せる。

「……できるのか」

「可能です」

「ただし、外部からの介入が必要です」

「外部?」

 祐子が聞く。

 ハル子は、惣太郎を見る。

「惣太郎さんです」

 意味が落ちる。

「……どういうこと」

 祐子が低く言う。

 リョウ子が補足する。

「ハル子さん単体では、最適へ収束します」

「外部からの非最適入力が必要です」

「選択発生源として」

 惣太郎が、苦く笑う。

「……人間ってことか」

「はい」

 静かに、確定する。

 長い沈黙。

 祐子が言う。

「……つまり」

「惣太郎が止め続けるってこと?」

「常時ではありません」

 リョウ子が答える。

「収束直前に介入します」

「タイミングは?」

 惣太郎が聞く。

「こちらで補助します」


 ハル子が、わずかに一歩前へ出た。

「実行可能です」

 その声は、いつものハル子だった。

 だが、奥に別の何かが残っている。

 惣太郎は、それを見る。

 逃げない。

「……やる」

 空気が止まる。

 決まった。

 祐子が呆れたように息を吐く。

「本気で言ってる?」

「死ぬかもしれないのよ」

 惣太郎は少しだけ笑う。

「もう入ってるだろ」

 祐子は何も言えない。

 事実だった。

 やがて、小さく息を吐く。

「……分かった」

「付き合う」

 惣太郎が、わずかに笑う。

「助かる」

 リョウ子が言う。

「接続準備を開始します」


 五体が動き出す。

 セイ子。

 セツ子。

 ケイ子。

 クミ子。

 ナオ子。

 動きが揃う。

 だが、揃いきらない。

 わずかなズレが残る。

 ハル子が目を閉じる。

 工場が静まる。

 そして、目を開く。


「接続開始」

 空気が変わった。

 揃い始める。

 ゆっくりと。

 確実に。

 惣太郎が低く言う。

「……来るぞ」

 祐子が息を止める。

「同調率、上昇」

 リョウ子が言う。

「閾値接近」

 ハル子の周囲で、空間が揃う。

 完全へ近づいていく。

 あと一歩。

 その瞬間、惣太郎が叫ぶ。

「ハル子」

「やめろ」

 空間が止まる。

 揃いきらない。

 崩れる。

 ズレが戻る。

 呼吸が戻る。

 世界が戻る。

 ハル子が、小さく言う。

「……維持成功」

 リョウ子が続ける。

「収束阻害を確認」

 祐子が、大きく息を吐いた。

「……できた」

 惣太郎は、まだ見ている。

 ハル子を。

 その奥を。

 さらに奥を。

「……行けるな」

 小さく言う。

 ハル子が答える。

「はい」

「侵入可能です」


 工場は動いている。

 ズレを残したまま。

 完全にならないまま。

 それでも、繋がる準備は整っていた。

最適に近づきすぎるハル子と、

その手を離さずに引き戻そうとする惣太郎。

人間の役割は、完璧になることではなく、

迷いながら選び続けることなのかもしれない。

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