第四話 「全部わかった」の回数
新スキル「二連斬り」の練習は地味だった。
ギルド併設の訓練場。木製のかかしに向かって、ひたすら振る。一撃目から二撃目への繋ぎが遅い。体が覚えていないのだ。マメが潰れて、握りが甘くなる。テーピングを巻き直して、また振る。
30回目で嫌になった。
休憩のベンチに座り、スマホを開く。A級遊撃手カイトの最新動画が目に入った。
【カイト】新スキル実装初日!コンボ研究LIVE
画面の向こうで、阿修羅の腕がぐるぐる回っている。
俺は剣士で、カイトは双短剣の遊撃。ジョブが違う。参考にはならない。参考にはならないのだが——
再生ボタンを押した。
画面がぱっと開いた瞬間、もう騒がしかった。
「はいはいはい皆さんおはようございます、こんにちは、こんばんは!場所によるからね!全方位カバーの挨拶な!」
カイト。A級冒険者。登録者52万。
双短剣と体術を組み合わせた遊撃スタイル。格ゲープレイヤーがそのまま冒険者になったような男で、配信の空気感もまんま対戦動画の解説配信だった。
画面がマルチアングルで表示されている。
右上に正面カメラ。左上に側面。右下に足元のアップ。左下に上空からの俯瞰。四つの視点が同時に動いている。
阿修羅型のドローン妖精——腕が6本ある小さな修羅の像が、カイトの周囲を旋回しながら全方向から撮影しているのだ。それぞれの腕にカメラを持ち、せわしなく角度を変え、カイトの動きを一フレームも漏らさない。
「今日はね、きましたよ皆さん。アプデです。新スキル実装日です。朝4時に起きました。4時。社会人の鑑だろ俺は」
『4時は早すぎ』
『いや遅いだろ』
『3時に起きた民いる?』
『はい』
『はい』
『はい』
『カイトが一番遅いの草』
「お前ら何時に寝てんの!? まあいい。とにかく新スキル【昇竜撃】、これを検証していきます。まずは素の動きから」
カイトが構える。目の前には――何もない。空振りでモーションを確認する。格ゲー勢の基本だ。フレーム、判定、硬直、全部を目で見て、体で覚える。
新スキル発動。
右手の短剣が青白く光り、斬り上げ。普通の斬り上げに見えるが、カイトの目はモーションの「隙間」を見ている。
「……ほう」
「発生12F、硬直は——18? いや17か。キャンセルタイミングが……ここ。ここだな」
もう三回振っただけで基礎データを抜き出している。コメント欄の格ゲー勢が沸いている。
「はい、じゃあ組みます。実戦で当てます。出てこい」
カイトが再び指を鳴らす。
ダンジョンの闇から、検証用のモンスターが姿を現す。中階層の標準的な敵。コンボのサンドバッグ。
「いくよ」
始動——ダッシュから右短剣の刺突。ヒット。
繋ぎ——左短剣のフック。右膝蹴り。ここまではいつものルート。
新スキル——ここで斬り上げを挟む。青白い光が敵を浮かせる。
追撃——空中の敵に跳躍して双短剣の交差斬り。着地。
〆——回転蹴りから逆手斬り。
2300 dmg。
様々なアングルから確認できる。
きれいなコンボだった。流れるような、カイトらしい連携。
「はい、2300。天才ですね」
『つよ』
『もう完成?』
『やっぱ天才か』
『安定感えぐ』
カイトが双短剣をくるくる回しながら、得意げに笑う。中階層のモンスターなら、これで十分だ。ど安定。実戦投入できる。普通なら、ここで「今日の配信は以上です」と言って終わる。
でもカイトは、普通じゃなかった。
「…………」
笑顔が消える。
双短剣をもう一度構え直す。さっきのコンボを、頭の中で巻き戻している。
たぶん、この顔は「足りない」の顔だ。
「2300かあ」
呟く。満足していない。
もう一度、同じコンボを打つ。同じ2300。再現性は完璧。でも天井も見えた。
「これさ」
カイトがスマホを手に取る。ダメージ計算機を開く。数字を弾く。弾いて、眉をひそめる。
「アイアン系……硬いやつに当てたら……」
指が止まる。
「リーサル届かないじゃん」
声のトーンが変わった。さっきまでの「天才のカイト」じゃない。コンボが足りないことに気づいてしまった、格ゲー勢のカイトの声だ。
沈黙。三秒。
コメント欄も空気を読んで少し静かになる。格ゲー勢のリスナーは分かっている。「足りない」と気づいた瞬間のカイトが、ここから何をするか。
「もくじ〜ん!」
突然、声量が倍になった。
「いる〜!?」
コメント欄の海の中から、一つのテキストが浮かび上がる。特別な表示でも、目立つフォントでもない。なのに全員が見つける。
「います」
もくじん。
「最大ダメいくつー!?」
間髪入れず聞く。もくじんは、もはやこのチャンネルの名物リスナーだった。
「4560です」
「4560!?」
カイトが素っ頓狂な声を上げる。阿修羅妖精も驚いたらしい、目が見開いている。
4560ダメージ。 今の2300の、ほぼ倍。そこまで伸びるポテンシャルが、この新スキルにはある。
コメント欄が爆発する。「倍かよ」「マジかよ」「天才の腕の見せどころ」「もくじん仕事速すぎ」
「4560……」
カイトが虚空を見つめる。双短剣を握り直す。
「あー、はいはいはいはい」
急に声が明るくなる。自称天才の声に戻る。
「全部わかったわ。俺天才だから。はい全部わかった。4560のルート見えた見えた見えた」
見えてない。
ロックは知っている。
「全部わかった」を三回以上言うときのカイトは、全然わかっていない。
本当にわかったときは一回しか言わない。そして黙って検証に入る。
カイトがスマホを持ち直す。コメント欄をスクロールする。もくじんのテキストを探している。
「ちなみにさ、もくじん」
声がわずかに上擦る。
「ぜんっぜん聞く必要ないんだけどさー」
聞く必要がないなら聞かないはずだ。
「好奇心? まあ雑談として、参考程度に、本当にどうでもいい話なんだけどさー」
前置きが長い。前置きが長いときのカイトは、核心を聞こうとしている。もう何回もこのパターンを見ている。
「もくじんの好きな始動技、なに?」
——出た。
ロックは笑った。
「好きな始動技」って。
それヒントじゃん。
好きな始動技を聞けば、もくじんがどの初動からルートを組んでいるか分かる。分かれば4560への道筋が見える。「ヒントは要らない」と言いながら、ヒントそのものを聞いている。
コメント欄は完全にこの構造を理解している。「露骨で草」「天才(笑)」「もくじん答えてあげて」「好きな始動技wwwww」
三秒の間。
「バックステップキャンセルからの刺突です」
もくじんは答えた。いつも通り、過不足のない、一行のテキスト。
カイトの目が変わった。
「——バクステキャンセル」
呟く。双短剣を構え直す。今度は笑っていない。格ゲー勢の目だ。
「ああ」
小さく、一回だけ言った。
「わかった」
——一回だ。
今度は、本当にわかっている。
そこからの開発は早かった。
カイトが動き始めると止まらない。バックステップの距離、キャンセルのタイミング、刺突の角度、その後の分岐を一つずつ潰していく。
一回。
二回。
十回。
三十回。
同じ始動を三十回繰り返して、そのたびに少しずつ繋ぎを変える。カメラがもう動きを追えていない。
カイトが速すぎるのだ。
思考が速い。試行が速い。失敗から修正までの時間が、常人の半分以下。
「違う、ここのキャンセルが2F遅い」
「いや、逆だ。早すぎる。1Fだけ待つ」
「——繋がった。でもダメだ、3800止まり。あと760足りない」
「膝じゃない。蹴りでもない。ここは——」
阿修羅妖精の腕が全力で追従する。六本が六本とも、限界稼働。これを撮るために腕が増えたのだ。カイトのコンボを、一つの角度では捉えきれないから。
「——ここだ」
四十七回目。
カイトが止まる。目を閉じる。コメント欄すら見ていない。もくじんのテキストも見ていない。自分の内側にあるルートだけを見ている。
完成形のコンボが来る。
カイトが構える。バックステップ。キャンセル。刺突——。
始動。ヒット。
右短剣の斬り上げ。左短剣のフック。膝蹴り。ここまでは同じ。新スキルの斬り上げで浮かせる。ここも同じ。
ここからだ。
跳躍——だが、さっきとは角度が違う。交差斬りの前に半回転を挟んでいる。体を捻ることで、双短剣の軌道が交差ではなく螺旋になる。
敵の体力ゲージが、削れる。
削れ続ける。
着地。回転蹴り。ここで通常なら逆手斬りで〆だが、カイトは蹴りのモーションをキャンセルして——
もう一度、新スキルを撃った。
二度目の斬り上げ。二段階目のスキルがあると気づいていたのは、四十七回の試行のどこかだったはずだ。浮いた敵にさらに斬り上げを重ね、天井近くまで打ち上げる。
最後。
カイトが双短剣を順手に持ち替える。落ちてくる敵に向かって跳ぶ。
カイトが呼ぶところの『SA技』——スーパーアーツ。
発動の瞬間、カイトの全身が青白い光を纏う。
すべてのカメラがズームになり、一斉にカイトの顔をアップで捉える。
阿修羅妖精は分かっている。
六アングル。全部、顔だ。SA技の光。双短剣の軌跡。敵が砕ける瞬間。それを全部捨てて、カイトの目だけを撮る。
コンボが完成する瞬間の、あの目を。
自分が天才だと証明する瞬間の、冗談じゃない本気の目を。
——着弾。
双短剣が敵を十字に裂く。光が炸裂する。ダメージ表示が回廊に浮かぶ。
4560。
ぴったりだ。
「——4560」
カイトが着地する。双短剣をくるりと回して、逆手に戻す。
「出た」
一言。静かに。
そこから一秒の間があって。
「はい天才〜〜〜〜〜!!! 出ました〜〜〜〜!!! 4560〜〜〜!!! 見た〜〜!? もくじん見た〜〜!? リーサルぅ〜〜〜!!!」
爆発した。
コメント欄が滝になる。スパチャが連鎖する。「天才」「天才」「天才」の文字で画面が埋まる。
阿修羅の六本の腕が一斉にサムズアップをする。
「おめでとうございます」
コメント欄に、もくじんのテキストが流れる。
カイトがスマホを掴み上げて、画面に顔を近づける。
「もくじん! バクステキャンセル、最高の始動だったわ!」
「好きなので」
「お前のおかげとかじゃないからな!? 俺の実力だからな!? 天才だからな!?」
「知ってます」
「——あざす」
最後だけ、小声になった。
コメント欄:「素直で草」「あざすwwww」「カイト×もくじんは人類の宝」「阿修羅のサムズアップ好き」
凄まじい密度の配信だった。
けれどもカイトの配信は、まだここでは終わらない。
さらにそのまま実戦パートに入った。10層のリザードマン上位種を相手に、新スキルがどのくらい通用するかを試す。
だが、検証パートで発見された最大コンボが、実戦でそのまま使われるわけではない。
その場の状況にあわせてアレンジを加えていた。
最大コンボの継続——新スキルの斬り上げで浮かせてから、さらに螺旋交差斬りに繋げることで、倍近くのダメージが入る。カイトならできる。だが彼はそれをしなかった。
2300ダメージのルート。普通の交差斬り、着地、回転蹴り、そして逆手斬りで地面に叩きつけてコンボを止めた。リザードマンが落下する位置を読んで、着地点に先回りした。起き攻め。次のコンボの始動位置を確保するための判断だ。
コメント欄が一瞬ざわついた。
『あれ、今の最大コンボじゃなくね?』
『ミスった?』
『今の最大コンボミスってませんでした?』
ハッチだった。ロックは「お前、そういうの言うなよ……」と額に手を当てた。
カイトは配信中のコメントをよく拾う男だった。
「ああ、ハッチ君ね。あれはミスじゃないよ。最大コンボ入れても、リザードマンの残HP的にどのみち二巡目が必要なの。だったら空中追撃で稼ぐより、ドライブゲージ温存して起き攻めから二巡目のコンボを確実に繋げた方が総合ダメージ高いでしょ?」
「補足すると、空中追撃を入れた場合の着地後硬直が18フレームあるので、リザードマンの起き上がり無敵と噛み合ってしまいます。起き攻めに移行した方が期待値は約1.4倍です」
「もくじんが数字出してくれた。そういうこと」
ロックはイヤホンを外して天井を見た。
最大コンボを捨てた判断。ダメージの大きさではなく、試合全体の流れを見ている目。ロック自身がDランクで行き詰まった理由がまさにそれだった。一撃のダメージに固執して、全体の効率を見失う。カイトの助言はハッチに向けたものだったが、ロックの胸にも刺さった。
「やっぱ強いなこの人……」
もくじんとの漫才が面白くて、ついつい見てしまう。
ロックは訓練場のベンチで、潰れたマメの手を見下ろした。
「もくじんみたいな相棒、欲しいな」
ポケットの中で、光の球がピコンと光った。
一瞬だけ。蛍のように。
ロックが手を突っ込んだときには、もう消えていた。いつもの温かいだけの光の球が、ポケットの底で丸くなって眠っている。
「……気のせいか」
気のせいだった。たぶん。




