5話
真実はひとつ、ですわっ!
議事堂のシャンデリアが、激しい振動でガチャガチャと悲鳴を上げている。
『死ねぇぇぇッ! ルクレツィアァァァ!』
王太子の絶叫と共に、豪奢な純白の魔導機『パーシヴァル・カスタム』が、背中の六枚の天使の羽から青白い炎を噴き出して宙に浮き上がった。
そして、身の丈ほどもある巨大な光の剣を上段に構え、私の乗るポチに向かって急降下してくる。
ホールに逃げ遅れた貴族たちの悲鳴が響き渡った。
(ああ、なんて……なんて馬鹿げた設計!)
私はコクピットの中で、恐怖ではなく、純粋なエンジニアとしての怒りに打ち震えていた。
(装甲に金箔を貼るなんて言語道断! 純金は極めて柔らかい金属ですわ! 見栄えのために表面硬度をわざわざ下げるなんて、装甲材に対する冒涜ですのよ! おまけにあの光の剣! 実体(質量)がないエネルギー刃なんて、空気を斬っているようなものですわ! 運動エネルギーの乗らない剣で、この特厚の鋳鉄装甲が抜けるはずありませんの!)
私は回避行動すら取らず、ポチをその場にどっしりと構えさせた。
『消し飛べェェェッ!』
ドッバキィィィィィィンッ!!!!
王太子の放った光の剣が、ポチの頭部装甲に直撃する。
凄まじい閃光が議事堂を包み込み、周囲の大理石の床が衝撃波でパラパラとひび割れた。
『やったか!?』
王太子が勝利を確信したような声を上げる。
本当に、どこまでもテンプレ通りの台詞回しである。
光が収まった後、そこに無傷で鎮座するポチの姿を見て、王太子は信じられないものを見るように機体を後ずさりさせた。
『ば、馬鹿な!? 私の光の剣は、鋼鉄をも容易く両断するはず……!』
「おーっほっほっほ! 鋼鉄は斬れても、わたくしのポチは斬れませんわ!」
私は外部スピーカーのスイッチを入れ、ホール全体に響き渡る声で高笑いをした。
『いいですか殿下! 貴方の剣は熱と魔力で対象を溶断する仕組みですわね! ですがポチの装甲は、元々超高熱の地下マグマ層付近での作業も想定された、極厚の耐熱鋳鉄を何層にも重ねた構造ですの! 表面が数ミリ溶けたところで、内部の断熱材が完璧に熱を遮断しておりますわ!』
『なっ……!?』
『おまけに!』
私はポチの左腕、巨大なクレーンアームを天に向けて振り上げた。
『貴方の機体、先ほどの衝撃で金箔がボロボロと剥がれ落ちて、中身の安い軽合金が見えておりますわよ! なんてみすぼらしい! 物理と質量を舐めた、ハリボテのシャンデリアですわ!』
『だ、黙れ黙れ黙れぇぇぇッ!』
図星を突かれた王太子は完全に冷静さを失い、背中の六枚のスラスターを全開にして、デタラメに剣を振り回し始めた。
『ならば機動力で圧倒するまで! この六枚の翼が放つ超絶機動に、その鈍重なスクラップがついてこられるか!』
右へ、左へ、上へ、下へ。
パーシヴァル・カスタムがホールの空中を、目まぐるしい速度で飛び回る。
確かに速い。素人の目には、光の軌跡しか見えないだろう。
だが、私の目には、その軌跡が『致命的な欠陥』の証明にしか見えなかった。
(……阿呆ですわ。推進器を六つも、しかもバラバラの方向に向けて配置するなんて)
私は手元の端末で、相手の機体の推力ベクトルを瞬時に計算した。
(推力の方向が分散しすぎていて、お互いのエネルギーを相殺し合っていますわ。無駄に魔力を消費しているだけで、実際の推進効率は最悪。おまけに、あの無駄な装飾のせいで空気抵抗が桁違いですのよ!)
『どうだ! 私の動きが捉えられないだろう! ここでトドメを刺してやる! 必殺、ロイヤル・メテオ・ストライクゥゥゥ!』
パーシヴァル・カスタムが天井付近まで急上昇し、六枚の翼の全魔力を下方向に噴射して、弾丸のような速度で突撃してきた。
機体の全重量と、重力、そしてスラスターの推力を乗せた、正真正銘の渾身の一撃。
「ふふっ。直線的な動きなら、計算するまでもありませんわね」
私は優雅に微笑み、操縦桿を静かに、しかし力強く引いた。
「ポチ、お座りなさい」
ズンッ!
ポチのキャタピラが逆回転し、百トンの巨体がわずかに後方へ下がる。
たったそれだけの、数メートルの後退。
『もらったぁぁぁッ!』
王太子の光の剣が、ポチの『本来いた場所』の空間を虚しく薙ぎ払った。
信じられないほどの空振り。
『なっ!? 外れ、た!?』
急降下の凄まじい運動エネルギーは、そう簡単に止まらない。
パーシヴァル・カスタムはポチの目の前を通り過ぎ、そのまま議事堂の硬い大理石の床に、凄まじい勢いで激突した。
ドッシャァァァァァァァンッ!!!!
『ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?』
悲鳴が響く。
六枚の美しい翼は衝撃でへし折れ、金箔の貼られた装甲はひしゃげ、光の剣は手放されて遠くへ転がっていった。
「あらあら、自爆ですの? 推力ベクトルを一点に集中させすぎたせいで、ブレーキが間に合いませんでしたわね。やはり、設計思想が三流ですわ」
私は床に突っ伏してピクピクと痙攣する純白の魔導機を見下ろし、極悪非道な笑みを浮かべた。
「さあ、ここからはわたくしのターンですわ。……論理的制裁、開始ですの!」
私はポチのエンジンを全開にし、右腕の巨大なドリルを最高回転で唸らせた。
ギュルルルルルルルルルッ!!!!
『ひ、ひぃぃぃッ! や、やめろ! 私は王太子だぞ!』
「ええ、存じておりますわ! ですから、特別に痛くないように、一瞬でスクラップにして差し上げますの!」
私はポチの左腕のクレーンアームを伸ばし、パーシヴァル・カスタムの細い首根っこを乱暴に掴み上げて空中に吊るした。
そして、その無防備な胴体に向かって、巨大なドリルを突き出す。
ズガガガガガガガガガッ!!!!
『ギャアアアアアアアアアッ!』
火花が噴き出し、高級な装甲材がまるで紙切れのように千切れ飛ぶ。
私は命に関わるコクピット部分だけは緻密な計算で正確に避け、機体の四肢の関節部と、動力炉の周辺装甲だけを徹底的に粉砕していった。
右腕が落ち、左脚が弾け飛び、天使の羽がゴミのように散らばる。
数十秒後。
私のポチのクレーンアームにぶら下がっていたのは、手足をもがれ、ダルマ状態になった無惨な金属の塊(もと・王太子専用機)だった。
『あ、あぁ……私の、パーシヴァルが……』
スピーカーから、絶望に満ちた王太子の泣き声が漏れる。
「これにて、物理と論理の証明は完了ですわ」
私はポチのアームを開き、ダルマになった機体を床にドサッと落とした。
ホールは、水を打ったように静まり返っていた。
誰もが、信じられないものを見る目で私とポチを見上げている。
『……近衛隊、王太子殿下とマリア男爵令嬢を拘束せよ』
静寂を破ったのは、ホールの中央に歩み出てきた、白髪の初老の男性だった。
帝国の軍務大臣であり、近衛隊のトップでもある厳格な人物だ。
『だ、大臣!? なにを言っている! 拘束するのはその悪魔の令嬢だ!』
王太子がコクピットの中から泣き叫ぶが、大臣は冷ややかな目を向けた。
『殿下、見苦しい真似はおやめください。先ほどのルクレツィア嬢が提示した証拠データ、そして貴方自身の取り乱し方……全てが、貴方の罪を立証しております。横領と国家反逆の容疑で、ただちに査問委員会にかけさせていただきます』
『そ、そんな……嘘よ! 私は騙されただけ……!』
マリアがその場に崩れ落ち、ドレスを汚しながら泣き叫ぶ。
しかし、近衛兵たちは容赦なく彼女の腕を掴み、連行していった。
ダルマになった機体のコクピットから引きずり出された王太子も、青ざめた顔で力なく項垂れている。
私はその完璧な『ざまぁ』の光景を、ポチの分厚い防弾ガラス越しに満足げに眺めていた。
「ふぅ……。計算通りの、美しい結末ですわ」
数日後。
帝都の最下層、第十三廃棄区画。
有毒ガスは相変わらずだが、私にとっては最高に落ち着く匂いのするこの場所で、私は今日もポチの装甲を磨いていた。
王太子とマリアの罪は正式に裁かれ、彼らは一生を地下牢獄で過ごすことになった。
事件の真相を暴いた私は、無実が証明されただけでなく、帝国の危機を救った英雄として公爵家への復権を打診された。
おまけに、国王陛下直々に「新しい王太子妃(別の真面目な王子の妻)にならないか」というトンデモない提案までされたのだ。
もちろん、私は一秒で断った。
「窮屈なドレスを着て、紅茶の温度に文句を言う生活なんて、もう真っ平御免ですわ」
私は汚れたツナギの袖で額の汗を拭い、太陽の光を反射して黒光りするポチの装甲をポンポンと叩いた。
私の本当の居場所は、ここにある。
私は現在、公爵令嬢としての地位を完全に捨て、このスクラップ場に小さな工房を構えている。
看板にはペンキで大きくこう書いた。
『ルクレツィア重機整備&探偵事務所 ~どんな嘘も論理で叩き直します~』
「お嬢様ー! 隣町の工場から、旧式ゴーレムの修理依頼が来てますぜ!」
廃棄区画で出会い、今では私の助手として働いている孤児の少年が、依頼書を振りかざして走ってくる。
「ええ、すぐ行きますわ! ポチ、エンジン始動ですのよ!」
ズォォォォンッ!
私の声に応え、ポチが力強い駆動音を上げる。
最新のスマートな魔導機もいいけれど、やっぱり機械は、無骨で、泥臭くて、力強いのが一番だ。
「さあ、今日も物理の法則で、この世界のバグを直しに行きましょうか!」
油まみれの元・悪役令嬢の高笑いが、今日も帝都の空に響き渡るのだった。




