2話
「さあ、物理(暴力)のお時間ですわよ!」
追放から数日が経過した。
「ふふふ……あははははっ! 繋がった! ついに魔力伝導管のバイパス工事が完了しましたわ!」
薄暗い第十三廃棄区画の片隅で、私の高笑いが響き渡る。
手や顔は真っ黒な機械油まみれ。
かつて最高級のシルクで仕立てられていたドレスは、度重なる解体と改造の末、今やただの動きやすいタンクトップとショートパンツのような有様に成り果てていた。
社交界の連中が今の私を見たら、泡を吹いて気絶することだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
私の目の前には、今まさに長い眠りから目覚めようとしている巨大な鉄の塊があるのだから。
旧帝政時代に運用されていた、超大型・炭鉱掘削用ゴーレム。
私はこの無骨で愛らしい相棒に『ポチ』という名前をつけた。
見た目は四角い装甲の塊にキャタピラと巨大アームがついた、およそ犬とは程遠い凶悪なフォルムをしているが、私にとっては世界で一番可愛いペットである。
廃棄の山からかき集めた微小な魔石を直列に繋ぎ合わせ、即席の大型バッテリーを組み上げた。
それをポチの背部にある分厚いハッチを開けて押し込む。
「さあ、お目覚めの時間ですわよ、ポチ。メインバルブ開け、魔力圧縮炉、点火!」
私が装甲をバンッと叩くと、ポチの内部からズォォォォン……という腹の底に響くような重低音が鳴り始めた。
機体のあちこちからプシューッと圧縮蒸気が吹き出し、黒く沈んでいたカメラアイに鈍い黄色の光が灯る。
「……ッ!」
私は感動のあまり、両手で口元を覆った。
動いた。
この時代遅れの、誰もが見捨てたスクラップが、私の計算と整備によって再び呼吸を始めたのだ。
「ああ、なんて素晴らしい駆動音……! 最新鋭の騎士型魔導機みたいな、あの甲高くて気取ったモーター音とはワケが違いますわ! これぞ内燃機関の暴力、圧倒的な質量の鼓動ですのよ!」
一人でスタンディングオベーションをしながら、私はポチの装甲に身軽によじ登り、胸部のコクピットハッチを開けた。
中は信じられないほど居住性が悪く、むき出しのレバーと計器類がひしめき合っている。
クッション性の欠片もない硬い鉄のシート。
最高だ。これぞ『操縦』という実感を全身で味わえる特等席ではないか。
操縦桿を握り、軽く右腕のレバーを押し込んでみる。
ギュィィィィン……ガコンッ!!
ポチの右腕に装備された巨大なドリルが、凄まじい回転を伴って虚空を貫いた。
その風圧だけで、周囲に積まれていた瓦礫が吹き飛ぶ。
「素晴らしいレスポンス! 信じられませんわ、数十年も放置されていたのにこのトルクの太さ。さすが実用性だけを追求した旧式の設計ですわね!」
私はコクピットの中で一人、歓喜のダンスを踊りそうになるのをグッと堪えた。
いけない。私にはやるべき事がある。
あの愚かな王太子と、可憐な顔をして中身は真っ黒な男爵令嬢。
奴らが私に着せた『王室専用機・爆破テロ』の濡れ衣を晴らし、完璧な論理で叩き潰さなくてはならない。
「行きますわよ、ポチ。まずは『本当の事件現場』へのカチコミですわ」
私は操縦桿を深く倒し、キャタピラを唸らせて廃棄区画のさらに奥深くへと進路を向けた。
目指すは、爆破事件の現場となった『第一地下テストプラント』の跡地だ。
王宮の発表によれば、私が新型機の動力炉に爆弾を仕掛けたことになっている。
だが、その証拠は一切公開されていない。
なぜなら、爆発の影響で地下プラントには高濃度の有毒ガス(気化した魔力液)と異常な高熱が充満しており、人間はおろか、最新の魔導機すら近づけない危険地帯と化しているからだ。
最新鋭の騎士型ロボットは『美しさ』と『機動性』を重視するあまり、装甲の継ぎ目が多く、気密性がすこぶる低い。
あんな見掛け倒しの機体で突入すれば、パイロットは数分で有毒ガスにやられて三途の川を渡ることになる。
だが、私のポチは違う。
「フフフ……炭鉱掘削用を舐めないでいただきたいですわね」
ポチは元々、有毒ガスが充満する深い地下坑道で作業するために作られた機体だ。
分厚い装甲は完全密閉されており、強力な空気浄化装置まで完備している。
おまけに、少々の高熱などこの極厚の鉄板の前ではそよ風に等しい。
「さあ、見えてきましたわよ」
地下プラントに通じる巨大な防爆扉。
爆発の衝撃でひしゃげ、さらに何百トンという瓦礫が雪崩れ込んで完全に道を塞いでいる。
王宮の連中は「これでは現場検証は不可能だ」と結論づけ、早々に捜査を打ち切っていた。
「どきなさい、物理法則のお通りですわ!」
私はアクセルペダルを床が抜けるほど踏み込んだ。
ポチのキャタピラが火花を散らして地面を削り、数十トンの巨体が猛スピードで突進する。
そして、右腕の巨大ドリルを最高回転で防爆扉に突き立てた。
ギャリギャリギャリギャリィィィッ!!
けたたましい金属音が響き渡り、火花が視界を白く染める。
どんな強固な扉だろうが、力点に圧倒的な運動エネルギーを集中させれば破れない物はない。
「装甲貫徹! そのまま左腕のクレーンで……瓦礫ごと吹き飛ばしなさい!」
ドゴォォォォォンッ!!
ポチの左アームが瓦礫の山を薙ぎ払い、塞がれていた通路がポッカリと口を開けた。
有毒ガスの緑色の靄が外へ溢れ出してくるが、ポチのコクピット内は快適な空気が保たれている。
「ふぅ……やはりパワーこそ正義。計算なんてしなくても、力で解決できる事もあるんですわね」
私は優雅に前髪をかき上げながら、ポチを進ませてプラントの内部へと侵入した。
現場の惨状は、私の予想を遥かに超えていた。
最新鋭の王室専用機だったものは、原型を留めないほど無惨な鉄屑となり、巨大なクレーターの中心に転がっている。
私はポチの外部センサーを起動し、周囲の環境データを収集し始めた。
コクピットのモニターに、温度、魔力残滓の濃度、そして破壊痕のベクトルが次々と数値化されて表示される。
「さて、探偵の腕の見せ所ですわね。……どれどれ」
私は数値を読み解きながら、脳内で爆発のシミュレーションを構築していく。
「王太子の証言によれば、私が機体の『外部』から動力炉に小型爆弾を取り付けたとのことでしたわね。……あり得ませんわ」
私はモニターに映るクレーターの形状と、機体の装甲のひしゃげ方を指差した。
「爆発のエネルギーは下から上に向かって指向性を持っています。もし機体に直接爆弾を仕掛けたなら、このようなクレーターは形成されません。これは……地下のパイプラインに大量の火薬を詰め込み、機体の真下から突き上げるように爆発させた痕跡ですわ」
そんな大掛かりな仕掛け、夜会を抜け出してコソコソと数分でできるはずがない。
前々から計画的に、プラントの地下構造をいじれる立場の人間でなければ不可能な犯行だ。
「ポチ、クレーターの中心部、地下三メートルの地点を掘り返しなさい」
私の指示に応え、ポチが右腕のドリルを地面に突き立てる。
分厚いコンクリートの床を容易く砕き、地下の配管設備をむき出しにした。
「ビンゴですわ」
配管の接続部分に、黒焦げになった金属の塊がこびりついていた。
私はポチの左腕……大雑把に見えるが、実は私の調整によってミリ単位の繊細な動きが可能なマニピュレーターで、その塊をそっと摘み上げた。
カメラをズームして、モニターに映し出す。
それは、遠隔操作で起爆するための特殊な魔導具の残骸だった。
そして、その裏側に刻まれた小さな紋章。
「……あらあら、これはこれは」
私は思わず、意地悪い笑みをこぼしてしまった。
モニターに映し出されていたのは、二つの百合の花を交差させた紋章。
間違いない。あの涙ぐんでいた可憐な『男爵令嬢』の実家が経営する、軍事商会のマークだ。
「なるほど、全て繋がりましたわ」
私は操縦桿から手を離し、腕を組んで深く頷いた。
「あの男爵家の商会は、最近資金繰りが悪化して今にも倒産しそうだと噂がありました。……彼らは軍事予算を横領して自家の補填に回し、その誤魔化しのためにこの爆破テロを計画した」
見掛け倒しの欠陥機(王室専用機)を作ったのも、すべてはこれを『事故』ではなく『テロ』として隠蔽するため。
そして、その罪を私に被せれば、王太子は邪魔な婚約者を排除して愛する男爵令嬢と結ばれ、横領の罪も消えて一石二鳥というわけだ。
「……なんてお粗末な計画。おまけに証拠隠滅の詰めが甘すぎますわ!」
私は呆れ果てて、大きなため息をついた。
有毒ガスに満ちたこの場所なら、誰も証拠を見つけられないとでも思ったのだろう。
物理法則と機械のポテンシャルを舐め腐っている証拠だ。
「いいでしょう。貴方たちのその美しすぎる嘘、私がこの分厚い装甲と完璧な論理で、ペラッペラに引き裂いて差し上げますわ!」
私がそう宣言した時だった。
『――ピピッ! 後方より高エネルギー体、複数接近!』
ポチのレーダーがけたたましい警告音を鳴らした。
モニターを切り替えると、私が無理やりこじ開けた防爆扉の向こうから、三つの影が猛スピードでこちらに向かってくるのが見えた。
有毒ガスの中でも活動できるよう、特殊なコーティングが施された最新鋭の量産型騎士機だ。
「あら、口封じの刺客かしら? ずいぶんと仕事が早いですわね」
私は証拠品の起爆装置をポチのコンテナに丁寧にしまい込むと、再び操縦桿を強く握りしめた。
「最新鋭のスマートな騎士様が三機。……相手にとって不足はありませんわ」
ポチの巨大なドリルが、獲物を前にしてキュイィィィンと甲高い回転音を上げる。
私は極悪非道な悪役令嬢としての笑みを全開にして、彼らを迎え撃つべくポチの機体をターンさせた。
「さあ、物理(暴力)のお時間ですわよ!」




