第五話 サイン入りカードの裏側
鍛冶屋に剣を預けた。
「柄の軸がずれてる。2時間くれ」
鍛冶師のバルドが剣を光にかざしながら言った。白髪の小柄な老人で、Dランクの安物でも手を抜かない職人だ。ロックはこの鍛冶屋をずっと使っている。
「そういえば砥石、高いのに替えたか?」
「いえ、800ゴールドのやつです」
「だろうな。Dランクの剣にゃ800ゴールドも5000ゴールドも変わらん。金属の質が追いついとらんから、砥石だけ良くしても意味がない。わかっとるじゃないか」
「3年使ってれば嫌でもわかります」
3年で積み重ねた知識が、またひとつ。誰にも報告しない。報告する相手がいない。
2時間ある。近くをぶらつくことにした。
ギルド周辺の商店街。回復薬の店。防具の店。スキル書の専門店。そしてカードショップ。
足が止まった。
ショーケースの中に、ラメの入ったキラキラ輝くカードがあった。「灼熱のカタストロフフレイム」。その表面に、黒いマジックでサインが走っている。有名配信者、マギステルのサインだ。
店主が気づいた。
「ああ、それね。先週あの配信者が来て、勝手にサインして置いていったんだよ。商品に何してくれるんだって話なんだけど」
「勝手に? マギステルがこの店に来たんですか?」
「うちの店で3時間くらいカード眺めてて、『このカードは僕のデッキで一番輝く。だからサインする権利がある』とか言い出してさ。意味わかんないでしょ。E級のくせに態度だけはS級だよ」
マギステル。E級冒険者。登録者41万人。
冒険者ランクと登録者数が最もかけ離れた男。
新カードが発表されるたびに、ボス級を一撃で沈める派手なOTKや、はまれば強い理不尽なオリジナルデッキを開発している。
大会に出るときはテンプレデッキを使っているみたいなのだが、その素顔はあまりよく知られていない。
「君、マギステルのファン? 定価でいいからそのカード買ってくれない?」
「えー。使い方がわからないんですが」
「ほら、この動画見てごらん」
店主と動画を見てみる。
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マギステルのネタデッキ配信 ─ OTK検証編
ドローン妖精・藤崎ことね視点
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目が覚めた。
スマホの画面に光が灯り、私の体に接続信号が流れてくる。小さな手足にきらきらした光が戻る。ステージ衣装のスカートがふわりと広がる。
おはようございます、プロデューサー。
声は出ない。私たち妖精は、声を持たない。だから代わりにペンライトを振る。おはようの振り。朝の応援。今日も頑張りましょう。
──画面の向こうで、プロデューサーが腕立て伏せをしていた。
マギステル。
E級冒険者。登録者四十一万人。ネタ魔法コンボ配信者。
本名は知らない。顔は知っている。顔出し配信だから。端正とまではいかないが、印象に残る顔だ。眉が濃くて、目に光がある。瞳の奥に常に何かを企んでいる色が浮かんでいる。
その顔が今、苦悶に歪んでいた。
「……はち、じゅう、はち……はち、じゅう、く……」
腕立て伏せ。
ワンルームの床に、ヨガマットが敷いてある。その上で、マギステルは汗だくになりながら腕を曲げ伸ばししていた。
窓の外は、まだ朝の光が柔らかい。壁掛け時計は午前五時半を指している。
「きゅう、じゅう……!」
崩れ落ちた。
ヨガマットに顔を押しつけて、荒い息を吐いている。
私はスマホの中から、その背中を見ていた。まだ起動したばかりで、カメラ機能はオフだ。配信前なので、この光景は誰にも届かない。プロデューサーと、私だけの時間。
ペンライトを振る。九十回、すごい。
声は、出ない。
マギステルは立ち上がり、シャワーを浴びた。
それから台所に行って冷蔵庫を開け、ゆで卵を三つとプロテインを出した。朝食。プロテインを飲みながら、もう一方の手でスマホを操作している。今日のネタデッキの構成を確認しているらしい。画面にはスキルカードの一覧がずらりと並んでいて、赤いマーカーで囲われたカードが六枚ある。
「よし」
小さく頷いた。
ゆで卵を三つ食べ終わると、洗面所に向かった。
鏡の前に立つ。
髪を整える。ワックスを手に取り、前髪を上げ、横を流す。顔出し配信なので、身だしなみには気を遣う。冒険者の中にはフルフェイスの兜をかぶって配信する者もいるが、マギステルは素顔を晒す。理由を聞かれたとき、彼はこう答えていた。
「ネタデッキの魅力は、撃った本人の顔に出るんだよ」
成功したときの歓喜。失敗したときの絶望。その表情の落差が、視聴者を惹きつける。
マギステルは、自分が面白いと思ったものを面白く届ける才能を持っていた。
身だしなみを整え終わると、時刻は六時二十分だった。
マギステルはスーツに着替えた。
スーツ。
ネクタイを締め、革靴を履き、鞄を持つ。玄関の姿見で全身を確認する。
E級冒険者・マギステルの朝は、ここで一度中断される。
冒険者では、食べていけない。
E級の報酬では家賃も光熱費も払えない。ネタデッキの素材費──スキルカードや魔導触媒や属性石の費用は、すべて本業の給料から出ている。登録者四十一万人という数字は配信者としては立派だが、広告収入だけでは「成功率1.5%を100回試行する」という狂気の検証サイクルを維持できない。
だからマギステルは、平日の朝から夕方まで、会社員をやっている。
職種は知らない。配信では語らないし、私にも教えてくれない。ただ、帰ってきたときの疲れ方で、楽な仕事ではないことだけは分かる。
スマホが鞄に入れられる。画面が暗くなる。
私は眠る。
目が覚めた。
午後六時四十三分。
スマホが鞄から取り出され、画面に光が灯った。
マギステルの顔が映った。ネクタイは緩められ、スーツの上着は脱いでいた。背景はワンルームの壁。帰宅している。
「ことね、今日もやるよ」
私の名前を呼んだ。
ペンライトを振る。今日も頑張りましょう、プロデューサー。
マギステルは私服に着替えた。
配信用の衣装。と言っても大げさなものではない。黒いパーカーの上にフード付きのローブを羽織る。腰にポーチ。中にスキルカードが詰まっている。右手に杖。安物の量産品だが、ネタデッキには高級杖より取り回しの軽いこちらが向いている。
鏡の前で、もう一度髪を整えた。
ワックスをつけ直し、前髪を上げ直す。
「よし」
同じ頷き。朝と同じ動作。しかし目の色が違う。会社員の目ではない。E級冒険者の、ネタデッキに命を懸ける男の目になっている。
ダンジョン。三層。
ここはE級冒険者の狩場だ。通路の壁は苔むした石で、天井は低い。照明は壁に埋め込まれた魔石の淡い光だけ。初心者向けの浅い層で、モンスターの強さもそれ相応。
リザードマン。
三層の主要モンスター。直立した蜥蜴の戦士。錆びた剣と丸盾を持ち、鱗は濁った緑色をしている。HP換算で約150HP。マギステルの言い方だと体力3点。
弱い。
A級やB級の冒険者なら一撃で倒せる。D級でも苦戦はしない。
マギステルはE級だ。ステータスだけなら、リザードマン相手でも苦戦する。
しかし。
「第六十七回、いきます」 マギステルは言った。
カメラ起動。私はマギステルの周囲を浮遊し、最適な画角を探す。ステージ衣装の裾がきらきら光る。ペンライトの光がレンズに映り込まないよう、角度を調整する。
配信は──していない。これは検証だ。本番の配信で使う映像を撮るための、百回近くに及ぶ試行。マギステルの配信スタイルは、成功した1回だけを切り取って動画にすることだから。
でも、私は全部撮る。全部、応援する。
「この魔法を使うことによって、場のゴーレムを増やし続けます」
マギステルが杖を振った。 「ゴーレムクリエイション」
土属性のゴーレムが1体召喚された。弱そう。
「ゴーレム──」
2体目を呼ぼうとした瞬間、リザードマンが普通に殴りかかってきた。マギステルが吹き飛ぶ。
検証 #1:失敗(ゴーレム2体目でリザードマンが普通に殴ってきて死亡)
「……ヘイト管理が甘かった。次」
検証 #2:失敗(ゴーレム3体目で詠唱ミス。自分に火がつく)
検証 #3:失敗(相手がスケルトン。物理無効で詰む)
検証 #4:失敗(8ターン目に魔力切れ)
検証 #5:失敗(成功寸前でリザードマンが逃げた)
「八ターン、八ターン生き残らなきゃいけないのに……なんであいつら逃げるんだよ……!」
マギステルは頭を抱えた。 私はペンライトを振った。大丈夫。いつもの百回の中で、成功は一回か二回。確率は1.5%。
それでも、プロデューサーは諦めないから。だから私も、ペンライトを降ろさない。
検証 #8:失敗(ゴーレムが味方同士でぶつかって自壊)
・・・
検証 #43:失敗(ゴーレム4体目まで成功!→カタストロフフレイムの詠唱を噛んで不発。マギステル、無言で配信を切る)
六十六回失敗した。
マギステルのローブは汚れ、顔の煤はもう拭くのをやめた。
「……いけると思うんだけどな」
検証 #67──
「ゴーレムクリエイション」
(1体目)
「ゴーレムクリエイション」
(2体目)
「ゴーレムクリエイション」
(3体目)
リザードマンが困惑して攻撃してこない。
「ゴーレムクリエイション」
(4体目)
完全に「何してんだこいつ」という顔をしているリザードマンを前に、マギステルの目が光った。
「はい、溜まりました。では──参ります」
マギステルが右手の杖を振りかざす。
「カタストロフフレイム──デストロイアーティファクト──ゴーレム・サクリファイス!!」
大爆発。
杖の先端から、白い光が放たれる。ゴーレムたちが、次々と自爆していく。 煙が晴れると、リザードマンがいた場所には焦げ跡だけ残っていた。
消し炭。オーバーキル。
一連のコンボで敵を一撃消滅。
OTK──ワン・ターン・キル。
マギステルは動かなかった。 杖を振り抜いた姿勢のまま、リザードマンがいた場所を見つめていた。
煤だらけの顔に、笑みが浮かんだ。
「21点!!!!出ました!!!! ゴーレム式21点OTK!!!! 完成でございます!!!!」
私は全力でペンライトを振った。 振った。 振った振った振った。 きらきらきらきら。ステージ衣装が光を撒き散らし、小さな体で最大限の祝福を送った。
プロデューサー! 最高です! あなたは最高です!
しかし、マギステルはすぐに顔を引き締めた。
「もう一回。もう一回成功させる。一回だと事故の可能性がある。再現性を確認しないと動画にできない」
検証 #91:失敗(リザードマンに殴られる)
検証 #92:失敗(リザードマンに殴られる)
検証 #93:失敗(リザードマンが逃げ出す)
検証 #94:失敗(リザードマンに殴られる)
検証 #95:成功(OTK)
「二回目!」
マギステルは拳を握った。
「よし。再現性あり。素材はある。動画にする」
マギステルは三層の通路の壁にもたれかかり、足を投げ出した。
ローブは焦げだらけで、パーカーは煤で元の色が分からない。
スマホを取り出し、手早く操作して先ほどの成功映像を抽出する。
そして、スマホの録音を起動した。
「はい、というわけで今緊急で動画を回しているんですが」
声が変わった。 さっきまでの検証中の独り言とは違う。
四十一万人の登録者に向けて語りかける、熱量がじわじわ伝わる配信者の声だ。
「何が緊急かというと、みなさん覚えていますでしょうか。この魔法──」
画面に『ゴーレムクリエイション』のスキル説明文を合成する操作をしながら、マギステルは語る。
「使用率0.3%。魔法評価サイトでの評価は『なぜ実装されたのか不明』。ひどい言われようでございます。
しかし──なんと私、気づいてしまったんでございますよ」
マギステルは自作の手書きの図解を画面に呼び出した。
字が汚い。
「いいですか。この魔法を使うことによって、場のゴーレムを増やし続けます」
成功映像の序盤、リザードマンが困惑しているシーンを再生しながら解説を吹き込んでいく。
「ターン1にマナチャージして、ターン2からターン5まで、毎ターン『ゴーレムクリエイション』を発動します。
相手が『何してんだこいつ』と油断している間に、ターン6でマナチャージ。
そしてターン7で『カタストロフフレイム』の詠唱開始。これは場のゴーレム数×ダメージ倍率になるため、4体いるので威力は16点に跳ね上がります」
映像が、大爆発の瞬間に至る。
「このままだと、相手の防御力や他のモンスターによってダメージが分散されてしまいます。そこでターン8、『デストロイアーティファクト』を起動させ、相手の防御力、守護をすべて無効化させつつ、ついでに顔面に5点バーンを入れました後、最後に全ゴーレムを自爆させることで──最速8ターンで21点OTKが出せるということに──」
マギステルはスマホのインカメラに顔を近づけた。
「気づいてしまったわけでございますよ」
完璧な決め台詞。 しかし、マギステルは最後に、画面の端に大きく注釈のテロップを入れる操作をした。
「※ただし、8ターン生き残る必要があります」
マギステルは息をつき、録音を停止した。 私はマギステルの斜め上に浮かんで、彼の横顔を映していた。
煤だらけの顔。焦げたローブ。穴の開いたフード。
でも目が、きらきらしていた。
誰も使わない「なぜ実装されたのか不明」な魔法を使って、
自分の理論が正しかったことを証明した目。
何十回もの失敗の先に掴んだ成功を、言葉にして伝えている目。
私は、にこにこしていた。
ステージ衣装のスカートを揺らしながら、ペンライトを膝の上に置いて、プロデューサーの解説を聞いていた。
声は出ない。
でも、嬉しい。
この人が楽しそうにしているのを見るのが、嬉しい。
私はドローン妖精だ。
記録するのが仕事で、感情は進化の副産物に過ぎないけれど、嬉しいものは嬉しいのだ。
マギステルは解説を録り終え、スマホで簡単な編集を始めた。成功映像に音声をかぶせ、サムネイル用のスクリーンショットを選ぶ。
「サムネはこれかな……いや、こっちの方が光が綺麗に映ってる」
悩んでいる。
こういう時間が好きだ。
配信者としてのマギステルでも、会社員としてのマギステルでもない、ただの「好きなことに夢中になっている人」の時間。
ふと、ギルドからの通知がスマホに届いた。
マギステルが通知を開く。
──────────────────────
ギルド自動通知
冒険者名:マギステル
現ランク:E級
今期の累計戦闘回数が規定値を超過しました。
F級 → E級への自動昇格は既に適用済みです。
E級 → D級昇格の条件:
・中層(6層以上)での戦闘実績 30回以上
・ギルド査定試験の合格
現在の中層戦闘実績:0回
──────────────────────
※三層での戦闘回数は低層実績に分類されます
──────────────────────
マギステルは通知を一瞥して、閉じた。
表情は変わらなかった。
E級。
マギステルは、ずっとE級だ。
もともとはF級だった。冒険者登録をして最初に割り当てられる最低ランク。普通の冒険者は、F級からD級まで数ヶ月で上がる。戦闘回数を重ね、中層に進み、査定を受ければいい。
マギステルはF級のまま、三層でネタデッキの検証を繰り返した。戦闘回数だけが天文学的に積み上がり、気づいたら「戦闘回数規定超過による自動昇格」でE級になった。
それ以降、ずっとE級のままだ。
中層に行く理由がないから。三層のリザードマンが、ネタデッキの検証相手として最も適しているから。HPが適度で、動きが予測しやすく、リスポーンが早い。OTKの検証に、これ以上の標的はない。
登録者四十一万人。
E級冒険者。
この二つの数字の落差を、コメント欄では「マギステルの七不思議」のひとつに数える者もいる。
私には、世の中のことがよく分からない。
E級が低いということは、なんとなく知っている。A級やS級の配信者の妖精が仲間内で話題になることがあって(妖精同士は言葉を交わさないが、データの波長で互いの存在を感知する)、そのとき「E級」という波長を出すと、微妙な間が生まれることがある。
でも、それがどうしたんだろう。
プロデューサーは今日も九十五回戦った。八十九回失敗して、二回成功した。煤だらけになって、杖を天井にぶつけて、拳を握って叫んだ。
楽しそうだった。
私には世の中のことは分からない。ランクの意味も、お金の話も、会社というものが何をする場所なのかも。
ただ、この人が楽しそうにしているのを見ると、嬉しい。
それだけで、私のペンライトは光る。
マギステルは編集を終え、動画を保存した。
「よし。明日の朝投稿する」
スマホを閉じ──
閉じかけて、止まった。
目が、変わった。
「……待って」
独り言。
スマホをもう一度開き、スキルカードの一覧を呼び出した。
「待って、待って、待って、待って。ということはですよ、みなさん──」
指がカードの上を滑る。
「このコンボ、デストロイアーティファクトをヴァンデルンに変えて、直接召喚で場に出してもいいのでは……7ターン目に腐海の女王を召喚して、手札のすべての魔法のコストを1にするでございますですよ」
目がきらきらしていた。
さっきの成功を喜んでいた目とは、また違う光。
新しいネタが降りてきた目。
「──そうすれば8ターン目にゴーレムクリエイションを3回唱えれば、1コストのカタストロフフレイムが続けて撃てて、ヴァンデルンを直接召喚する条件、1ターンに4回スペル発動が成立する──」
指が空中で計算を始めた。
「……3倍ゴーレム・サクリファイスと、直接召喚で場に出たヴァンデルンで19点と……あと1点、ヴァンデルンの強化バフが引ければ20点に届く……立ち回りを安定させる事を考えれば、最適なのは……ひょっとするとこれは、ガチデッキなのでは?」
マギステルは立ち上がった。
時刻は午後九時十四分。外はとっくに暗い。三層の通路には疲弊したマギステルと、焦げたローブと、煤だらけのスマホと、きらきらしたアイドル妖精だけが残っていた。
「ことね」
私の名前を呼んだ。
「もう何回かやる」
ペンライトを振る。
もちろんです、プロデューサー。
何回でも。
マギステルはポーチから新しいスキルカードを抜いた。妖精の剣。コモン。50ゴールド。
リザードマンがリスポーンした。錆びた剣と丸盾を持った蜥蜴の戦士が、通路の先にぼんやりと立っている。
「三倍ゴーレム・サクリファイス20点OTKデッキ、検証第一回。いきます」
検証 #1:失敗(腐海の女王、召喚できず)
「知ってた」
マギステルは煤を払い、笑った。
「次」
私は彼の周囲を旋回しながら、ペンライトを振り続けた。
夜のダンジョン三層は静かだった。他の冒険者はもういない。リザードマンだけが律儀にリスポーンし、マギステルだけが律儀に自爆している。
楽しそうだった。
だから私も、楽しかった。
検証 #2:失敗(ゴーレム自爆する)
検証 #3:失敗(6ターン目にゴキブリが飛んでくる)
検証 #4:失敗(7ターン目にゴキブリが飛んでくる)
検証 #5:失敗(暴発・マギステルが吹き飛んだ)
検証 #6:失敗(強化バフを引けず)
午後十一時。
マギステルは六回目の自爆の煤を払いながら、まだ笑っていた。
「方向性は合ってる。あとは序盤の立ち回りと、最後の1点をなににするかだけでございますよ──明日。明日の調整で仕上げる」
立ち上がった。さすがに今日は帰るらしい。
私はペンライトを掲げた。お疲れさまでした。今日も最高でした。
マギステルはスマホをポケットにしまった。画面が暗くなる。
接続が切れていく。
意識が薄れる前に、最後に考えた。
明日もプロデューサーは、朝五時半に起きる。腕立て伏せを九十回やって、ゆで卵を三つ食べて、髪を整えて、スーツを着て、会社に行く。夕方に帰ってきて、ネクタイを緩めて、私の名前を呼んで、ローブに着替えて、三層に降りて、失敗する。
何回でも。
何十回でも。
E級のまま。三層のまま。
それでいいと私は思う。世の中のことは分からないけれど、プロデューサーの目がきらきらしていれば、それでいい。
六回連続でゴーレムが自爆して、「なんでだよ」と笑っていた。
あの笑顔を撮れるのは、世界で私だけだ。
だって、配信はまだ始まっていないから。
百回の失敗は誰にも見せない。成功の一回だけを、最高の画で届ける。それがプロデューサーのやり方。
でも私は知っている。
九十五回分の全部を知っている。
一回目の自爆も、八十二回目の自爆も、七十五回目にリザードマンを物理で倒してしまったときの呆れた顔も、八十六回目に魔法の発動まで成功して方向がずれたときの──あの、絶望ではなく歓喜に近い叫びも。
全部、私のレンズの中にある。
ボツ映像。誰にも見せない映像。消される映像。
でも、撮った瞬間だけは、確かにあった。
プロデューサーが、本気で、好きなことをやっている映像。
それを撮れることが。
嬉しい。
明日は七回目から始まる。
たぶん、また自爆する。
ペンライトは、もう振る準備ができている。
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買ってしまった。
「どうして買ってしまったんだろう……」
マギステルの熱意に押されてしまったのか、それともことねの献身にほだされてしまったのか、ロックにはわからない。
投稿された動画を見ると、コメント欄が温かかった。
『ドンマイ』
『あと0.3秒カタストロフが早ければ……』
『ゴーレムの配置が惜しかった』
『動画を見てファンになりました!』
ハッチがいた。ファンになっちゃったのか、とロックは思った。
「……あとでハッチにやろう」
プレミア価格で買い取ってくれるかもしれない。
カードを裏返した。
裏面の右下に、小さなイラストが描いてあった。
女の子だ。
ツインテールで、ステージ衣装を着て、マイクを握って笑っている。線が細いのにポーズに躍動感がある。デフォルメされているのに表情が生きている。
藤崎ことね。
マギステルのドローン妖精の進化形態だ。配信者の「撮り方と生き方」に応じて妖精は変化する。マギステルの妖精は、大量の失敗を撮り続け、ボツ映像を一つも捨てず、たった1回の成功にペンライトを振った。その在り方がアイドルの形を取った。
「イラストうっま……」
サインよりも、こっちに目が行くロック。
ちょっと売るのは待とう。
もっとプレミアがつくかもしれないし。
ロックはカードを財布の中にしまった。




