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第八話 いつもの冒険

ギルドでクエストを受理し、ダンジョンへ向かう。


いつものルートを歩く。1層から順番に降りていく。安全なルートは3年分の知識で体に染みついている。2層の分岐は左。

3層は、酸っぱいにおいがしたらスライムが湧いている。遠回りしていく。

4層でアップデートのたびに新しく落ちている宝箱は、角が丸く削れていたらミミックだ。あいつら動くから角が削れる。


5層は巨大ワニの巣があるが、あいつらは昼の時間になったら岩場の上で昼寝をするので、その間、浅瀬は半分安全地帯になっていた。

そこで軽く休憩をし、体力を回復してから次に進む。


6層を通過するとき、リザードマンとの戦闘になった。

統計的に火曜日に鱗の硬い個体が多い。なぜかは分からない。

今日はまだ月曜なので、余裕があった。


二連斬りを実戦で試す。かかしと違って、リザードマンは動く。一撃目で怯ませたあと、二撃目が遅れて反撃をもらった。

回復薬を1本使う。1,200ゴールド。カップ麺8杯分。


痛い出費だが、これも経験だ。


3体目のリザードマンで、二連斬りの感覚が少し掴めた。一撃目の振り抜きを途中で止めて、力の流れを二撃目に繋げる。

カイトの動画で見た「起き攻めを意識した立ち回り」を思い出す。最大ダメージではなく、次の有利状況を作る。


リザードマンを倒すと、邪神像が落ちた。


6体目だ。3年間で6体。


「えぇ……?」


ドロップ率0.9%を6回引く確率は天文学的に低い。だが、ゼロではない。邪神像をリュックに放り込み、先に進む。


9層をぐるぐる回って、夕方ごろ、第3安全地帯に到着した。

いつもの場所だ。

石壁に囲まれた小さな空間で、天井に隙間があり、かすかに外の光が届く。ロックはここで休憩を取るのが日課だった。


さっき手に入れた邪神像を眺めながら、そういえば、とロックはふと思い出した。

ハッチに3層の案内をしていたときに、ロックはリザードマンから2体連続で邪神像をドロップしていたのだった。

別段珍しいことではなかったのだが、それでもハッチには大受けしていた。


「先輩、ダンジョン配信すべきですよ!!! 絶対に面白いですって!!!」


思い出すたびに、憂鬱になった。

いったい誰がこんな地味な冒険を見たがるというんだろうか。


「……俺みたいなD級冒険者の配信なんて、誰が見るんだよ」


荷物を腰の後ろに挟むと、石の冷たさが直接こない。


カップ麺を作る。味噌味。湯を注いで3分。蓋を開ける。


スマホに通知が来た。ゴンザの配信、開始。


「お、今日もやるのか」


配信を開く。水汲みのシーンが映っている。同接が上がり始めている。


——背景に見覚えがあった。


石壁。天井の隙間。かすかな外光。


自分がいる場所だった。


ロックはゆっくりと顔を上げた。


安全地帯の壁際に、大きな背中があった。革鎧に毛皮の外套。鍋に水を張って、焚き火までゆっくり歩いている。


ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴンザだぁ~~~~~~~ッ!!!!!


A級配信者ゴンザは、どっかりと焚き火の前に腰をおろした。

10メートルと離れていない。いつからいたのかもわからない。あの巨体が気配を殺してこの距離にいたというのか。


ロックはカップ麺を持ったまま固まった。


配信中だ。カメラが回っている。とりさんが首を傾げながらゴンザの周囲を撮っている。


まずい、映る。


このままではロックがゴンザの配信に映る。

D級冒険者が安全地帯でカップ麺をすすっている姿が、ゴンザの登録者1万人の前に晒される。


ロックは全力でカメラに映らない位置に移動した。石壁の影。身を縮める。スマホで配信画面を確認する。自分は映っていない。ほっとした。


だが、邪神像が映っていた。


ロックは、ぎゃーっという悲鳴を口の中で押し殺した。


さっきリュックから取り出して、横に置いていた6体目の邪神像。回収に行けない。カメラの射程内だ。動けば自分が映る。


コメント欄が反応した。


『ん? なんか置いてある』

『邪神像じゃね?』

『9層に邪神像コレクターがおるwww』

『なんで捨てていかないのwww』

『ゴンザさんの安全地帯にレアドロップ勢が……』


ロックは、石壁の影で頭を抱えた。


ハッチのコメントを探す。——ない。今日は見ていないのか。珍しい。いや、助かった。あいつなら絶対「ロックさんまた拾ったんすかw」と書く。


ゴンザは邪神像にちらりと目をやった後、特にコメントせず、調理に戻った。味噌を投入する。同接が跳ね上がる。コメント欄が爆発する。いつもの光景だ。


ロックは石壁の影から配信を見ていた。画面越しではなく、生で見るゴンザの調理は、想像以上に無駄がなかった。


出汁のタイミング。


やはりぴったりだった。昆布を引き上げる手の動き。泡の大きさを見る目。音を聞く耳の角度。画面越しに「すごい」と思っていたものが、目の前で起きている。


「いただきます」


ゴンザの声が、スマホのスピーカーと、目の前の空気を、同時に震わせた。


コメント欄が埋まる。『いただきます』が何百と流れる。ロックは石壁の影でカップ麺を持ち上げた。とっくにのびている。


「……いただきます」


誰にも聞こえない声で言った。


食後、同接が急降下する。14,000人が380人になり、40人になる。ゴンザは食器を洗い、寝袋に入り、また配信の切り忘れをした。焚き火が弱まっていく。


とりさんが、消えかけの火をじっと見ている。


ロックは石壁の影から出た。


生で見る「配信の外のゴンザ」は、画面越しに想像していたのと同じだった。食器をきれいに洗い、荷物を丁寧に整え、寝袋の端を几帳面に折り込んで眠る。大きな体が、小さなことを丁寧にやる。


ロックは邪神像を回収し、自分の荷物をまとめて安全地帯の反対側に座った。


眠ろうとしたが、考えることが多すぎた。配信者を生で見るのは初めてだった。画面の向こうにいた人間が、同じ空気を吸って、同じ地面に座っている。当たり前のことなのに、実感がなかった。


……いや、眠れるか。


ロックは、安全地帯の水場のあたりを、うろうろと歩いていた。

夜は深まり、ダンジョンの空気が冷え込んでいた。


---


そのとき、第3安全地帯に誰かが駆け込んでくる足音が聞こえた。


一人ではない。複数。走っている。不規則なリズム。誰かが誰かを支えている足音だ。


「ロックさん! よかった、ここにいると思った!」


ハッチだった。


通路の奥から、ハッチのパーティが駆け込んできた。4人。うち1人を、2人がかりで担いでいる。ハッチが先頭を走り、後ろの2人が負傷者を支え、最後尾の1人が背後を警戒しながら後退していた。


「どうした、何があった」


ロックはすぐに駆け寄った。


担がれている男の状態がひどかった。左腕がおかしな角度に曲がり、鎧の胸当てが陥没し、顔面が蒼白だ。出血は止まっているが、魔法による応急処置の跡がある。ハッチのパーティのヒーラーが限界まで回復を注いだのだろう。


「こいつは俺たちのパーティじゃないんです。10層の近くで倒れてて——」


負傷者がうわ言のように声を出した。


「助けて……仲間が、まだ……14層に……」


14層。


ロックは一瞬、呼吸が止まった。


10層までがソロD級に許された限界ラインだった。そこから先はロックにとって未踏の領域だ。ギルドの規定で、D級ソロでは許可されていない。

そうでなくとも、浅層のリザードマンに苦戦するD級冒険者が、14層に足を踏み入れることは自殺に等しい。


負傷者の呼吸が浅い。意識が朦朧としている。安全地帯にいれば命に別状はないが、地上に運ばなければ満足な治療は受けられない。


ロックの頭は、ここ3年の安全地帯の知識を高速で検索していた。


9層から地上までの最短ルート。水が飲める場所。担架代わりになるもの。途中の敵の配置。時間帯による危険度の変動。


そして——14層に仲間が残されているという情報。


ロックは即座に判断した。


「ハッチ。お前は仲間と負傷者を連れて地上に出ろ。ギルドに着いたら受付に14層救援要請を出せ。正規ルートで救援隊が動くまで最短でも4時間かかるが、書類は出しておけ」


「ロックさんは?」


「俺はこの辺の安全地帯を回る。今この時間帯にダンジョンにいる高ランクのパーティを探す」


「一人で?」


「9層までなら俺の庭みたいなもんだ。心配するな」


ハッチが顔をしかめた。心配しているのだ。だが、ロックの判断が正しいことはハッチにもわかっていた。


「途中で水を飲ませるなら、苔が青い場所でだけだ。茶色いところの水は使うな」


「……はい。それ、前にも教わりました」


「なら大丈夫だ。行け」


ハッチのパーティが負傷者を担いで走り出す。ロックは彼らの背中を見送った。ハッチが振り返って何か言おうとしたが、ロックは手を振って先を促した。


足音が遠ざかっていく。


安全地帯に静寂が戻った。


「……よし」


これからやるべきことを整理した。


ロックは装備を確認した。剣。回復薬4本。さっき1本使った。カップ麺2個。水筒。邪神像1体。光の球。


高ランクの冒険者パーティを探す。

A級冒険者のゴンザがいるが、彼は盾兵、タンクだ。

たった1人で複数の怪我人を守りながらダンジョンから生還するような無茶は、さすがにできない。


ヒーラーがいる。罠解除のシーフがいる。魔法使いがいる。前衛も3人は欲しい。

少なくとも、6人以上で編成されたパーティを探さなければならない。


「……ん?」


ロックは足を止めた。


とりさんがいた。


ゴンザの鳥型妖精が、ロックの肩の高さで浮遊していた。小さな鳥の幽体。首を傾げて、ロックを見ている。


ロックは気づいた。


配信がまだ回っている。


ゴンザの切り忘れだ。いつもの切り忘れ。だが今日に限って、その切り忘れが致命的だった。


ハッチが駆け込んできた場面。負傷者のうわ言。「14層に仲間が」。ロックの判断。ハッチへの指示。


全部、配信に乗っていた。


スマホを取り出す。ゴンザの配信画面を開く。同接は——40人。夜の常連たちだ。


コメント欄が荒れていた。


『14層って聞こえた?』

『やばくないかこれ』

『救援要請出してるって言ってたけど4時間は……』

『誰かA級以上の冒険者この配信見てないのか!?』


まずいことになった。

ロックはスマホを閉じた。


振り向くと、ゴンザはもう立ち上がっていた。

寝袋から出て、盾を背負い、外套の襟を正している。

目が完全に覚めていた。いつから起きていたのか——あるいは最初から寝ていなかったのか。


ゴンザの目が、ロックをまっすぐ見た。


飯以外で初めて聞く声は、低くて静かだった。


「14層か……7人は要る」


ゴンザはとりさんを見た。小さな鳥が首を傾げている。配信がまだ回っている。同接が40人から200人、500人と跳ね上がっていく。深夜にもかかわらず、コメント欄に「ゴンザ起きた!」の文字が溢れた。


ゴンザは焚き火の跡を一度だけ見下ろした。


それから、配信に向かって言った。


「聞こえた奴は来い。場所は9層、第3安全地帯」


間を置いて、付け足した。


「飯は人数分作る」


コメント欄が爆発した。


『ゴンザが飯以外で喋ってる……』

『これガチだ』

『拡散しろ!!!』

『A級以上で今ダンジョンにいる奴いないのか!?』

『ヴァルトの配信にも貼れ!』

『カイトのところにも!』


ロックは口を挟む隙がなかった。

ゴンザの目は真剣だった。A級冒険者が3年間の配信で一度も見せたことのない、タンクの目。

味噌を投入するときとは別の種類の、腹の底から来る確信の目だった。

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